28 8月 2010
WISH2010の会場を去った後、しばらく都内で用事を済ませてから神奈川県の関内に移動した。
知人が経営する洒落たお店でひょんなことから横浜市会議員の飯田助尚氏(民主党)と歓談する機会をもつことになった。
なかなか政治家と話す機会というのはないので、これを機にとばかり、普段から問題している日本の教育問題について話し始める内、いつの間にかヒートアップしてかなり濃いディスカッションへと発展したのだが、非常に有意義な時間だった。
日本の国際競争力がどんどん低迷していく中、「個」を強化する教育をどのように日本の未来を支える若者に施していくかということは大きな課題である。筆者の議論や批判について、丁寧に対応してくれた飯田氏のような若手の政治家が日本にどんどん育って、未来の日本への建設的な施策が実行されていくことを切に願っている。
10 6月 2010
ツイッター上でZEN ENGLISHのオンライン英語教授をはじめようと思います。気軽にみんなで英語についてのやり取りや質問などをできるようにしたいとおもいます。
ハッシュタグは #ZENENGLISH です。まずは私なりの英語学習方法や英語に対する考えについてつぶやいていきますので、よろしくお願いします!
参考リンク:ハッシュタグの使い方について Twitter Fan Wiki
18 5月 2010
筆者は東京出張中に、図らずしもタクシーを利用してしまうことが多い。これは人百倍方向音痴だからであることに起因している場合が多く、周りの目からするとどう見ても「電車の方が速いのに」と思われることは多々あると思う。しかし、実際不慣れな東京での移動はまだまだ難しく、へたをするととんでもないことになることがあるので、ついついタクシーを利用してしまう。もちろんそれが原因で結果として電車よりも遅くなることも多く、正直どちらが「急がば回れ」なのかさっぱりわからない(笑)しかも、筆者は正真正銘の日本人で実は以前単身赴任で東京に一年住んでいたことがあるのだから笑うに笑えない。。。もちろん外国人にとっても状況は同じだろう、と思う。(私よりも土地勘のある外国人の方はたくさんいるだろうけども)
さて、こうして出張中にちょくちょくお世話になるタクシー車中での運転手さんとの会話というのも実は出張の醍醐味の一つである。筆者の父は旧国鉄を退職してからは主に大阪と奈良でタクシーの運転手をしてきているので、場合によってはその話が共感につながることも多い。
しかし今回の体験は人生初の非常にユニークなものだった。その初体験とは。。。 続きはコチラ
15 4月 2010
実は昨年密かに衆議院選挙への立候補を考えていたくらいだから、私は政治にも強い関心を抱いている。というか、危機感が年々募っていってどうしようもない。なので、当然今年の夏に行われる参議院選挙にも注目している。しばらく執筆に没頭していたのだが、日本ではもちろん徐々に盛り上がっている頃だろう(と願っている)。
今の日本の停滞した世情を変革するキーワードはずばり「世代交代」と「国際化」ではなかろうか。要は開国というわけだ。
そんな感じで選挙について調べていたら、興味深い党を発見した。(今更かよ、と言われそうだが)それが「みんなの党」である。もちろん直接の面識は無いが、みなさん若くてオンラインマーケティングを積極的に使っているようであるので頼もしい。ブログやツイッターを見てもなかなかしっかりとした文章で気概を感じる。分野こそ違えど同じ「開国」を訴えているという点で好感がもてる。
政策もいい。
「脱官僚」「地域主権」「生活重視」で
国民の手に政治を奪還する!Ⅰ. 増税の前にやるべきことがある!
・・・ストップ!「役人天国」「議員天国」Ⅱ. 生活重視の当たり前の政治を実現する!
・・・経済成長戦略を展開し、「生活崩壊」をくい止めるⅢ. 「地域主権型道州制」導入で格差を是正する!
・・・「3ゲン」を移譲し、消費税は地方の財源にするⅣ. 「志高い外交」で国際的に名誉ある地位を!
・・・国民や国土はとことん守るⅤ. 財源はしっかり手当てする!
・・・埋蔵金は3年間で少なくとも30兆円
(その昔外交官を志望していた私的にはIVに激しく同意 笑)
しかし何より印象的なのはこの党に所属する各議員のキャリアである。かつては一匹狼だったような議員が続々と終結しているような趣だが、学歴を見ると国際経験が豊富な方が多いようだ。また年齢が若いのもいい。私と一歳しか変わらない議員さんもいるようだ。すばらしい。
個人的に注目しているのは実は柿沢未途さんだ。名前で分かる通り、あの柿沢浩治元外務大臣の息子さんである。実は筆者が小学校の頃から夜更かししながら夢中になって見ていた「朝まで生テレビ」でこの柿沢(父)氏が大好きだった。(有名な「おっぱい」発言なんてのもあった 笑) 一度トラブルを起こして政界から離れたようだが、その後に禅寺で修行をしてまた政界に復帰したとある。禅と英語をテーマにZEN ENGLISHというブログとSNSをやっている身からすると非常に興味をそそる内容である。彼もまだ同じ30代、将来性が感じられる。しかもこの内の二人(浅尾議員と川田議員)はあのダボス会議でYoung Global Leaderとして表彰されている。
同じ年代の方々が国際社会で頑張っているのを見て、こちらも俄然やる気がでてきた。ダボス会議に行くことを目標の一つに付け加えてみた次第である。
ところで、もしも私が政治に関わる、あるいは影響力をもてるような立場に立つことができれば、英語教育の分野で改革を起こしたいと常々思ってきた。
具体的には。。。 続きを読む
2 3月 2010
最近ネット上でよく見かける「~すぎる」ナントカという表現がある。冬季オリンピックに関するネタでもたくさん使われた。
例えば「可愛」すぎる選手、とか「美人」すぎるフィギュアスケーター、とか。可愛すぎる海女さん、なんてのも違うところでは見かけた。
ちなみにこの文法は「切れすぎる」ナイフ、とかとは意味が違うし、名詞+過ぎるという表現は一般的な日本語にはなかった表現だ。
コトバは時代と共に移ろうものであるから、筆者は勿論それらを使うかどうかは本人の自由でいいと思っているし自分でも使うこともある。
が、英語学習者においては注意頂きたい点がある。それはこれらの日本語のロジックが英語を話す際に影響することが頻繁にあるからだ。
よく言われるように、筆者もまた習得する外国語のレベルは母国語のそれを超えないという理論を信じる者であり、逆に英語のように日本語とかなり異なる言語を習得することで母国語にも(おかしな日本語になるとかそういうことではなく)いい意味で影響が出るということを体験している。これは英語の上級者になれば誰しもが経験していることだと思う。例えば、ポイントがない話が苦手になる。自身の主張が明確になるし、相手が聞いたことにきっちり答えてくれないと何だかすっきりしない、みたいなことだ。(だからといって、日本人独特の「あ・うん」の呼吸みたいなことが出来ないのかと言えばそうではないのだが)
で、この氷原の何が問題かというと、「~過ぎる」という表現に慣れてしまうと、それに該当する英語の表現として使われがちな” too ~ to ・・・” (・・・するには~すぎる)というフレーズを使う時に、後半をすっとばして話してしまう癖がつく可能性があるということだ。
例えば、美人で評判のある女優について話をする際に “She is too beautiful!” みたいに言ってしまう可能性がある。場合にもよると思うが、これだと聞き手がキョトンとして、続くコトバがないと思わず ” to WHAT?” と聞き返されてしまう可能性がある。筆者の体験では少し違う用法だが、まだアメリカに来たばかりの時に、友人と別れ際に “Take care!” と言おうと思って、 “Be careful!” と言ってしまったことがあり、その際にその友人はびっくりして、”of WHAT??”と言われてしまった。(それくらい周囲には危険が潜んでいるようには見えなかったということで、彼女は私だけは何かに気づいていると思ったのかも知れない)
同じように、このままいくと例えば 「~ しなさ過ぎる」 とか 「~ なさ過ぎる」という表現をそのまま英語にしてしまう可能性がある。無いものは無いのだから、無さ過ぎるというのは英語では理解不能になってしまう。また、英語では言わなくても分かることは省いてもいい場合があるので、これを英語にする時に例えば “Too small!” と言うと場合によっては通用することもあるかも知れない。(例えば誰かが書いた字があまりに小さくて見えない場合など to see もしくは to be seen が省略) が、”Too NOTHING!”とか間違っても言ってしまわないように(笑) これだと二重に間違っていて、意味が通じないどころか相手は混乱するだろう。英語学習者の方はぜひともご注意頂きたい。日本語を崩して話すのは問題ないが、正しい形が何かを理解できてなかったり、正しい形を話せないようになっていると思わぬところで弊害がでる、というお話。
17 2月 2010
これもある日の禅寺での話。
発音に頭を悩ませている一人の学僧がいた。
ある日のこと最近学んだいくつかの語彙を試そうとして、練習相手となる英語を母国語とする和尚を探していた。
そこに年配のジャック和尚が通りかかった。
ところが会話を続ける中で、ジャック和尚が何度も自分の言うことを聞き返す。あまりに聞き返されるので、その度に学僧は自信がなくなり少しずつ発音を変えながら試してみた。そうするとますます先方が聞き返すようになった気がしたので、すっかり自信を喪失した学僧は会話を途中で打ち切り、とぼとぼと違う相手を探して歩き去ってしまった。
そこをスティーブ和尚が通りかかった。挨拶をするまではよかったが、スティーブ和尚が話しかけるとジャック和尚はまた何度も聞き返すのである。二度ほどそんなやり取りが続くなかで、その様をじっと観察していたスティーブ和尚はあることに気がついて、こう言った。
「和尚、補聴器が外れていますよ」
そして、耳元にあった外れていた補聴器をあるべき場所に戻してやった。会話は元に戻った。
ところで学僧は今度はインドからやってきたシン和尚と話すことにしたのだが、今度はシン和尚はずいぶん苦い顔をしっぱなしである。学僧はまたしても自分の英語に自信を無くしてしまい、とぼとぼと寄宿舎の方に帰っていった。
そこをまたスティーブ和尚が通りかかった。しばらく話した後であまりにもシン和尚が苦々しい顔をしているので、どうしたのかと尋ねた。どうやら朝から虫歯がうずいて痛くてしょうがないらしい。スティーブ和尚はもっていた痛み止めによく効く生薬を手渡して去っていった。
忘れ物に気がついて寄宿舎の方から戻ってきていた学僧はたまたまその光景を眺めて、自身に足りないものが発音ではなかったことに気づいた。
12 2月 2010
世界のどこかの片田舎、とあるところに「コトバ」を学ぶための禅寺があった。
そこには世界中からいろんな言語を勉強する上で、学習に行き詰った者たちが『学僧』として修行をしていた。
ある日、周りの英語学僧たちに対して自慢のボキャブラリーを披露していた若い学僧がいた。この者は自前でつくった分厚い単語帳をいつも持ち歩き、研究論文で使われる学術的な単語や医学用語などに滅法強かった。そこをスティーブ和尚が通りかかった。
次の日、スティーブ和尚はこの学僧を誘って、別の場所に赴いた。最初に行ったのは子供達がいる寺子屋だった。
そこには世界中から集まった英語を流暢に話す子供たちが大勢いたのだが、学僧には彼らの言っていることがほとんど理解できなかった。
次にスティーブ和尚は、また違うところにこの学僧を連れていった。そこには今度は世界中から集まった英語を母国語とする人たちが学術的な内容でディスカッションをしていたのだが、アクセントが強い者が多く、また会話のスピードがあまりにも速かったので学僧は会話にほとんどついていくことができなかった。学僧はすっかり意気消沈してしまった。
その夕、自分の部屋に戻るやいなやその学僧は数十年かけてつくってきた自慢の単語帳をズタズタに破いてゴミ箱に捨ててしまった。
8 2月 2010
出張準備をしながらも、ついつい立ち上げたばかりのideaspringの管理作業などをしてしまう。。。
今回驚かされたのが Ning の言語ローカライズのシステムのすごさである。便利だし、かなりフレキシブルで、これは本当に驚きだ。
Facebook でもユーザーが翻訳するエンジンを取り入れていたし、グーグル翻訳なんかでも最近は自分の訳文を提案したりする機能もある。
しかし、Ning のすごいところは、自分のネットワークのローカライズを詳細に渡って管理者が変更できるところだ。しかも、ネットワーク内で使用される日本語表示を変更しても、Ning そのものがもつ翻訳メモリーには反映されていないようでこれがまた驚異的である。(というか逆に反映させて欲しくないのは言うまでもない、誰もがいじればめちゃくちゃになってしまうので) つまりオープンソースと同じような発想で、自身のネットワークがそれぞれ開発のブランチをもっていけるようなものだ。なので、例えばトップのタブの部分だけを英語にして他は日本語にしたりとか、その逆とか、あるいは一部の分かりにくいものだけを日英両方で設定したりもできる。自分で管理されてる方は既にご存知だったんだろうと思うが、この便利さは筆舌に尽くしがたい。筆者の場合はメニューなどを見ていて、いくらバイリンガルでも漢字が読めない人にはフレンドリーなGUIじゃないよな、と思いながら一部を手直ししようと思ったところがきっかけだったが、想像以上に便利だったので驚いた。翻訳管理ツール自体はよく見慣れたXMLベースの画面なので、中で出てくる構文タグなんかも懐かしく映った。(オンラインゲームの翻訳ではこいつに相当手こずらされた訳だが、昔の敵は今の友である)
下記がその画面
対応言語も多いし、自分で追加することもできる。また他のネットワークで使われた翻訳ファイルをそのままインポートすることも可能だ。アメリカでできたSNSだとは思えないくらいの多言語への配慮ぶりだ(失礼) ちなみに、もっとすごいことに、このローカライズは原語である「英語」にも対応している。つまり、特定の単語や言い回しを自分の好きな風に変えることができるのである。これはまたすごいことだ。かなりフレンドリーなSNSやツンデレ系、あるいはアニメ口調のSNSなんかが出来てしまう、日本でも局地的に盛り上がりそうだ。(関西弁のとかあったら面白いかも)
言語は間違いなく日本のSNSに外国人が参加する際の障壁になっているが、これまでは日本語か英語か、みたいなオプションしかなかった。日本人だけでやっていたら必要ないのかも知れないが、国際化の波はとっくにきているのだから、こういう部分にお金を使ってみてもいいのではないだろうか。どれだけ言語で不自由するかを知るには、中途半端に分かる英語や中国語のSNSを見たりするのではなくして韓国語とかアラビア語とかが目覚まし代わりによかったりして(笑)
7 2月 2010
昨年の紅白にスーザン・ボイルが出て歌った曲がこの “I dreamed a dream”であるので、もはや聞いたことが無い人はいないくらいだろう。イギリスの「スター誕生」的番組で一躍渦中の人となった女性がこのスーザンボイルである。実は筆者の妻(愛称はたえちゃん)も彼女の歌声に魅了されて、CDも購入し、車の中で聞くようになった。
もともとスーザン・ボイルのことを紹介したのは筆者だったが、実はあまり歌詞をちゃんと考えて聴いたことがなかったので、運転中にそれとなく耳を澄まして聴いていると、タイトルがひっかかるようになった。「夢 破れて」とはどういう意味か、と。 歌の背景をよく知らなかった筆者は正直(恥ずかしい話だが)最初は誤訳の可能性もあると思って、一度歌詞を読んで自分なりに研究してみようと思っていたのだが、今朝ひょんなことからそれをする時間が少しあったので調べてみたらネットでも歌詞の意味を気にしている人がかなり多いよう。(ちなみに紅白で歌われたのは歌詞が少し違うバージョンではないかという意見もあるがそこまで詳しく調べていない)
そこでまず英語の歌詞を実際に読んでみた。(下記はネットからとったものなので、ひょっとしたら間違っているかも知れないが)
There was a time when men were kind
When their voices were soft
And their words inviting.
There was a time when love was blind
And the world was a song
And the song was exciting.
There was a time …then it all went wrong…I dreamed a dream in time gone by
When hopes were high and life worth living,
I dreamed that love would never die
I dreamed that God would be forgiving.Then I was young and unafraid,
When dreams were made and used and wasted.
There was no ransom to be paid,
No song unsung, no wine untasted.But the tigers come at night,
With their voices soft as thunder,
As they tear your hope apart
As they turn your dreams to shameHe slept a summer by my side.
He filled my days with endless wonder,
He took my childhood in his stride,
But he was gone when autumn came.And still I dream he’ll come to me
And we will live the years together!
But there are dreams that cannot be
And there are storms we cannot weather.I had a dream my life would be
So different from this hell I’m living
So different now from what it seemed
Now life has killed the dream
I dreamed.
? なんだか、様子が変である。本当に「夢」は破れているようにしか聞こえないし、しかも、内容は思っていたよりもなんだかむごたらしそうだ。
特に
But the tigers come at night,
With their voices soft as thunder,
のあたりが妙にひっかかる。何故 Tiger(S) と複数形なのか、そしてその後には shame という単語。これはもしかして。。。と思って今度は歌の背景を調べてみることに。そこでこの歌がもともとはレ・ミゼラブルの楽曲の一つであることを知った。(昔芝居を見たことがあるはずなのに。。。)
劇中でこの歌を歌っているのはファンティーヌという女性で、第一幕で歌われているようだ。
ちなみに筆者は自他共に認める国語人間である。将来の目標の一つにノーベル文学賞の受賞というのがあるくらい、文学だろうと詩だろうと俳句だろうと漢文だろうと、言葉というものにはこだわりがあるし、言葉に対する美的感覚というものには非常に敏感なものをもっている(と、少なくとも自分では思っている)。
そして、その観点から言うと、これはまさに言語を問わないことだと思うが、このレベルまで有名な詩になってくると一行一行の中に無駄というものが一切なく、全てに意味がある。まさに推敲に推敲を重ねられているはずである。時を超えて人々に愛され続けてきて名を残す作品というのはそういうものだ。
なのでこの詩が含む単語一つ一つ、一行一行の意味とそれぞれとの関連性、韻の踏み方などには全て意味がある。それが文学という芸術である。
筆者はここで虎を意味する Tigers が複数形になっている時点で、この詩は娼婦によって謳われたものではないかと気づいたのだが、恐らく英語に親しみのある人物なら同じようにパッと気づく方は多いのではないか。これは英語学習の際に文法を超えたところで生きた英語を学ぶために必要ないわゆる、「気づき」をもった者であれば察することができる『伏線』的な語感の話になるのだが、これは筆者が提唱するZEN (禅)ENGLISHのコンセプトを伝えるのに分かりやすい教材だと思ったのでブログで取り扱うことにした。
その背景として理解頂きたいのが英語と日本語がかなり違う言語であるということである。違う言語なんだから当然だと、いう声が聞こえてこないのだが、その「違い」の意味を正しく体得していないと英語上級者への道は開かれないと思う。
ではその心は… 続きを読む
16 1月 2010
日付をバックデートしてブログが書けるのがワードプレスのいいところだったりして、後になったらちゃんと時系列でエントリーを入れてるように見えるし(笑)(このブログ実際のエントリーは1月22日)
というわけで、TEDXTOKYOの新年会に参加してきました。東京に二泊の出張で着いた翌日に日帰りでソウル出張、その帰りに羽田から会場である恵比寿のMLSカフェに、というハードなスケジュールだったけれどもそれでもぜひとも参加したかったTEDXTOKYOの新年会(会の画像はこちらでも確認できる)。
TEDは非営利団体によって運営されており、スピーチや会合を通して優秀なアイデアを世界に広め、啓蒙し人々をつなげる活動を行っている。運営しているThe Sapling Foundationの創設者は最近FREEという本で有名になったクリス・アンダーソン。
名前のTEDはそれぞれTechnology、Entertainment、Designを意味し、それぞれの分野から第一人者が壇上に立ち18分とかの制限された時間内でプレゼンテーションを行う。過去の動画はYouTubeやTEDのサイトで視聴することができる。TEDのBrain TrustにはGoogleの両創業者やアマゾンCEOのジェフ・ベゾスなども名を連ねており、過去のスピーカーにはそれこそスティーブジョブズやアル・ゴア、ボノ(U2)など超有名人も含まれているが、基本的には世界に誇るプレゼンテーションを行うことのできる、それぞれの業界の超一流の専門家ばかりである。
↓TEDをご存じない方々のために
TED公式サイト
TED ウィキ
TEDXTOKYOは2009年から日本で本格的に指導したTEDとは独立した(!?)関連団体で今年は5月15日に行われる予定で、今回は光栄にも主催者側からお招きを頂き、現地にて設立者のPatrick NewellとTodd Porterのご両名に会って自己紹介と共にスピーチの内容についてお話させて頂きアドバイスを得た。(参加者が多いので、筆者のような若輩者がその栄誉あるスピーカーの地位を得られるかどうか分からないが、自分なりのアイデアがあるのでそれをまずはぶつけてみようと思っている)
(現地でお会いした方の中に日本アイビーエムの勝屋氏という方がいらして、現地で撮って頂いた写真をブログで拝見したのでこちらにも貼らせて頂きました)
とにかくこのイベントは洗練されている。参加者はほとんど皆バイリンガルで日本を変えようという意気込みをもった志の高い人ばかり。会場にはTEDの過去のビデオが大型円形スクリーンで上映されており、迫力満点。勝屋氏が言われているように熱気ムンムンという感じだった。
参加者で私が知っていたのは先ごろLAのメディアイベントでプレゼンをされた会田哲也さんくらいで、幸いにも会田さんを早いタイミングで見つけて設立者を紹介してもらったという流れだった。参加者は招待制でかなり厳選されていたらしいが、それでも225名集まったとか。新年会というので筆者の頭の中にはまったく違う図が浮かんでいたので行ってみてびっくりした。
Posting tweet...