Archive for the 「 コミュニケーション 」 Category

会場は10くらいの部屋に分かれているので、みんな目的の場所を探して歩き回ります。
通路の様子

意力が二つ目にピックしたのはLocation! Location! Location!というパネル・セッション。

パネルディスカッションの様子

パネリストはWayne Sutton(ビデオブロガー、@waynesuton、KS57)、Lawrence Coburn(DoubleDutchの創設者、@lawrencecoburn、KS22) Mike Schneider (大手マーケティング会社Allen&GerritsenのVP、@SchneiderMike、KS45)。
地理情報ベースのサービスの最新情報からソーシャルメディアマーケティングの可能性に迫ります。今もっとも注目を浴びているジャンルだと、後ほどインタビューをした我らがアメリカンギーク界のアイドルCali Lewis (カリ・ルイス, KS77)も言ってました!
印象的だったのはYelpに対してのコメントで、「普段ハンバーガーしか食べてる人に、寿司のレビューをしてもらっても参考にならないじゃないか!」というのがありましたね。ごもっとも。今立ち上げようとしているソーシャルメディアサイトの参考になりました、とても。筆者的には普通の一方通行のプレゼンよりもインタラクティブなパネルディスカッションのほうが聞きやすいですね。質問もバシバシ飛びますしね。

その後はみんなでネットワークランチへ。このコンファレンスに来ている人たちは、一番安いEXPO(展示会)だけのチケットと違い、500ドルとかのフィーを払って、さらにあちこちから飛んでくるということで、ランチは結構豪勢でした。(え、私?もちろんプレス特権の濫用ということでお仲間に 笑)

ネットワーク・ランチョンの風景

10人がけのテーブルがだだっぴろい大ホールにところ狭しと並べられ、ウェイターが頑張って食事を運んでました。メニューはサラダとステーキ、デザートにはムースとコーヒーがでて、フルコースをご満悦という感じです。食わないと書けません、もといつぶやけませんからね!

(続く)

<関連エントリー>
BlogWorld Expo2010 レポート1 ~開幕初日~ コンファレンスデー
BlogWorld Expoの先進的なコンファレンス・セミナー内容

初めて当ブログにいらっしゃる方も多いと思うので、ここで一度2010年1月~9月までのエントリーの中でのアクセスランキングと筆者お勧めエントリーを紹介する。

総合アクセスランキング
1位 Kindle(キンドル)DX レビュー 
恐らく多くの人がこのエントリーで当ブログにたどり着いたのではないか。未だにキーワード検索からのトラフィックではダントツに多いのがこのエントリーである。

2位 iPad予約受付開始日の熱狂 早速2つ注文してみました
このエントリーも人気である。アマゾンやキンドルのお膝元であるアメリカに在住しているという利点が活かされたエントリーだ。その後の電子出版の過熱ぶりはご存知の通り。

3位 アップル VS アドビ 仁義なき戦い!? (関西風)
連載当日ではないが、数日してから一気に4桁のアクセスを叩き出したエントリー。きっかけはギズモード・ジャパンでリンクを貼られたことで、筆者もそれを後で知ったのでアクセス数の増加を見たときはびっくりした。関西弁にしたのは普通の翻訳をして第三者に転載されるのが嫌だったというのと、普通では面白くないと思ったことから。ごく一部に熱狂的なファンをもっている筆者お気に入りの連載「うぃる爺の弁明」シリーズが立ち上がるきっかけになった。

4位 Apple iPad 購入レビュー1
2位と同じ形で人気のエントリー。同日ベガスに行く予定だったので、冷え込む中朝一番で並んですぐにビデオを取って、YouTubeにアップしてから出かけた。大忙しだったのを覚えている。ちなみにYouTubeの閲覧回数はみんなが同じことを考えたiPad本体のレビューよりも、珍しかった純正ケースのレビューの方が3倍以上。「人の行く裏に道あり花の山」という格言を思い起こさせる(笑)

5位 AppleがiBook Storeでの自費出版を支援するサービスを開始
これは意外だったが、恐らく伝えたスピードが速かったのだろう。すでにお察しの通りグーグルの検索ランキングはブログにとっては非常に大事な要素だ。早めにエントリーを上げておけば、クリックが増えるに連れて順位がどんどん上がっていくのでいい相乗効果が生まれる。

次点 iPad活用法1 – うぃる爺の知恵袋
これは思っていたよりもアクセスが多かったエントリー。翌週に知人がここで紹介されているルーターを買いに行ったらすでに売り切れていたという。(当エントリーと関係あるとは断言できないが 笑)

ちなみに単日でのアクセス数ランキングは上記とは異なる。下記はこれまで意力ブログが最も多くのアクセス(と言っても4桁を少し超えるくらい)を得た日に掲載された主なエントリーだ。

アクセス数ランキング(単日)
1位 アップル VS アドビ 仁義なき戦い!? (関西風) (5月6日)
厳密にいうと数日遅れだが、やはり大手ソーシャルメディアサイトの影響は絶大だった。
2位 電子書籍の開放を阻むべきではない by 佐々木俊尚 ジャーナリストの視点 (4月14日) 
こちらは佐々木氏のブログエントリーに対するトラックバック効果だった。
3位 Kindle(キンドル)DX レビュー (1月6日) 
エントリー自体は昨年の8月のものだが日本で発売されるというのを受けて一気にアクセスが集中した模様。
次点 (5月30日)
これ以外にもAbout.Meのエントリーでも佐々木氏からのRTでアクセスが殺到した。インフルエンサーの影響を如実に体感できるのが素晴らしい。

意力お勧めエントリー 
上記以外の筆者お勧めエントリーです。ぜひご一読ください!

朝マックでの出来事 (うぃる爺の弁明 2) 
最近更新できてないですが、うぃる爺シリーズは筆者のお気に入りの連載です。今後は電子出版以外のジャンルにもうぃる爺がどんどん斬り込む予定。このエントリーでは今話題再燃のK女史が登場!? モチーフになったのは例の対談です。マンガにしたい。。。

平常心と自信 ~ZEN ENGLISH
既存の文法学習ではなくメンタルを変えることで英語の実践力を養うZEN ENGLISHシリーズです。神田ロムさんを和尚さん役で、映画にしたい。。。(笑)

誰が電子出版を殺すのか?
これも一部の業界人の間では話題になったエントリーです。ブログはやはり曖昧ではなく断定的に書くことを期待されているようですね。書く方にも勇気が要りますが(笑)


EBook2.0 Forumでの対談 LA トーク 2回目の返信

鎌田氏主宰のEBook2.0 Forumでの対談シリーズも人気です。普段も独弁とは違う切り口での掛け合いに注目です。

「発想の壁」を考える
4月のエントリー。週末に訪れたApple Storeでの出来事から発展したエントリーです。電子出版にもこの「バカの壁」がある!?

Apple Game Centerが狙うコンソール時代の終焉
垂直統合による壮大な囲い込みプランを目論むAppleの野望。

日本でソーシャルメディアが立ち上がらない10(+2)の理由
ソーシャルメディア革命
つい最近のエントリーです。挑発的ではありますが、危機感から思うところを述べてみました。

お勧め連載 今これが熱い!
ウィキペディアンの憂鬱
人類の叡智を詰め込んだサイバー百科事典、ウィキペディアについての基礎知識と裏側、そしてソーシャルメディアの意義とウィキの立ち位置などを詰め込んだストーリー仕立ての(実話を基にした)小説です。

現在約390本のエントリーがあがっている意力ブログ、掘り起こして頂ければひょっとするとお気に入りのエントリーが見つかるかも知れません。(宣伝 笑) ぜひごゆっくり意力ブログをお楽しみください。

ソーシャルメディア革命

先ほどのエントリーでは日本でソーシャルメディアが成り立つのを阻む大きな理由を説明した。しかし、敢えてそこではソーシャルメディア自体の定義をしなかった。こちらのエントリーでは定義はしないまでも、ソーシャルメディアの意義とその革命の内容ついて詳しく説明したい。

ウィキペディアによるとソーシャルメディアとは「ソーシャルメディアは、誰もが参加できるスケーラブルな情報発信技術を用いて、社会的インタラクションを通じて広がっていくように設計されたメディアである。」と定義されている。英語版ではこれはもう少し詳しく定義されているが、はっきり言ってまだ成立過程にあるこのコンセプトの定義を議論するのはきっと偉い専門家の先生の仕事であって、私のような一介のブロガーの仕事ではない。
ここで重要なのはソーシャルメディアというものがインターネットをインフラとして、人間同士が相互に作用しあうことによって広がっていくメディアであり、情報発信の主体はこれまでのように大手ではなくて個人であるということを理解することだろう。(ここでもまだ情報発信自体は大手でそれを伝えるのが個人なのか、あるいは情報発信自体を個人が行うのか、という部分で曖昧な部分は残されているのだが)

これまでにもきっとソーシャルメディアを語った本やブログはたくさんあっただろうが、ツイッターの誕生と繁栄は多くの識者にとっては晴天の霹靂であっただろうから、定義もまた切り替わっているに違いない。つまり、定義なんてリスクを恐れる者が後付けでやればいいことである。

では本題

まず筆者はソーシャルメディアを(既成概念でいうところの)マスメディアと対極に位置するものだと仮定する。
そして、ソーシャルメディアのインフラとしての本流はやはりネットである。(定額使い放題、時には無料のインターネットはいつだって弱者の味方だ) マスメディアでは情報の選択はあくまでも「大衆」をにらんで大手メディア側で行う。民主主義で行われているはずの選挙の結果である政府の施策が、総じて国民の総意とは違うところにいってしまうのと同じように、マスメディアで取り扱われる記事は必ずしも国民が知りたいところを反映しているとは限らない。というか、マスメディアの奥義は「それを知りたかったんだ!」と国民をして思わせるところにある。そこには国民が知りたくない情報というのは必然的に書かれなくなる、つまりなんのこっちゃない「大本営」の発表と何も変わらない。日本は高度経済成長を遂げたものの、島国根性を抜け出しきれない日本は今、それを全面的に認めて「ガラパゴス島民」としての存在意義を肯定するか、あるいはこれまでみたいに「なんちゃって開国論者」になるかどうかの選択を余儀なくされている、ように筆者は感じている。(誤解してもらいたくはないのだが、この点で筆者はそのような島国根性を抜け出しきれない日本人の代表として、海外在住という視点で論拠を展開している)

で、ソーシャルメディアだが、大きなポイントとしては下記のような性質をもっているのではないか。
(*紙媒体とネットが違うのは明らかな話なので、テレビとどう違うかを理解すると分かりやすいと思うので、今回はテレビや大手ポータルサイトと比較してみる)

1 ソーシャルメディアはマスメディアの対極に位置する。
- 繰り返しになるが、大事なことだ。例えばテレビはテレビ局側が配信内容の全てを決める。ソーシャルメディアは個人が情報を配信し、それがどうスケーラブルに展開されていくかもそれぞれの個人次第である。(ただし現時点では主要収益モデルという点においては、テレビもソーシャルメディアも広告か課金型かというような同様の選択肢しか存在していないようだ)このため、実は例えば読売新聞が運営するソーシャルメディアサイト、なるものは存在し難い。そもそも両者の存在自体が相反しているからだ。
この点でソーシャルメディアがそれぞれの国で成功しているかどうかは、大手メディアと(資本的に)独立して存在する大手ソーシャルメディアサイトがどれくらいあるかを数えるというのが判断基準の一つとなるとも言える。(TECH CRUNCHがAOLに買収された事例は、アメリカではステージが一つ先に進んでいることを示唆するものだ)

2 インターネットに始まり、インターネットに終わるデジタルメディアで一貫したメディアである。
- 電子出版との関連性はこれまで筆者が述べてきた通りだが、紙媒体とはあまり連動しなそうであるし、CMにしても店頭への誘導というよりは、オンラインショッピングへの誘導につながるのが主体である点でネットインフラに特化したメディアである。
テレビはオンラインショッピングよりは実店舗での購買に誘導するのが主であり、購買衝動は購買活動には即時に結びつかないため、継続的な広告活動が重要になってくる。しかしソーシャルメディアからオンラインショッピングへの誘導が起こった場合はむしろ購買は即時型になる可能性が高い。

3 情報を発信するのは「個人」もしくは「個人の集合体」であり、大「組織」ではない。

- ソーシャルメディアは実名、あるいは固定されたハンドル名での記載が原則である。これは権威のある大手メディア媒体とは異なり、個人がそれぞれファンを獲得していく必要があるからで、特に黎明期では必須である。テレビにおいては当然「顔出し」が原則であるので、この点では似ているが、あくまでもそこに登場するのはテレビ局で勤める人間であり、ソーシャルメディアでは記者はフリーランスの雇われかその媒体の運営主自身である。当然大きな責任問題が生じた場合には大手ほどの体力がないため、即時死亡(信頼失墜)もありえる。これは記者としてはある意味当然のことなのだが、日本では雇われ記者が多すぎて、このようなリスクを取ることに慣れていない。(また自由すぎるウェブメディアのフォーマットとルール自体に問題を抱えている方も多いだろう)

4 総合的なポータルというよりは個々に細分化されたジャンルあるいは地域をカバーする
- テレビやポータルでは人的・経済的リソースを駆使して、膨大なトピックをカバーすることができる。しかしながら、そのほとんどが(少なくとも黎明期は)零細企業であるソーシャルメディアの世界では、それでは個の持ち味が活かせないため競争に勝てない。よって必然的に自分たちが得意な分野で勝負することになる。GIZMODOやTECH CRUNCH、HUFFINGTON POSTなどがその良い例である。

5 即時性が命である
- インターネットが紙に対してすぐれている最大のポイントはスピードだ。そして、同じデジタルメディアのテレビよりも速くネットはニュースを世に伝えることができる。勿論この即時性のために正確性を書くことがあってはいけないのだが。

6 独自の視点と論調が成功のカギを握る

- 限られたチャンネルの中で選択されるテレビの世界とは異なり、ネットの世界では選択肢が膨大である。ここで名前を挙げるためには独自の視点と論調が重要である。あるいは一般的に認知された人物が論を展開するのが分かりやすいが、それはマスメディアの延長であり、ソーシャルメディアのコンセプトとは少し趣を異にする。GIZMODOはその論調や扱うトピックなどで独自の位置を築き上げた良い例だ。

7 独自経済基盤の構築
- 今のところやはり広告が主流になってくるが、そもそもジャーナリズムと広告は相容れない。よって、理想的には課金モデルとなるのだろうが、筆者はこの部分に関しては市場の成熟と共にもっと多様なパターンが出てくるのではないかと考えている。勿論寄付も一つの例であり、ハードウェアのレビューサイトなどでは以前から成立している。テレビショッピングなどはソーシャルメディアとしては効果を発揮する部類なので、ここにも活路があるだろう。(例:Will it Blend?、Wikipedia、Woot

8 情報配信あるいはビジネスをスケーラブルにするための仕組みを工夫する
- 今やテレビでもツイッターのアカウントを紹介したり、ひいてはテレビでSNSの宣伝をしたり、SNSを紹介する映画がでたりするくらいなのだが、ソーシャルメディアサイトではネットで広がりつつある流行のアプリについては極力網羅することで、ユーザーが好む手法でニュースを拡散することを後押しすることが重要である。(テレビは一方通行であり、かつインターネットと同じ空間に存在していないメディアなので、これは実現できない)

ここまで話してきて、気づいた人もいるかも知れないが、「人類の集合知」という壮大なニックネームをもって生まれたソーシャルメディアの雄、ウィキペディアはどういう位置づけにいるのだろうか? 筆者は現在このブログにて「ウィキペディアンの憂鬱」シリーズを連載中(出版社求む 笑)だが、ソーシャルメディアを考えた時にウィキという巨人の存在は外すことはできないものだ。しかし、ウィキには「百科事典」でありたいという目標があり、上記に挙げたソーシャルメディアのいくつかのポイントとは相容れない部分を有している。つまりウィキぺディア自体がソーシャルメディアのジレンマの具体例みたいなものであり、今後ウィキがどういう進化を遂げていくのか、あるいはいかないのかを見守ることはソーシャルメディアの行方を占う上で直結する重要事項だと認識している。この点についてはまた機会を改めたいと思うが、例えばウィキペディアは即時性をどちらかという否定する傾向があるし、執筆者が複数で一つのエントリーを執筆する、あるいは自分の専門分野や関連のある分野について執筆することを奨励していないこと、などが挙げられる。

そして「憂鬱」のテーマは<衆愚>と<無知>である。ネットの世界ではみんなが誰しももっている権利と力があるのだが、これについてよく理解できていないとネットの未来は一般的な総意に基づくものにはなっていかない。ネットの世界は「民主主義」のように見えて、断じてそうではない。権利をよく理解してそれを行使していかないと、自然と「白票」を投じたことになり、アクティヴィストの活動をそのまま支援してしまうことになりかねない。筆者のこの一連のエントリーはそうしたことに対する危惧から書かれたのは確かだ。ネットを普通に使っている人の間にもデジタルデバイドの格差は厳然として存在するし、多言語を介する者とそうでないものが有する情報格差もフラットなネット社会ではどんどん拡大していく。

筆者は「電子出版」と「ソーシャルメディア」は車の両輪だと考えている。双方のバランスがうまくかみ合わないと車は前進していかない。で、ここでいう車というのは「ジャーナリズム」なのかも知れないし「メディア」そのものなのかも知れない。電子出版は膨大なコンテンツを有している大手出版社が様子を見ている間に小さな所からどんどん死んでいくという事態になったが、ソーシャルメディアのコンテンツというのは必ずしも大手メディアが「保有」しているものでないだけに、牙城としては草の根でも崩しやすいはずだ。だからまずはソーシャルメディア革命を起こすことを一ブロガーとして支援していきたいと常々考えている。

これまでは、あとほんの少しと見えていたラスト1マイルが意外に遠いのではないかというように感じられてきた近頃。近い例でぞっとするのは日本人の英語力だ。恐らく日本人の英語力は戦後60年間以上の間それほど成長してこなかったに違いないし、日本の世界における経済的地位を考えた時に相対的にはむしろ低下していると言えるのではないか。
その原因を考えた時に行き着くのは「読み書きはできる」という根拠を誤った自信と「日本語と英語の言語構造学的な大きな違い」に対する正確な認識ができていなかったことにあると思う。敵を知り己を知れば百戦危うからず、とはよく言ったもので、逆だと完敗する他は無いということだ。
電子出版が案の定大手主導の形で落ち着きかけ、大きな可能性がどんどん殺されていっているように、意外とこの壁は越えられそうで越えられない「バカの壁」に近いものなのではないかという思いが募ってきたら、急に誹謗中傷を覚悟で書きたくなった。

というあたりで、一先ずここでエントリーを区切りたい。続きをするかどうかは読者の反響次第ということで(笑)

ソーシャルメディアでは存在意義を確定するのも読者であり、つまり「黙殺」が一番の武器である。これまではマスメディアの最終兵器であったこの「黙殺権」を一般が行使できるようになったのが最大の変革と言えるのかも知れない。先のエントリーで紹介した藤沢氏の勝間和代に対するコメントは、つまりそういうことであったのではなかろうか。「良い」も「悪い」も「無視」も含めてソーシャルメディアの評価であり、書き手はそれを真摯に受け入れるしかない。

<関連エントリー>
日本でソーシャルメディアが立ち上がらない10(+2)の理由
朝マックでの出来事 (うぃる爺の弁明 2) 

筆者も拝読した「なぜ投資のプロはサルに負けるのか?― あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方」の著者の藤沢数希氏が10月4日にアップしたエントリーが話題になっている。
勝間和代がネットで叩かれるようになった本当の理由とネット・メディアの未来 と題されたそのエントリーの内容は日本のインターネット・メディアの未来についてかなり重要なメッセージを含んでいると思う。このエントリーの基は勝間和代氏が書いたアマゾンの評価システムに対するブログのエントリーだった。これぞまさにブログを中心にしたソーシャルメディア。今後勝間サイドから反論は来るのだろうか。

それはともかく、ここで藤沢氏はネット・メディアという言葉を使っているが、これは筆者がブログで用いるところのソーシャルメディアと同義であるか、限りなくそれに近いものであると勝手に解釈して話を進めたい。ちなみに筆者も(両者に対して全く無名ではあるが)一ソーシャルメディア・ブロガーとして藤沢氏の下記のコメントには深く賛同するものである。

しかし僕が感じた違和感はこんな一般論じゃない。僕は勝間和代がネットで叩かれるようになった理由はもっと深いところにあると思っている。それは単に有名になってそれに比例して「アンチ」が増えたなんていうことよりもはるかに深刻な問題だ。

そして、本エントリーを書くきっかけになった大事な指摘はこの部分。

僕も含めて、いわゆるインターネットのメディアでがんばっている人たちは、もちろん自分の利益のためにがんばっている。ニュース・メディアなどは当然広告収入が目的だろうし、個人ブログだってアフィリエイトやその他のマーケティング上の目的がある。どんな活動も継続的な利益を生み出さなければ続けられない。インターネットのメディアとてその例外ではない。金儲けから逃げられないし、また金儲けから逃げる必要もない。金儲けは健全な市場経済の中において社会に貢献するもっとも強力な手段だ。
しかしインターネット・メディアに関わる人たちの多くが、金儲け以上の社会的意義を確かに共有しているし、それをとても大切なものだと思っている。日本ではテレビ局の力があまりにも強大すぎるし、テレビに関わる既得権益は日本の政治と深く結びついてしまっている。テレビほど世論誘導を強力に実行しうるメディアは日本にないし、本来、メディアというのは国家権力を監視するというのがとても重要な社会的役割なのに既存のマスコミと国家権力はべったりだ。

現在ソーシャルメディアはまだまだ非力な存在であるが、その意義が非常に大きいことは疑う余地もない。ここで藤沢氏はかようなネット・メディアの未来について下記のように結論づけている。

経済活動というのはある意味で生存競争であり、最終的には抜き差しならない利害の対立になる。Amazonと多くの小規模の書店が決して相容れないように、インターネット・メディアも既存の巨大メディアと全面戦争をはじめる時がやがてくるだろう。今はあまりにも力が弱すぎて、見過ごされているけども。

そう、そんな時代は近いうちに来るのだろう。GoogleとAmazonが合併してソーシャルメディアの一大勢力を築くというプロットで話題になったモキュメンタリー・ビデオ<EPIC2014>が大流行したのは6年も前の話だが、インターネットという情報伝達という点では限りなく万能なインフラが成長を止めることは考えにくい。人類は情報化社会において、もう後には戻れないステージに到達してしまっている。

しかし、しかしである。そのような世界の流れと日本の流れが一緒になるかどうかは別問題である。例え立ち上がるとしても、このままいくとその間にはかなりの時差が生じる恐れがある。
筆者は大胆に、半ば自暴自棄に(苦笑)下記のような問題が解決しない限り、ソーシャルメディアの日本における本格到来はやってきそうで、なかなかやってこないのではないかと考えている。

ここではソーシャルメディアではアメリカ(や欧州)が先を行っているという前提で、その違いを基に筆者の論拠を述べたい。
(肝心のソーシャルメディアの定義については敢えてここではせずに、次のエントリーでまとめることとする)


日本でソーシャル・メディアが立ち上がらない10の理由

1 既存の大手メディアの影響力が強すぎる。
これには二つある。一つはその国土の狭さ故に大手メディア数社のネットワークが日本全土をことごとく網羅してしまっていること。
 日本全土は右向け右でどっぷりマスメディアに漬かってしまっている。そしてそれがどういう危険性をもっているかについても気づいていない。藤沢氏は「日本の統治機構にがっしりと寄生した既存の巨大メディア」という表現を使っているが、その力は未だ絶大だ。例えばアメリカでももちろんマス・メディアは強大だが、膨大な国土と人種の坩堝と言われる多様性、そして国内にすら存在する時差はアメリカをして情報操作をこの上なく難しくしている。アメリカの全国紙もテレビのメジャーネットワークも日本ほど影響をもっているとは到底思えない。勿論アメリカでも重要な事項については操作は日常的に行われているが、戦争をしている国としていない国では情報に対する優先度の設定が異なるのは理解頂けるだろう。(奇しくもその際に最も優先度が高いのはいわゆる「大本営」の発表というやつなのだが。日本は未だにその亡霊を駆逐できていないようだ)

次に、日本人の単一性の問題。これが国民の既存メディアに対しての依存度を極度に高めてしまっている。何より問題なのはその既存メディアにどっぷりと漬かってしまっている状況が簡単には変わらないことだ。
 毎日の通勤途中に必ず見かける電車の中吊り、毎日同じニュースを何度も何度も垂れ流すワイドショー、過激な見出しでしか顧客を釣れなくなってしまっている大手週刊誌などは潜在意識に無言で働きかける。(通勤のほとんどが車で行われるアメリカにおいては以前ラジオが同じような機能を果たしていたのだろうが、近頃ではもっぱらデジタル音楽を聴いているだろう)
この理由の一つは日本がほぼ単一民族に近い人種で構成されており、言語は日本語のみ、そして日本人としてのアイデンティティというのが簡単に伺え知れるほど、多くの人が同じことを考えているということだ。(ここでの単一民族の比喩は、例えば外国人が日本人を見たときに感じる見た目の統一感と近いと思う。黒髪に黒い瞳、似た様な背格好と服装、同じ言語というようなものである。そして「今日本では何が流行ってるの?」とかいう質問が日本人の均一性を物語る有名なフレーズである)
ソーシャルメディアは「個」が抜きん出る舞台であり、既存権力との対決の場である。故にその前に国民が懐柔されてしまっている現状に不満を持たない限り、着火しないことは十分に考えられる。(筆者は平和主義なので安保闘争を再燃させろとは言わないが…)

2 人権意識が低い
- ソーシャルメディアで取り上げられるニュースコンテンツのコアとなる視点を考えた時に、その背後にあるものは「人権」と「個性」の尊重である。日本は先進国の中では明らかに人権後進国であるが、それはつまり「個性」というものを尊重できない文化を有しているということにもつながる。ネット上では相変わらず隣国の国民に対して差別的な用語が飛び交っているが、それをそもそも差別だとも認識していない節がある。「人権と個性」を尊重できない国では「弱いものいじめ」が氾濫する。
日本には多くのグレーゾーンが存在することも問題の一部だ。未成年の喫煙や飲酒、賭博に売春、違法とされていることが平然とまかり通っている現状に国民は不満を持つのではなく、完全に慣らされてしまっている。
弱者の典型は「子供、老人、女性」であり、彼らにとってどんどん住みにくい社会になっていく。親がパチンコに興じている間に子供を車の中に放置しておいて殺してしまった場合、アメリカでは重罪が言い渡される。恐らく他に子供がいたら、その親の親権は取り上げられるだろう。子供というのは一番弱い存在であり、その子供に対するケアをなおざりにしたまま、一方では学級崩壊やモンスターペアレントを輩出するような仕組みを教育の現場で作ってしまった日本は、メディアの根本にある「人権意識」というものに根ざした報道に対して、ワイドショー的な興味本位のレベルを超えた本質的な興味をもてない。

3 政治(や歴史)とジャーナリズムへの関心度が低い
- 日本では政治への関心度があまりにも低すぎる。これは投票率をとってももちろんそうだが、特に若者の間での政治論争など聞いた試しがないくらいノンポリ化が進んでいる。これはつまり「誰を選んでも同じ」という意識を植え付けさせた体制の意向があまりに強く反映されているためである。投票率が下がれば組織票が強いところが伸びる。これは今の2ちゃんねるを見てもよく分かることだ。いい加減、いつまでも必死に妨害活動をしたり扇動作業をしているのはごく一部の人間であり、ネットへの露出度は人の数には比例していないということに気づくべきだ。アメリカ人が日本人より総じて賢いかというと断じてそういうことはないと思うが、政治や人権意識という点では日本よりも遥かに進んでいるのは地域レベルでもよく分かる。(またこれは国民が税金問題に対しても強い意識を持っているということであり、日本は源泉徴収のシステムが納税者の納税意識を希薄化しているとよく指摘される)

4 個性を認めない「出る杭を打つ」文化の存在
- 村八分、ガラパゴス。。。個性を認めないのを旨とする農民気質の日本人にはどうしても「和」を乱す存在を容認するわけにはいかないというマインドセットがある。これはソーシャルメディアの精神と真っ向から対立するものなのである。そして、藤沢氏が指摘する通り、国民が「マスメディア」を上位階層、「ネットメディア」を下位階層としている限り、その杭を打つ力があまりにも強い。これではやっている方もすぐにヤル気をなくすか、あるいは傷ついてどんどん倒れていく。「ペンは剣よりも強し」とは言うものの、お腹をすかせば簡単に死んでしまうということを大手メディアはよく分かっているし、体力的にはまだ彼らのほうが優勢だ。

5 自営・独立をする人が少ない
これは情報を発信する側について。電子出版が既存の紙出版に比べて参入障壁が低く参加しやすくなったのと同様に、その気になればそれこそ「筆一本」で参入できるソーシャルメディアの世界は実は独立のチャンスだ。しかし長らく農村社会であった島国日本ではそもそも中小企業の数がアメリカ(や韓国)に比べると圧倒的に少なく、自営業者や中小企業の経営者を支援するような仕組みやインフラが圧倒的に少ない。一方ソーシャルメディアで生計を立てようとするとそれなりのコミットメントが必要になってくるので、ここにもまた障壁が存在していることになる。よって明確なビジネスモデルが存在しない黎明期に、この業界に飛び込む人間というのは必然的に少なくなるいわゆる「様子見」の状態が続き、結果として立ち上がりがどんどん遅れていく。

6 非営利団体に対する支援と理解の欠如
- チャリティは胡散臭いなんて誰が言い出したんだろうか。アメリカでのネットの活動、ひいてはジャーナリズムの多くは非営利団体や有志によって支えられており、あのウィキペディアだってもちろん非営利団体だ。政府の助成金などのシステムもあまりに脆弱で、「志」や「大義」のために活動をしようとしても、資本主義の壁に押しつぶされて終わってしまうばかり。これではソーシャルメディアは育たない。何故かというと、メディアの大義は儲けるところ以外にあるべきだからだ。商業主義に捉われたジャーナリズムなど何も面白くないし、一方書くのも得意で金儲けも得意、みたいな人間は歴史が示すとおりかなり稀少なケースだろうから。(多くの作家や独立系の記者は極貧生活を続けながらも執筆を続けてきた)あたかもブームみたいに「社会企業家」などと言うキーワードでもって、チャリティを真面目に捉えて活動している人を興味本位のみで取り上げている場合ではない。

7 (英語力を含む)外国語力の低さと国際意識の欠如

- 日本人の英語力の低さは日本語の特異な言語的構造によるところが大きい訳だが、根本的には海外に対しての意識が低いところから来ている。(海を隔てているのだから当然だとも言えるが) 日本の中にあるニュースなんか限られているのだから、世界とつながるソーシャルメディアの世界に目を向けるべきだが、ここでいちいち翻訳サービスを必要としていたのでは肝心の「スピード」がまったくついていけない。つまりここでもソーシャル・メディアは成り立たないのだ。本来は英語教育を(一時的に)捨ててでも言語としての親和性の高い韓国語や中国語を学ぶことで、もう少し国際感覚を身につければ隣国のニュースなどに興味をもつようなケースもでてくると思うし文化交流も深まるはずだが、人権の問題とも影響して日本人は隣国のアジア人に対する持ち前の人種差別意識を乗り越えようとはしていない。

8 PV神話が根深い(大手依存)
- 日本のPV神話は恐ろしい。とあるソーシャルメディアサイトに話をしに行った際に実際にあったことだが、何を言うよりも先に「まずは月間50万PVです、そうじゃないと広告がつきませんから」と真顔で社長に言われたのには本当に閉口した。広告モデルのビジネスの話をしにいったのではなかったんだけども。PV神話が根強く続く限り、(それを望むかどうかは別として)零細でやっているソーシャルメディアのサイトやポータルに広告がつくようなことはない。
PVだけでいったら規模の大きなヤフーやMSNといったサイトに到底勝ちようがないし、彼らの多くは簡単で詐欺まがい(失礼)の「一行広告」みたいなツリ文句で未だに多くのユーザーを扇動している。もちろん特定量のアクセスがあるのは当然だが、迅速性を旨とするソーシャル・メディアの世界では運営主体は零細企業である場合がほとんどであるため、どうしても取り扱う内容は専門的なものにならざるを得ない。この点で、芸能を中心に総合的に情報を扱うポータルにははなから勝てっこないし、本来戦う相手ではない。アメリカでは大手のテレビ広告離れに代表されるように、このような形だけのPV神話は崩壊しつつある。

9 匿名性ジャーナリズムとしての先駆者としての2ちゃんねるの存在
- ある意味日本人の「集合知」とも言うべき2ちゃんねるというBBSが存在している時点で日本におけるソーシャルメディアは早い時期にある程度確立されていると言える。しかし、その匿名性故に2ちゃんねるは一部の「特殊な」人間が集まるところとして一般人からは敬遠されるようになり、最近ではまあすますその傾向が強まっているのではないか。質の悪い「荒らし」行為や宣伝、露骨な情報扇動や個人の誹謗・中傷などが跋扈するあの場に関わりたくないと思う人が増えてきた時点で、マス・メディアはうまく情報操作をしてうまくユーザーを掲示板から引き離していったのだ。ガラパゴス日本を席巻したこの掲示板のもつ意義は大きい。まずは日本では(インフラ的には)ソーシャルメディアが十分に成り立つ可能性というものを示唆したという点、そして次にネットにおける匿名性の問題を明らかにした点、次に「本格的なステージに到達する前になんとなく満足してしまった、つまりやる気をそいでしまった点」である。これぞまさに体制の思う壺(笑)である。ソーシャルメディアの成熟にはその責任の所在を明らかにする「実名制あるいは固定ニックネーム制」が不可欠だと筆者は考える。

10 芸能ネタへの偏り
- 日本は芸能ネタを中心とするいわゆる「三面記事」がニュースの花形である。ワイドショーを見ていたら誰の目にも明らかだ。これは例えばウィキペディアの記事構成にもそのまま現れていて、あれだけ規制が厳しいにも関わらず芸能関係のエントリーが全体の7割以上を占めるという噂があるくらいだ。(要検証 笑) こちらは検証できなかったが、記事ごとのアクセス数ランキングは公開されている。これを見る限りでは少なくとも英語版よりも日本語版のほうが芸能関係に偏っているということはコメントしても差し支え無いだろう。芸能ネタの多くはテレビ局やプロダクションから営利を目的として伝えられるものであり、(それが芸能人の日常を取り上げる様なパパラッチ的なものでない限り)ソーシャルメディアにはあまり適していない。一般人の関心がここに偏っている限り、ネットのアクセスというのは常にそれに大きく左右される訳で、硬派なソーシャルメディアサイトを立ち上げようにもそもそも対象となるネット利用者がかなり少ないと考えられる。例えば私は自分のブログの潜在読者なんて最大でも50万人くらいしかいないと考えている。
(*だが、こと芸能ネタに関してはどうしてもプロダクションからの情報が必須になってくるため、マスメディア向けなのだが、ライブレポートやファンクラブでの情報交換などはファンが草の根的に内容を伝えるのに最適なため、実はこの分野で大きなブレイクスルーが起こり、ソーシャルメディアが立ち上がる可能性はある)

(以下は次点)
11 携帯からネットに接続している人口の比率が高い
- アメリカではiPhoneの普及によりようやくスマートフォンでのウェブ閲覧というのが一般的になりつつあるが、日本ではiモードなどの携帯サービスを通じてでしかネットを使わないという人口がまだまだ多いようである。パケット代の問題もあるが、そもそも公式コンテンツに上がらない限りはアクセスを稼ぐことができないのに対し、キャリア側からすると自前のサイトに誘導したい(特にソフトバンク)訳だから、ここには利益の相反が生じる。(そもそもソーシャルメディアは既存のメディア業界の構造変革であり、立ち上がるまでは大手はみな逆風である)

12 宗教上のノンポリが多い
- 宗教は政治や人権とは切ってもきれないものだ。「日本人は無宗教だ」と世界から判を押したように理解されるくらい日本人は宗教的にノンポリである。これに対して欧米型のメディアは「正義」の論争はしばし宗教観を土台にしたものである。「宗教なんか科学的じゃないから現代人は信じるべきじゃない」なんていう訳のわからない理屈を並べて自身の宗教への無理解と不寛容を正当化しているのは先進国の中でも日本くらいだろう。信教の自由は自分の権利を認める代わりに、他人にもそれを認めるというものであり、異なる視点からの意見を尊重しながら交流する場というのが必然的にあちこちで生まれるようになる。

キーワードでまとめると「マスメディアの影響力と国民の依存」、「興味をもつ対象範囲の狭さと無関心」、「(個性を認めようとしない)村八分への危機感」、そして言語力である。

しかし、ここで誤解して頂きたくないのだがこれらはつまりガラパゴスと揶揄される「島国根性」といういわば日本人の一番良い部分の裏返しでもある。このため、もしかしたら日本はソーシャルメディアを立ち上げないという選択肢を無意識の内に取ってしまうのかも知れない。そう、ちょうど電子出版でも大きな可能性の芽がどんどん摘まれていってしまっているのと同じように。
これが無意識の内ではなく、日本国民の総意としてソーシャルメディアではなくマス・メディアへの継続的依存を選択するなら、それはそれで仕方ないことだと筆者は考える。

では、ソーシャルメディアとは一体何なのか、この難しい議題については次のエントリーで筆者なりの見解をまとめていきたい。

ソーシャルメディア革命 に続く)

ブロガーはいつも多くの人に読んでもらおうと工夫を凝らしている。その点でSEO対策も欠かせない。ということで、本連載のタイトルをこれまでのカタカナ(グーグル)からより検索では一般的であるGoogleに変えてみた。結果 “Google IME”で検索順位83番まで上がった!

さて、今回もドンドンいきます。

まずは広告系で

やっぱり仕事探しはこの雑誌? しごとを でコチラ

きき と入れる人は普通 ピンチな状態を述べようとしていると思うのだが、グーグル的にはコチラが重要らしい

よく遊んだ縦型シューティング

よく遊んだ縦型シューティング

タイトーの名作ゲーム。巫女さんの名前は小夜ちゃん。

ひみつの と入れると、アッコちゃんというのはある程度想定の範囲内だが。。。

やっぱりグーグル的には一番は違うキャラらしい。

戦隊編二連発

数ある中でもせんたいといえば、コレらしい

で、ひみつせ と入れたらでてくるのはこちら。

どっちかというと勿論私はゴレンジャー世代。(ゴレンジャーは戦隊物の走りです)、ていうかモモイダーはしらん。

こちらはどっちかというとよく使うんじゃないかという言葉なんだけども

しょうがいで といえば。。。

私は違うショウガイで悩んでます

私は違うショウガイで悩んでます

きょうも はコレ!?

明日は頑張ろう!

明日は頑張ろう!

ちょっと先読みしすぎな気がするが、情報源は一体どこに。。。

じんせいで

なんのこっちゃ!?

やきゅうぶ と入れてここまで出てくるのもすごい。(だけど存在しなさそうな)

長いな。。。

長いな。。。

(*筆者も中学一年の時だけ野球部でした)

メーカー編2連発

えれこ と入れる人は恐らく探している大手入力機器メーカー

マウスやキーボードでは国内最大手

マウスやキーボードでは国内最大手

やっぱり人気のアノお店。(*ちなみに筆者の古巣です)

そして、競合の一つであるコチラの会社

あいお で

ネットワーク機器頑張ってる!

ネットワーク機器頑張ってる!

アイオワ探してる人も多いと思うんですけどね。。。 こう考えると変わった名前の会社とか有利。

その内グーグルはこのIMEでも変換候補に表示するという広告モデルを打ち出すんじゃないだろうか。。。

超便利で面白く、新しいボキャブラリーを常に検索できる、画期的な日本語入力システム Google IMEはコチラでダウンロードできます。

今すぐダウンロードを!(回し者じゃありません)

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「開国論」でも語っている通り筆者はソーシャルメディアの基本はブログになるという考えをもっているが、まだまだブロガーの立場と意義は認知されているとは言い難く、欧米に比べるとやはり日本は立ち遅れている。しかし日本には世界で最も多くのブログが存在しており、その数は1700万とも言われている。

ブログのすごいところはやはりその即時性である。そこの隠し味は「編集者」が存在しない点である。この二つの要素の複合により、ブログをコンスタントに書き続けることのできる人の数というのは必然少なくなってしまう。しかし、特定のニュースやキーワードにフォーカスしたエントリーを書き連ねることで、地道にその効力はネットの世界で生きてくるのは間違いないのである。

筆者は実は小学校時代から日記を書くのが「超」苦手であった。なので、この意力ブログをこれだけのペースで続けられていること自体が奇跡のようなものなのだが、何にもましてそこには「読者」という存在がいるからだということは疑う余地のない事実だ。

これまであまりブログ自体について語ることが少なかったので、これからは少しブログの妙味についても語っていきたい。(日本にはブロガーやブログを表彰するシステムが少ししかないので、意力独自のアワードも設けて市場を活気づけていきたいと考えているので、そういう活動の一環だ)

これは全くの私見だが、ブロガーにはカジュアル・ブロガーシリアス・ブロガーがいると思う。この両者を分けるのは何かというと、「更新頻度」と「アクセス数への執着」である。つまり読まれることを意識して更新を続けるプロ意識のあるブロガーはシリアスなブロガーで、どちらかというと自身の備忘録的にブログを不定期に更新するブロガーはカジュアルなブロガーだと位置づける。

現在ブログ界を見渡してみると、シリアスブロガーには大きく分けて2つのタイプがある。

ソーシャルメディアブロガー
 は定期的に社会の話題になるようなニュースを発信する。
ブログ作家 は自身が創作した作品をブログで公開していく。

ゲゲゲの女房」ではないが、ブロガーが執筆で生計を立てるためには「顧客」が必要になってくる。今のところアメリカと日本の違いはこの点での市場の理解であるように思う。生計が立たないとブロガーは継続して執筆することが困難になるか、頻度が落ちてしまう。(私見だが、その根拠としてはアメリカにはもともとサービスを生業とするコンサルタントやカウンセラーへのレスペクトがあり、顧客がサービスへの対価を支払うのに慣れているが、日本ではまだまだサービスに対しての対価というのは低く見積もられていることがあるように思う。もちろん起業家に対する社会的認知やサポートも全く異なる)

両者にとってブログは集客手法であり、やはりビジネスとして成り立たせるには何らかの目的が必要になってくる。
これはブランディングであったり、特定の商品の販売(アフィリエイトなど)であったり、あるいは自身の作品(小説や情報商材など)であったりする。必然電子出版と相性がいいのも理解頂けると思う。

だからいいブログを書くためには、自身の「売り」を明確にしてどこで儲けるかをやはり真剣に考えながら活動すべきだ。かといって、商業主義があまり先走ると顧客は離れてしまうこともあるかも知れないので難しいところだが。また個人でやる場合と何人かが集まってやる場合ではまた状況が変わってくる。ここでは個人ブロガーに特記している。

ポイントに戻ると、ブログを書くメリットが明確になればいいのだが、例えば意力ブログではこういう実績がある。

オフライン
手がけているビジネス(コンサルティング、電子出版、翻訳など)のクライアントが見つかる。
どういう人物か理解してもらえる、つまり認知度が高まる。そして覚えてもらいやすい。
扱っている製品が売れる。
(広告を意力ブログではとっていないが、それももちろんアクセス次第で可能になるだろう)

オンライン
グーグル検索などでのSEO効果がどんどん上がっていく。
例を挙げると、下記のキーワードで検索した際に目立つようになっている。( )内は現時点でのGoogle.co.jpでの意力ブログあるいは関連サイトの検索表示順位
(測定はDW230を利用)

立入勝義(1) は珍しい名前だから当たり前だが。。。 (表示件数が1万前後あるのもブログパワー)
立入 (1) は一般名詞なのでそう簡単ではない。立ち入り禁止という強敵がいるし。
起業ブログ (18) はあまり上位ではないがそれでも2ページ目だ。ちなみに個人以外のブログも多く、個人ブロガーでは堀江さんとかグロービスの堀さんみたいな有名人について5番目である。
ブログ 北米 (3, 4) は個人ではトップだ。

しかし電子出版では日本の波に乗りきれておらず(苦笑)
ブログ 電子出版 (25) と下がってしまう。(ちなみにYahoo!とかBingだと一桁ランクインしている)

面白いところでは 日経新聞未来面 (3)というのがある。だからたまに勘違いされてか当ブログに寄稿されるのである(笑)
スーザンボイルの夢破れてについてのエントリーは未だに 
夢破れて 歌詞 で5位にでてくる。

もちろんグーグルのアルゴリズムはしょっちゅう変わるので、ランキングは変動する。これはあくまでもうまくキーワードにフォーカスすると想像以上の効果が得られるということの説明である。(逆の言い方をするとブロガーのほうが企業よりも有利である場合もあるわけだ)

筆者は受験世代の申し子なので、このような数字の変動は興味深く、いろいろ狙ってみたりするのだがこれも間違いなくブログの一つの楽しみ方である。世にはSEOで商売をしている会社がたくさんあるが、自身のプロモーションをある意味「継続性」だけで実現しうるブログは実は強力なツールなのである。ブログを書き始めの時にはアクセスも少ないと思うので、こういう数字などを見ながら楽しんで頂きたい。もちろんグーグル解析などで実際のアクセスやどこからトラフィックが来ているかなどを分析するのも大事なのは言うまでもない。ブログが示す格言は何にも増して、継続は力なり、である。

ブロガーよ大志を抱け!

WISH2010の会場を去った後、しばらく都内で用事を済ませてから神奈川県の関内に移動した。

知人が経営する洒落たお店でひょんなことから横浜市会議員の飯田助尚氏(民主党)と歓談する機会をもつことになった。

なかなか政治家と話す機会というのはないので、これを機にとばかり、普段から問題している日本の教育問題について話し始める内、いつの間にかヒートアップしてかなり濃いディスカッションへと発展したのだが、非常に有意義な時間だった。

日本の国際競争力がどんどん低迷していく中、「個」を強化する教育をどのように日本の未来を支える若者に施していくかということは大きな課題である。筆者の議論や批判について、丁寧に対応してくれた飯田氏のような若手の政治家が日本にどんどん育って、未来の日本への建設的な施策が実行されていくことを切に願っている。

まだまだあるグーグルIMEの面白変換候補集

まいど、と入れれば、お騒がせ。。とくるかと思ったんですが、一本取られました。

大手と結託!?

おまえのと入力する時には謝る準備を。。。

まったくそのとおりでございます

さすがのといえば、あのマンガを思い出す世代ですが、一番最後のは一体!? さすがグーグル各世代に漏れなく対応ということで。

いかん、これ、面白すぎる。。。
芸能人名とか慣用句とかに強いグーグル、さすがです。(ATOKみたいに辞書機能ついてくれたらもっといいんだけど)

芸能人ネタ、さすが大御所

さんまといえばやっぱり

さんまといえばやっぱり

しっかり関西弁にも対応してるらしい →6番目
足んねん

ゆかい と入れれば観光名所

まだまだたくさん。。。はまらないように注意します(苦笑)

まったくもって、ブログの更新が遅れてしまっていて読者の皆様には大変申し訳ない気持ちで一杯である。
前回の日本出張から始まった一連の出来事で、なかなか執筆に集中できる環境が整わないで、すっかりペースが乱れてしまった。また8月26日のビジネスプランコンテストのためのラストスパートにも追われている日々である。(メンタリングというのは正しく行われると本人が気づいていないいろんな視点が見えるようになり、すばらしい成果をもたらすことができると改めて実感した。メンターという存在はこれから日本でも少しずつ重宝されるようになるだろう) 
挙句の果てに、そんなこんなで疲れが溜まったのか、頭痛が始まった。昔から疲れてきた時にはよくでる症状だったが、風が髪に触れるだけでも激痛が走る。調べてみると、どうやら「後頭神経痛」というらしい。ヘルペスが併発しているというのもネットで書いてある通りで、口内炎が広がっており、こちらも激痛をもたらす。疲労が出るといつもこんな感じ、そろそろ年のことを考える世代か。。。 しかし、何とかペースを取り戻したい、そのためにはやはり「書く」こと!

さて、そんな中で一つちょっとしたベンチマークを達成したという報告。
ブログや公式サイトというのは個人のブランディングにとっても非常に重要なことで、クリエイターやフリーランスなど、いわゆるピンで仕事をする人物にはビジネスに直結するツールである。意力ブログを始めて20ヶ月くらいが経つが、昔から一つ目標にしていたことを達成することができたようだ。それはグーグルでのキーワード検索である。

立入勝義、なんてのは恐らく日本に一人しかいないからそれでトップになるのは当然として、できれば「立入」だけでトップに立ちたいと常々狙っていた。立入というのは苗字では珍しいが、一般的な言葉でもあるため(特ににっくき「立入禁止」系が)なかなかこのキーワードでトップに立てなかったのだが、いつのまにか検索ロジックにうまく乗ったらしく一番になっていたのを発見した。一位というのは特別なオマケがつく、そう、かの有名な”I’m feeling lucky”ボタンを押すだけで、意力ブログに直行するのである、これはスゴイ(笑) これから、他人にブログを紹介する際には「立入とググってもらえばすぐ出ますよ」と言える!

ある意味壮大な自己満足だが、この「狙って達成する」というのが大事なことだと思っているので、記念にスクリーンショットを貼っておく。(またすぐに順位が入れ替わるかも知れないので、その時は瞬間最大風速ということで)実はこれ、個人的にはここで書くよりもう少し意義のあることだったりする。 

グーグル検索結果

グーグル検索結果

Googleは使っているマシンによって結果が影響されることがあるので、SEOツールのDW230でも念のためチェックしてみた。やはり結果は同じ

SEOツールDW230の検索結果

SEOツールDW230の検索結果

ちなみに、これに関連してか「立入」と入れると表示される検索候補に「立入勝義」が加わった。これは恐らく、一般的な苗字をもつ人だとかなりの有名人でないと達成できないことではないか。(ちなみに落語家の桂きん枝は本名を立入勉三さんといい、うちの母の遠縁にあたるらしい)

Googleの検索窓に意力ブロガーの名前が!

Googleの検索窓に意力ブロガーの名前が!

と、いうわけで頭痛を抱えてのスタートだが、今週も頑張っていきますのでどうぞよろしくお願いします。

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