22 8月 2011
今日は今回の日本出張最後のイベントであるアカデミーヒルズでの講演がある日だった。
Dカウントも60を過ぎて、もう2ヶ月も日本にいることをしみじみと実感。
アカデミーヒルズは去年参加したMIT-EFJのビジネスプランコンテスト以来。
ライブラリーメンバーはリテラシーが高い方や向学心の旺盛な方が多いとのことで、少し硬めの話も追加した。CODEの著者レッシグの提唱したサイバースペース上の4つの制約条件を、私なりにソーシャルメディアの世界に転用して考えているというお話。
レッシグは市場、テクノロジー(コード)、規範、法律の4つの制約条件があると説明したが、ソーシャルメディアは基本的に「フリーでオープン」なものなので、市場の制約条件つまり価格は当てはまらない。
その代わりに私が重要視しているのは、リアルの世界での法律とは異なる「ルール」の存在である。
これは、例えばYouTubeに溢れる動画や、ブログに掲載されている画像を見ても分かるように、(既存の、あるいは旧時代の制約であるところの)法律には厳密にいうと抵触するが、慣習的に看過されている部分である。もちろんこれらはグレーゾーンであり、フェアユースの認められにくい日本では場合によると完全に黒なのだが、実際にそれらに対して監視が行き届かなかったり罰則が適用されにくい、しかし度を過ぎるとやはりルール違反となる。(ちなみに私はこないだの某民放局に対する電凸騒動は完全にルール違反であると思っている。あれの多くはただのいたずら電話だ)
ソーシャルメディアを利用する際には、これらのいわゆる「暗黙のルール」を理解して振る舞うことが重要である。そして、もちろん情報の受発信者同士であるユーザー間でも最低限の礼儀を尽くす必要がある。
ではこれらの「ルール」と「マナー」が守られることとどうなるか? 一言でいうとそれは議論の成熟を意味し、メディアそのものの存在意義が認知されるということになる。そうして初めて、その外側にある法律や社会に影響力をもたらすことができるのである。スポーツや格闘技は、ルールが厳しければ厳しいほど面白い。そうしてこそ、戦う者もジャッジもスキルを上げていくことができるのである。
(私見だが、格闘技の中でも最も完成された形態の一つはボクシングだと思っている。しかし、ボクシングはあまりにも制約が多いため、トップランカーといえど、異種格闘技戦だとボロボロになる。相撲も同様。しかし、それはそれで構わない)
既存のソーシャルメディアでいうと、2chの掲示板は残念ながらこの「ルール」と「マナー」が守られない場であり、よって社会的な認知は極めて低い。反対にウィキペディアはかなり厳格なルールと確固たる管理コミュニティが存在することで、ソーシャルメディアの中ではかなり熟成された議論が存在する場である。(もちろん幼稚な議論や悪戯も多いが、それはフリーである限りつきまとう問題である)今、この点で端境にあるのがツイッターだと私は思っている。日本語は英語に比べて140文字で伝達できる情報量が多いため、日本のツイッターでは余計な喧嘩も多いと感じる。これは、一般的な機能としての「情報」と「センチメント」の伝達に加えて、日本語では「コンテクスト」が伝達できてしまうからではないかと思っている。当然、それによって伝えられる内容も深まるし、逆に読み違いによるトラブルも起こってしまう。
講演時間は1時間、質疑応答に30分でその後は歓談と名刺交換の時間。講演後のアンケートで「もっと話が聞きたかった」という声が多かったのは嬉しい限りだ。
講演のテーマになった近著「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」はソーシャルメディア革命に比べると立ち上がりが遅かったようだが、今回このようなイベントをたくさんもてて、あちこちでプロモーションできたので少しは挽回できたかも知れないなぁ。
講演後はディスカヴァー21のスタッフの皆さんと打ち上げ。今日の私にとっての最大のヒットは実はディスカヴァーの社長室のOさんが私と同じ高校の同じ国際科の後輩だったということを発見したことだった。世の中狭いなぁ。(参加した皆さんがやたら高学歴だったのもびっくり。私は日本の受験では見事な落伍者だから、少し気が引けたのはここだけの話 笑)
21 8月 2011
あっという間に帰国まであと4日となってしまった。明日のアカデミーヒルズでの講演が、パブリックの場では最後のイベントとなります。
ブログの更新を怠っている間にはや2週間。もちろん、その間のエントリーについてもこれからどんどんアップしていきたいと考えている。
今日は東京で過ごす最後の日曜日、午前中は物思いにふけりながら、新しく書き始めた意欲作のブレストや資料調査など。
ずばり、この本のテーマは「インターネットの誕生と資本主義の終焉」である。 ITと環境という独自の視座から、政治や経済、メディア論や宗教にいたるまでを網羅していきたいと考えている。新書はなかなか代表作になりにくいので、できたら単行本で出して、読んだ人を感動させる、そんな本にしたいなぁ、と。
どちらかというとアカデミックな本にしようと思っているので、いくつかの古典的作品(プロ倫とか空想から科学へ、資本論など)にも触れながら、環境本(とりあえずレイチェル・カーソンとゴア)、経済本(アダム・スミスや稲葉振一郎)、IT本、そして思想書や文化論なんかにも触れていこうかな、と。とりあえず資料を20冊ほど集めたが、終わる頃にはたぶん100冊くらい読むことになりそうですね(苦笑)
この本を書いていく中で、少しフォーカスを絞って学んでいきたい方たちがいます。これまであまり興味、というか接点がなかった方々。東浩紀さんや山形浩生さん、稲葉振一郎さん、レッシグ。浅田彰さんとかチョムスキーは過去にももちろん読んだことあったけど、改めて学び直しということで。宮台さんや宮崎哲弥さんあたりは、そうですね文化論の部分で触れる程度の内容に遭遇すればという感じでしょうか。渡米してから和書をまったく読まなかった時期がしばらくあったので、思想的にはどうやらがっつり空白になっている時期があるらしい。
とりあえず現在「ニッポンの思想」(佐々木敦著)を読みながら、もろもろリカバリーしているところです。でも、難しいことを難しいまま理解しようとしていた昔とは違い、「難しいことを分かりやすく」理解し説明しようとすることに主眼をおくようになっている自分を発見。どうやら大人になったようです(笑) 昔から「机上の空論」は大嫌いで、やはり現実に即していないと語るに値しない、そう思っているのですがその傾向は強くなっている様子。
そんな中、この「ニッポンの思想」で面白い箇所を発見したので紹介したいと思いました。それは浅田彰と東浩紀が対談している箇所(p.300-301)
ちょっと長いがママ転載で
東 浅田さんと僕とで意見がただ一つ異なるのは、浅田さんは、良いテクストはどこかにポンとあったら誰か読むだろうっていう話なんですよね。
浅田 いや、読まないかも知れない。それは仕方がないでしょう。
東 読まなかったら、事後的に見ると単に消えたものですよ。
浅田 消えても仕方がないでしょう。
東 それはある種のニヒリズムなのであって、書きたい僕としてはそういう立場を取るわけにはいかないですよ。
浅田 僕はニヒリストであると自認するけど、誠実にやろうと思ったら、まじめに書いて、後は海に流すしかないと思いますね。
東 だから、僕はまじめに書いてますよ。
浅田 だから、それでいいじゃない?
東 僕はそうしているわけです。それで、プラス・アルファのこともやっている。それで誤配可能性が高まるんだったらいいじゃないですか。
「いま批評の場所はどこにあるのか」
「誰もいない森で木が倒れたら、その音はしたのかしなかったのか?」という禅問答を彷彿とさせる内容だ。佐々木氏はこれについて両者に齟齬があると書いているが、これを齟齬とみなすのかどうかについては意見が分かれそうな気がする。むしろ齟齬になっているのは「良いテクスト」の部分である。浅田氏がいう「良いテクスト」は人に読まれる文章であり、東氏の「書きたい」コンテンツは必ずしも「良いテクスト」ではないかも知れない。が、ソーシャル時代にあって、良いテクストをネット上に配信したら、勝手に耳目を集めるという見方もできるし、その効果を最大化するには配置する場所をしっかり考える(誤配可能性が高まる)という工夫も必要になるという考えも正しい。
とあるウィキペディアの管理者と話した時に、実はコミュニティは「ウィキペディア」自体が何らかの形で「持続可能な発展」を遂げることができず、不慮に閉鎖されてしまうということも想定しているという風にお伺いした。年々増大する一方のコンテンツを支えるためには、相応の予算が必要であり、完全に寄付で賄われているウィキペディア(あるいはウィキメディア財団のプロジェクト全て)が必要な金額を集めることができずに「倒産」に追いやられるということも十分に考えうるわけだ。そしたらコンテンツはどうなるのか?
この管理者の方いわく、だからこそ「フリー」であることに意義があるのだという。つまりネットの住人がその気になれば、「自分たちのリスクで」それらのコンテンツを保護することができるということだ。(すでにWeblioのように自動でウィキペディアのコンテンツをコピーするようなサービスも存在している) しかし、存在意義がない、つまりパトロンを見つけられなかった記事については消えてしまうかも分からないし、コンテンツが改編されていくかも知れない。考えるべきは時間軸で、例えばウィキペディアが1週間後に消滅するから、コピーしてくれ、とお願いするのと、24時間以内に!というのでは対処できる人間も必要なリソースも変わってくる。ツイッターのようなソーシャルメディアツールの素晴らしいところはリアルタイムの情報拡散性である。
ソーシャルメディアはもっともっと掘り下げて研究されるべきテーマであるし、その文化的な意義についても理解したいと考える読者が増えていってくれることを願っている。
などというメッセージを今日も瓶に詰めて、ウェブの大海に放り投げてみる次第である。
7 8月 2011
週末は本当は大阪に帰る予定だったが、いくつかの用事が東京で入りそうになったので急遽キャンセルした。
その中の一つが津田大介さんとの会食だった。先日JAM THE WORLDでお会いした時に口約束していた会食だったが、何とか実現して嬉しかった。
何しろ最近の津田さんは見るからに多忙を極めているのは火を見るより明らか。まさにソーシャルメディアの寵児として、あちこちのメディアや講演、トークイベントなどに引っ張りだこのようだ。
この日も2つのイベントをこなされていたのをツイッター上でチェックしながら連絡待ち。何度かの変更を経た末、小雨の降る中恵比寿で行われていた津田さんのトークライブの会場に向かうことになった。(相変わらずの雨男ぶりだw)
まだ津田さんが中にいたので、会場の受付の方に所在を尋ねると怪訝な顔をされる。まぁそうでしょうね、怪しいし(苦笑)
他にも津田さんが何人か呼ばれてたので、計6人くらいで楽しい会食となりました。(テレビ局関連の方がいらしたので、面白い話がいろいろあったのですが、さすがに書けない)ツイッターで津田さんに会食中とつぶやかれただけでフォロワーが一気に増えるあたり、さすがフォロワー18万人、Klout日本最高(世界でもトップクラスだが)のインフルエンサーだと実感させられました。後ほど『ウェブはバカと暇人のもの 』の著者中川淳一郎さんが会食に参加され、彼のツイッターIDがツイートのネタに(IDはご存知の通りです 笑)
津田さんは73年生まれで、私より一歳上、どうやら中川さんも同い年らしい。また、先週対談したばかりのジョン・キム先生も同い年で津田さんと親交が深いという話。個人的には72年~74年の第二次ベビーブーマーは過酷な受験競争などを一緒に戦ったという点で何か親近感あるんですよね。まさに昨日の敵は今日の友。(ちなみに私は日本の受験は中・高・大で延べ30校くらいに出願したと思いますが、合格したのは1.5次で受かった大阪桐蔭高校と通うことになった住吉高校だけ。完全な負け組ですんで、敵ですらなかったことだけはお断りしておきます)みんないいお兄さんという感じです。個性的な方は大好きですね。
個人的には、津田さんとジョン・キム先生をダボス会議のYGL(Young Global Leader)にメディア部門で推挙させて頂きたいと考えています。年齢的にもまだギリギリセーフ。(YGLは任命時に40歳以下であることが条件)
他の方の許可を得ていないので、写真は掲載できないが一枚だけツイートしてみた。津田さんがそばを食べてる、それだけのツイートでした(笑)
津田さんからソーシャルメディアの話、フジテレビの騒動についての見解、他のインフルエンサーの皆さんに対する思いなどいろんなお話をお伺いできて楽しかったです。そしてそばも美味しかったです!
(*中川淳一郎さんは22日のアカデミーヒルズでのイベントにもお越し下さりました。ありがとうございます!)
31 7月 2011
先日ディスカヴァー・トゥエンティワンの干場社長が出演したたくひろナイトというUst番組に、いよいよ明日出ることになった。
放送は午後8時から8時45分まで。もっとも、これはUst番組なので生で逃してもアーカイブがあって全然大丈夫。
配信ページはコチラ
この件で先日番組ホストのたくひろさんにお会いしたのだが、たくひろさんのブログにて掲載されておりました。
8月1日のための打ち合わせを立入勝義さんと。
そう、打ち合わせの時は、私のプロフィールだとか文房具の話とかで盛り上がって結局ソーシャルメディアの話がほとんどできないまま。まぁ、なんというか後は成り行きでなんとかしちゃうんだろう(笑)
文房具の部分では、ブロガーということでこだわりの「電子」文房具について話そうと思う。というと何のこっちゃ分からないだろうけどもいわゆる入力機器について、ということ。
何ともアクセスが気になるのだが、二桁は恥ずかしいからせめて三桁いってほしいなぁ~ (苦笑)
28 7月 2011
思えば、私は昔から人と話をするのが大好きで、小学校時代から「おしゃべり」で有名だった。ただでさえコミュニケーションの活発な大阪でおしゃべりなんだから、とんでもない情報量が頭の中をめまぐるしく駆け巡っていたのだろう。そして、旅をするのも大好きだった。中学校では京都に自転車 (!) でよく出かけたし、高校時代は九州を自転車で縦断したり、能登半島を歩いて回ったり、そして極めつけは私の人生を変えたアメリカへのバックパッカー旅行であり、旅行ではないがボランティアでエチオピアに三ヶ月滞在したのも素晴らしい思い出として記憶されている。
「月日は百代の過客にして、行きこふ年も又旅人なり」 と詠んだのは芭蕉で、元になったのは李白の「夫天地者万物之逆旅也、光陰者百代之過客也、而浮生若夢」という漢詩とされるが、人生は旅であり、一期一会の出会いこそ素晴らしい。若い時に旅をして、見知らぬ人と出会う喜びに触れたことが、世界中の魅力ある人々と出会いたいと思う心につながったことは偶然ではあるまい。なんていうまどろっこしい前振りをしている私はまだ36歳、人生これからである。
さて、そんな人生にはタイミングというものがあり、それを逃さないためには周囲からサインを読み取ることだと思っている。これをセレンディピティと呼ぶ人もいる。
昨日私がお世話になっている仲間から連絡を頂いたことがきっかけで急遽今日の午後名古屋に行くことになった。アメリカからたまたま日本を訪れているジョン・ミルズ氏という方にお会いするためだ。こういうタイミングを逃してはいけないことは、過去の体験から痛いほど分かっているつもりである。
このミルズさん、実はすごい人である。
何がすごいってアメリカを代表する名門ハーバード大学のAsian Relationを統括している方なのだ。つまり、アジアの国々の政府や企業がハーバードと何かをしようと思ったら、まずは彼に話をしないといけない、ということだ。そんなことだから、彼の人脈たるや素晴らしいものがある。私が驚いたのは、先週サムスン電子のCEOであるイ・ジェヨン氏と会ってきた話について。内容はあまり話せないが、イ・ジェヨン氏といえば、韓国を代表するサムスンの代表イ・ゴンヒ会長の一人息子で、名実共に次期後継者である。(ちなみに韓国の長者番付3位で、1位は彼のお父さんだから、とにかくすごい 笑)
しかも夫人が日本人で、日本語が超うまい。打ち合わせがすべて日本語で行われたほどだ。
東野圭吾の話を少ししたら、どうやら「白夜行」の映画も観られたらしい(笑)
ちょっとしたプロジェクトの話をしながら1時間半ほどの歓談だったが、非常に楽しい出会いだった。また何かご報告できることがあれば、当意力ブログでご報告したい。
20 7月 2011
日本の長期滞在ももうすぐ30日というこの日、
E-Book 2.0研究講座 (第8回)のゲスト・スピーカー&パネリストとして参加してきた。
会場は青山一丁目駅程近くの会議室コネクト北青山EAST。台風で開催前はすごい雨だったが、それにも関わらずお越し頂けた参加者の皆様に感謝。
講演内容 (スピーカー)
「コミュニティメディアから世界へ-雑誌ビジネスモデルの再構築に向けて-」
・雑誌の資産/機能の継承をめざすビジネスモデル
・無償コンテンツとソーシャルメディア (小笠原 治 MEDIVERSE 代表理事)

まずは「デジタルリーディング」の習慣化を、というメッセージが印象的だった。
「欧米で拡大する無償コンテンツと関連ビジネス」
・拡大する無償コンテンツの実態
・無償コンテンツとソーシャルネットワーキング (鎌田 博樹 EBook2.0 Forum編集長)

パネル討論「出版マーケティングとして見た無償コンテンツとソーシャルメディア」
・Web時代の雑誌生き残りへの課題
・無償コンテンツは雑誌を活性化できるか?
・ソーシャルネットワーキングから雑誌のビジネスモデルは生まれるか (立入 勝義 『ソーシャルメディア革命』『電子出版の未来図』著者)

小笠原 治(MEDIVERSE 代表理事) モデレーター:鎌田 博樹
パネルディスカッションの前に、15分ほどで簡単なプレゼンをさせて頂いた。内容は「電子出版を社会化する」。
実はその前に行われた小笠原氏のプレゼンの内容が素晴らしく、ソーシャルメディアとアメリカの実情、出版と電子出版市場の趨勢などが見事にまとまっていたので、内容を若干変更して、ウィキペディアの説明に時間を費やした。というのも、ソーシャルメディアと電子出版という観点では、ウィキペディアが世界で最も進んだ媒体であり、それを学ぶことで見えてくる課題や可能性などがたくさんあるからだ。もちろん収益構造という観点ではウィキペディアは広告収益がなく、寄付のみに依存しているのだが、編集方針、フォーマット、ソーシャル化、持続可能な発展に向けて、など多くの課題を共有して、日本だけでなく世界のウィキペディア(あるいはウィキメディア)コミュニティで10年を超える建設的な議論と編纂活動がなされている。まさにウィキペディアを学べば、ソーシャルメディアと電子出版の未来が見えてくるのである。(筆者の講演についてのコメントを小笠原氏がブログで掲載されているのでよろしければそちらもご一読頂きたい)
ちなみに、日本の電子出版市場はいよいよ来年くらいからは本格化するのではないかという気がしている。やはりカギはキラーコンテンツ。私が学生の頃本多勝一氏らの手で「週刊金曜日」が創刊されて話題になったが、あれくらい話題になる電子雑誌がまずでてくるかどうかというのが日本では分水嶺になりそうな気がしている。というのも、日本でのタブレットの普及は目を見張るほどであり、WiMaxの利便性と共に、スマホ&タブレットのユビキタス環境が実現しつつあるのが見えるからだ。
私は常々日本のWiFiホットスポットの不便なのがネット社会の弊害だと思っていたが、WiMaxを含めた「どこでもWiFi系」のサービスが充実してきているのを見るにつけ、逆にアメリカよりも大きなポテンシャルがあるような気がしてきた。(もちろん国土面積の違いが大きい) 購読性で成り立つビビッドな電子雑誌は果たして二年以内に出てくるのか、そこに注目していきたい。そして、できたらそのコンテンツは世界にも通用するものであって欲しいなぁ。
電子出版→ソーシャルメディア→ネット選挙 の波がじわじわ近付いているのを感じる。何度も言うが、検証すべきカギはウィキペディアである。
16 7月 2011
ここ数日、ツイッターでウィキメディアあるいはウィキペディア(あるいはWikiwikiWeb)のコミュニティの方々とやり取りしていたのをご覧になられたことも多いかも知れない。
(今回は恐らく初めて、自分のTogetterトピまで立ち上がったくらいで、何となく有名人な気分 笑)
私は物書き、ソーシャルメディアの専門家の見地から、自身が高く評価するウィキペディア、あるいはウィキメディア財団の全プロジェクトに対して、その日本版でも末永く繁栄して欲しいと心から願っている。しかし、そのためには「ウィキペディアは誰のものか?」という議論を継続してしていかなくてはならない。
私の回答はとっくに決まっている。それは「ウィキペディアは未来の人類のために」である。そこで、また環境学の大命題「持続可能な発展」がでてくるわけである。このSustainable Development というコンセプトは、例えば企業にとっても、あるいは一家の家計にとっても(その点では往年の名フレーズ「明るい家族計画」というのがあるが 笑)重要なことだ。
では、この持続を可能にするためには何を考えればいいのか、それがスタート地点だ。そして、そのために私が自身の経歴やスキルなどを通じてできることというのは大きく分けて二通り、それは1 インサイダーとしての活動 (ウィキペディアを編集したり、翻訳チームなどのプロジェクトに入り貢献していくこと)、そして2 外部の専門家としての活動(ウィキペディアンの憂鬱のような作品を書いたり、セミナーなどで直接ユーザーや企業に対してウィキペディアの存在意義と抱える課題などについて解説と啓蒙を試みること)である。
ウィキペディアが未来に向かって生き延びていくためには、ユーザーの底辺からの底上げが必要だと考えている。層をもっと厚くしていかないと、管理者の数もどんどん減っていくだろう。(1万人とも言われるアクティブな編集者の数はそう大きく減らないだろうが)
この点で、やはりウィキペディアを直接編集している方々、特に管理人の皆さんと直接的な対話をしていくことは必要不可欠であると考えた。また私としても、自身の執筆活動に関してコミュニティの皆さんに間違った理解をして頂くことは望んでいない。適切な批判や建設的な意見があれば、それらをどんどん自身の視点に取り込んでいき、いいものにしていきたいと思っている。それらのコメントが私の考える上記の「持続可能な発展」にマッチする限り、である。
しかし実は日本のウィキペディアンの方々は多くが匿名で活動をされており、身分を明かされていない方がほとんどだ。(ちなみに、私も自身のウィキペディアンIDは公開はしていない ご存知の方はご存知だが、敢えて公開というスタンスは取っていないのでご理解頂きたい) そんな中でも数少ない団体の中に「関西ウィキメディアユーザー会」という有志の団体がある。今回は、ツイッターでのやり取りがきっかけになり、この会の方々にお会いするために京都で開催されたオープンソース系のコンファレンスOSC(今回の正式名称はオープンソースカンファレンス2011 Kansai@Kyoto)を訪れてみた。大阪から京都に一人で移動したのは久しぶりだ。
(ちなみに旅のお供はもちろん東野圭吾だ、仮面山荘殺人事件を読んでいたが往路だけで読み終わってしまった)
会場の風景

ワードプレスのブースには、先日Weekly CMSでプレゼンをされてたユリコさんの姿が。
そもそもオープンソースのコンセプトはアメリカの特に理系の間ではかなり成熟してきているが、一般的な文系人間にはなかなか理解するのが難しい。ウィキペディアはMozillaのようなオープンソース系のプロジェクトと比べると仕組みがやや異なるが、ウィキペディアレボリューションを読むと、オープンソース系のプロジェクトはインターネットの成熟過程で必然性をもって生まれてきたような感がある。この点で、このようなオープンソース系のコンファレンスがオープンソースそのものの普及と啓蒙に努めるというのは、ウィキメディアのコミュニティにとっても間違いなくプラスであろう。
(ということで、ようやくなぜウィキメディアユーザー会がこちらに出展されているのかを理解できた次第。会場には若い学生なんかのウィキプロジェクト信奉者がたくさん詰めかけて、バッジをもらったり質問をしたりしていた。コマンドのチートシートが大人気だったのはさすが)
関西ウィキメディアユーザー会のブース

テーブルの上にはウィキペディア10周年記念のバッジやスティッカーが。
会場では関西ウィキメディアユーザー会のメンバーの方数人と歓談することができ、非常に有意義なディスカッションの場がもてたと思っている。
会合は二日(金・土)で行われたが、二日目は仕事の都合で参加できなかったのだが、代わりに後日梅田で三人のコミュニティメンバーの方々と茶話会の場を設定頂き、そこでもいろいろディープなお話をお伺いすることができた。「憂鬱」に対して、その必要意義を再認識すると同時に、アプローチの手法についてはもう少し練りこんだほうがいいような気がし始めた次第である。みなさんどうもありがとうございました!
13 7月 2011
拙著 「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」でも復興に向けた熱いメッセージを下さった神田瀧夢さんは、LAから日本に活動の比重を移し、活躍されている。そんな瀧夢さんが日本で朝の情報番組のレギュラーを務められているということはだいぶ前から知っていたのだが、いつもは短期出張でスケジュールが詰まっていたりするため、なかなか朝の情報番組を見る時間が取れずにいた。(最大の原因は東京のチャンネルに慣れていないということなのだが) しかも、チャンスは水曜日の朝で、一週間に一度しか無い。。。

毎朝8時 テレビ朝日系にて! (って私が説明しなくても皆さんよくご存知のはずですね 笑)

レギュラー陣のところに、しっかり出てます。瀧夢さん、カッコイイ~!
しかし、今回は大阪の実家にいて、毎朝早くに仕事に出かけていく母と一緒に朝食を取る習慣ができているため、無事にチェックすることができた!
おぉ~ すごい。レギュラーで出ている。しかも、蝶ネクタイしたりして。 コメントも海外在住の日本人ならではの視点から提示されているようで、日本のグローバル化にも一役買っていらっしゃる様子。これからできるだけチェックしてみようと思ったのであった。何せ彼は私の親しい知り合いの中では唯一私が大好きなマット・デーモンと共演した人物である。そんな日本人自体がそもそもそんなにいない。
これからもどんどん頑張っていただきたい。私も頑張ります ^ ^
意力は世界の舞台で活躍する熱き大阪人を応援します!(笑)
21 6月 2011
今夏は新刊のプロモーションを兼ねて、日本で活動することに。
まずは関空に入り、実家にチェックイン、と思ったら荷物が一つ出てこない。。。
結局最後まで待ってましたが、一つでてこないままで報告書を提出。しかも一番大きな荷物で、衣類が全部入ってた。スーツも。。。(汗)
その後上本町まで迎えにきてくれた母と再会し夕食。その後実家に到着したものの、時差と暑さでややダウン気味。
しかも真夜中に急に消防車と救急車のサイレンがうるさくなって目を覚ます。どうやらすぐ裏で何か発生したらしい。煙とかは見えなかったので大きな問題じゃなかったと思うのだが。消防車10台近く集まってましたね。そういえばなんか悲鳴が聞こえてたような気が。。。
というわけで、頑張ります。どうぞよろしくお願いします。
イベントなどはコチラでも告知しております。
あとは何とか東京まで行けば。。。明日は朝からJ-Waveの番組収録です。日本でラジオ出るの初めてなので楽しみです。
18 6月 2011
ある一組のカップルの路上キスの画像が、ネット上を駆け巡っている。といっても、これはいわゆるセレブリティがパパラッチされたという類のものではない。
これを教えてくれたのは、とあるホテルの従業員。家の近所にあるので、オフィスまで行くのが面倒な時によく利用する。(「ウィキペディアンの憂鬱」の舞台としても登場する)
グーグルで Vancouver riot kiss と検索すれば大量にでてくるこの画像、実はカナダのバンクーバーで暴動の最中に撮影されたもの。
The real story behind the Vancouver kiss (ZEENEWS) によると、当初は「暴動なんてそっちのけ」で盛り上がっているという写真だと理解されていたようだが、現実はもっと深刻なものだったということが発覚し、また話題になった。
この写真を撮影したのはリチャード・ラム(Richard Lam)、カナダ人の写真家である。キスしている男性はスコット・ジョーンズ (Scott Jones) で女性は彼のガールフレンドのアレックス・トーマス (Alex Thomas)であるとされている。
However, as per a UK newspaper, it now appears that the couple had been knocked down by the riot police. The couple, who have been identified as Scott Jones and his girlfriend, Alex Thomas, were themselves shocked to find their pictures splashed across various social networking sites and news sites.
(抄訳)
ところが、英紙によると実はこのカップルは暴動を鎮圧していた警察によって、路上に打ち倒されたのだという。このカップルは彼らの写真がSNSやニュースサイトのあちこちで話題になっていることを知りショックを受けているという。
どうやら、男性は倒されてアスファルトで頭を打った女性の上に倒れたようで、女性の無事を確認して落ち着かせるためにキスしたのではないかとのこと。
なんともほほえましい話なのだが、ソーシャルメディアで一気に広がってしまう世の中というのはやはりすさまじい。早くもネットでは一気に彼らの画像をもじったパロディがいろいろ出回っているようだ。(いずれポスターになったりして)
ところで、肝心の暴動の理由だが、どうやらバンクーバーの地元チームがNHKの決勝戦であるスタンリーカップに負けたことに端を発しているらしい。
(NHLファン暴走、カナダ・バンクーバー炎上)
(余談:実は私自身大地震やテロの被災経験はないものの、戦後の日本で唯一起こったとされる大阪市西成区の暴動だけは高校生の時に体験している。そちらの方面からきた学生が路面電車の窓が投石によって割られたことを話してくれた時は「これが日本か!?」と思ったものである)
カナダ人はどちらかというと温和なイメージがあるが、ストライキはしょっちゅうやっているということ。そういえば出版社からYukari Peerlessさんに送る献本がストライキでダメだとか言ってたな。もしかすると原因はこれ!? だとしたら何ともすさまじいアイスホッケー熱である。