25 2月 2011
著書の購読を通じて、ブログに起こし頂いたAkikoさんから大変すばらしいコメントを頂いたので、下記に全文をママ転載いたします。(見やすくするための改行はこちらで行いました)
ソーシャルメディアの革命は、まずはみんなの心のなかに起こるものなのかも知れません。
読む前に、この内容に関してご本人を傷つけるような発言や行動を直接しないと約束してください。(弱い者いじめは大嫌いです)
名前を晒してこういう発言をすることがどれだけ難しく勇気を必要とすることなのかを考えて、感じてみてください。
代わりに、コメントは私が受け付けます。
(以下コメント全文)
こんにちは、立入様、大前晶子です。twitterではいつもお世話になっております。
立入様の幼少の頃の生い立ちについて激白されておられましたので、私もすこしばかり・・・。私は香川の引田町という小さな田舎町に生まれました。母親は私が2歳のときに蒸発し、以来顔を見たこともありません。父親は指定暴力団員でした。祖母はそのようなことにかかわらせたくないという思いから私たち姉妹を養女としてひきうけました。祖父は韓国人です。一生を祖母とそいとげましたが、祖母は生涯、祖父を自分の戸籍にはいれませんでした。好きだったにもかかわらず、いつも‘韓国人は、韓国人は’と文句をいっておりました。奇妙な関係です。祖父の名は金斗石と申し、55歳を超えた時やっと日本名、鳥飼正治とかかれた健康保険証をうけとりました。あまり喜びをあらわにしない人でしたが、その時ばかりは本当にうれしそうでした。
祖母の二人の息子は破産したり生活保護をもらったりで、昨年祖母が亡くなった時も何もすることができず、私と妹そしていとこの三人で葬儀をとりおこないました。
私は子供の頃、祖父が韓国人であること父が暴力団員であることはだれにも言うなと言われていました。また大人になり付き合った人にうちあけたときもどうしようもない反応ばかりでした。しかしこれもおかしな話ですが、私は祖父が韓国人であることを誇りに思っていましたし、暴力団であるのに父を誇りたかったのです。祖父の血の影響か、私は愛国心の少ないものでした。いつも海外に目が向いていました。ですが私には海外に行くという選択をしませんでした。経済面もそうですが祖母をどうしても幸せにしてあげたかったのです。祖母の唯一の願いは家族皆が仲良く一緒に暮らせること、ただそれだけでしたので私は最終的に6 年前に田舎に帰り、最後まで祖母といっしょにいました。中学の時から何度も生死の淵をさまよっては復活するという人でしたので私たち姉妹は唯一の頼みの綱をなくすおそれにずっととらわれ続けてきました。そこで私はこういう恐れにとらわれないようにとクリスチャンの道を選びました。以上がかるい生い立ちです。
ところでレスが少なかったとありましたが、私はそうは思いません。立入様の真摯な言葉には同じく真摯にレスをするために少しの時間を要しているということだと思いますのでこれからではないでしょうか。
さて、最初の英語教育に付いてですが、私は数年、この田舎で塾の講師や家庭教師をやっており、気付いたことを述べさせていただきます。私が教えている皆は言葉は悪いですが非常に学力の低い子供たちばかりです。皆必死で目の前にある課題や宿題を処理しようとしていますが自発的に興味をもって解決する意識が皆無です。しかもその親たちも同じく質より量を要求します。2時間の授業で5教科をまんべんなくしてくれ、宿題をもっともっとだしてくれ、という具合です。家庭教師を雇うので少しは裕福かと思えばそうでもありません。子供が塾の皆とうまくいかないからというのです。家事手伝いをしている様子もありません。家は非常に汚いのです。トイレは恐ろしく汚いです。基本的な教育がどうも今の日本ではなにやら昔と違うような気がします。
また、英語教育というより、海外に興味を持っている子供がいません。私たちの世代の方がましだったように思います。これはやはり、身近にいる外国人が少ないことと、彼らが広い意味で地域の中で活躍できないことが原因だと思います。せっかく海外の方が近くにいても、日本人がその方達の行動を制限しているのです。
こんな田舎ですが多くの中国人、韓国人が労働者としてここに来て安い賃金で働いています。私の前に働いていた会社では派遣された中国人の女の子が他の会社の中国人の男の子と外で話をしていたというだけで、市営住宅の風紀が乱れるとのクレームを受け故郷に返されました。泣きながら車に乗った姿が目に焼き付いています。また、団体行動を強いているため、横断歩道の渡り方まで厳しく指導する始末です。私の中は大きなクエスチョンマークと怒りがいっぱいでした。彼らから何かを学ぼうという姿勢がなかった上、自分たちのやり方ばかりを押しつけます。しかしこれは何も外国人に対してのみおこっていることではありません。多様化を認めない日本人の姿勢はもともと日本人自身に対しての姿勢であり、それが今は外国人に対して顕著に顕れているにすぎないと私は思っています。日本人論的なクリシェな意見で私の意見にはならないでしょうが、やはり現状は相も変わらず昔のまま維持されています。
また教科書にも問題があるのも確かです。事実の羅列に過ぎない歴史教科書ですが非常に危険な面をはらんでいます。第二次世界大戦については軽くふれられるだけにとどまり、私たちが行ったことをあまりにも軽く書きすぎています。南京大虐殺の言葉は出てきますが子供たちが覚えるのは名前だけにとどまります。反日プロパガンダについていえば、彼らが訴えているのは歴史の事実です。彼らの目が見た歴史上の事実です。私達がそれをきちんと教育することが、いったい今の日本にどのような害を与えると言うのでしょうか。何を隠そうと言うのでしょう。それを隠せば日本が良くなるとでも本気で考えているのでしょうか。‘こういう見方もある、ああいう見方もある’と言うことを教えることが一体誰を脅かすと言うのでしょうか?
国の為に戦死した兵士たちの威厳を守るため、国の尊厳を守るため、戦後すぐには、あまり公にしてはならない出来事ではあったかもしれません。終戦になったからといって、はいそうですかと考え方まで変えることは到底できなかったと思います。そのため当時にこのような事実がふせられたことは仕方がなかったことかもしれません。問題はそこからはじまっていますが、しかし、本当の問題は、それが今でも正しと思っている人間が日本にいるということです。もしくは、どちらでもいいと思っている人がいると言うことです。また、良くないと思っていても自分の問題と捉えていない人がほぼ全員だと言うことです。
>あなたの周りで、日本語を話す中国系や韓国系の方々をこれまで何人くらい見ましたか?
最初は話すことはできませんが彼らは必死に勉強しています。そして必ず話せるようになって故郷に帰ってゆきます。
>では、あなたの周りで中国語や韓国語を駆使してネイティブと対等にコミュニケーションをとっている日本人をこれまで何人くらい見ましたか?
いません。ちなみに私の祖父は7歳の時に日本に来て以来日本語のみで生活していました。私が子供の時祖父が国際電話で韓国語を話しているのを聞いて私はすごいと思い尋ねました。‘なんでしゃべれるん?すごい、韓国語しっとん?’‘わからんけど、韓国に行って何日かしたらしゃべれるようになった’・・・おそらく子供の時に聞いた両親の韓国語の影響もあったのでしょう。しかし祖父はそれをまったく自慢しようとせず、逆に隠しておきたいようにも見えました。私は祖父から韓国語を習いたい気持ちをぐっとおさえました。
>では、あなたの周りで、英語を駆使して世界と対等に渡り合うコミュニケーションをとっている日本人の名前を何人挙げられますか?
皆はげしくへたくそですが毎日英語が聞こえる会社にいます。パート勤務ですが、これはまだましです。
「顔が見えない日本人」、「出る杭は打たれるという文化をもつ日本人」
大事なのは、日本人はいったいこれを改めるつもりがあるのか?ということです。
立入様のおっしゃるとおり、まず意識改革が必要です。
今のtwitterで明らかなことは、それでも多くの人たちがしっかりと自分の意見を持っている、ということです。皆明らかに主張しています。しかし問題は、‘リンク’されていないことだと私は考えています。自分の中では問題意識を持っていても先に書いたように、教科書については間違っているというリンクづけができない。私自身の意見として、SHAREを実現するために本当に必要なことは、様々な事柄を360度の角度からリンクさせることだと考えています。そして自分に結びつけることだと思います。ですので立入様が述べる、もし、自分の家族が危うくなったらと言う質問は、人々にリンクの概念を喚起させるもっとも良い質問だと思います。エジプトの民主運動は、このフェイスブックをとおしたリンクに本当の意味でのリンクがつながった大革命でした。
立入様が心に求めることは皆意外と心に持っています。だそれを具現化する立入様のリーダーとしての役目が非常に重要であることについて、私は応援したいと思っているのです。フェイスブックを通して人が人を判ることができればそれこそどんなにすばらしいですか?これはフェイスブックなしではなりたたないのです。今のところ日本人は皆顔を出しては話しません。でも毎日本当に意味あることをつぶやいている人もいますよね。これが私たちの大きな希望で財産で無尽蔵にあるSHAREの源です。すごいですよね。外に出る日は必ず来ます。今は不毛な地のように見えるその場所もひとたび命が吹き込まれればそこは大胆に恵まれた土地になります。
ここで一つ私の方からお願いがあります。はっきりと申し上げますが、もし何かしてほしいと思うことがあれば、私には遠慮なくおっしゃってください。何の知識もないのは残念ながら確かですのでお役にたてることは少ないと思いますが、私にはイエスがついています。私は、SHAREの実現を強く望みます。小さな人間でも役に立つことはあるでしょう。ぜひどうぞ。
23 2月 2011
ソーシャルメディア革命のきっかけともなった、日本でソーシャルメディアが立ち上がらない10(+2)の理由というエントリーに対して、下記のようなコメントを頂いた。
最近は執筆に追われることが多くなり、まともに意見を述べるエントリーも少なくなっていたこともあるので、少し踏み込んで回答をさせて頂くことにした。
たまには感情的なエントリーもいいのかも知れない。
まずコメントの内容は下記。投稿主は佐々木裕一さんとある。
だいぶ前のエントリーに対するコメントで恐縮ですが、7にある次の部分があまりに異様だったもので、若干コメントします。
<本来は英語教育を(一時的に)捨ててでも言語としての親和性の高い韓国語や中国語を学ぶことで、もう少し国際感覚を身につければ隣国のニュースなどに興味をもつようなケースもでてくると思うし文化交流も深まるはずだが、人権の問題とも影響して日本人は隣国のアジア人に対する持ち前の人種差別意識を乗り越えようとはしていない。>
。。。<隣国のアジア人に対する持ち前の人種差別意識>?。。。文脈からして、<隣国>とは、中国と韓国のことを指すと思われますが、中国が、歴史をねつ造し反日教育をしていること、韓国も同様であること、それをご存じなんでしょうか?また、文化交流どころか、今、日本が、中国にあらゆる面で侵略されつつあることをご存じなんでしょうか?また、<人種差別意識>という表現も異様です。まず、日本人が、かれらを差別しているとしたら、それは、人種差別ではなく、<民族差別>というべきでしょうし、憎しみを植えつけられて<差別>しているのは、中国、韓国のほうです。また、<南京大虐殺>等をはじめとして、反日プロパガンダを彼らは行っています。欧米におけるそれは凄まじいものです。日本は、今、中国、韓国、そしてロシアによって、浸食されつつあります。日本は、軍事力を行使できない憲法をもっており、アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです。
以上について、どのようにお考えでしょうか?
まず、ご指摘の通り、「隣国」というのは極東諸国である中国、韓国、台湾のことを指し、北朝鮮や(国とするかどうかはさておき)香港も含まれる。(ちなみに、文脈からしなくても隣国のアジア人といったら、これくらいしかないと思うのだが、それは揚げ足取りになるからおいておく)
まず一問一答
Q. 中国が、歴史をねつ造し反日教育をしていること、韓国も同様であること、それをご存じなんでしょうか?
A. 「捏造」の定義にもよりますが、言わんとされる文脈を汲みとると、知ってます、が私の答えです。しかもそれなりに詳しく知ってます。(高校生の頃から世界史オタクと言われるくらい細かく勉強して、山川の教科書が書き込みだらけで耳なし芳一みたいになってたのは私の同級生ならみんな知ってると思います)
Q. また、文化交流どころか、今、日本が、中国にあらゆる面で侵略されつつあることをご存じなんでしょうか?
A. 「侵略」の定義にもよりますが、知ってます、が私の回答です。ただ「あらゆる面で」とは思いません。
ちなみに、2000年からPCハードウェア関連のバイヤーとして、中国や台湾の方たちとの取引を多くしまして、多い時には1年に7回中国出張してました。中国語もその時学びました。主に工場を視察してまして、マイクロソフトやロジテックといった大手メーカーのマウスやキーボードを製造している工場を視察したり取引をしたこともあります。
中国の進出を許していない業界というのも数は少ないですが存在します。そして、世界一の人口を誇る中国に侵入されているのは日本だけじゃなく、世界各地で起きている現象ですのをご存知だと思います。
Q. また、<人種差別意識>という表現も異様です。まず、日本人が、かれらを差別しているとしたら、それは、人種差別ではなく、<民族差別>というべきでしょうし、憎しみを植えつけられて<差別>しているのは、中国、韓国のほうです。
A. これは質問じゃないと思うのですが、人種差別ではなく民族差別だ、というのであれば、それは言葉のあやという問題なので、どちらでもいいと思います。
ちなみに人種差別撤廃条約では下記のように定義されているようです。
人種差別の定義を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」と定めている。(ウィキペディア)
表現が異様というのはご自身がお考えになる点であり、私は異様だとは思いません。
そして、次の
憎しみを植えつけられて<差別>しているのは、中国、韓国のほうです。
という点についてですが、それはそうかも知れないし、そうじゃないかも知れません。そういう人がいるかも知れませんし、そうじゃない人も多くいると思います。これは日本でも同じことです。
ただ、問題は
それと、私の発言と何の関係があるのか
ということです。相手がこちらを差別しているから、こちらも差別するんですか?それとも、だからこそ「協調と対話」の道を模索するために、歩み寄りを図るんでしょうか。差別を続けたからといって、ご指摘の「中国の侵略」が止まるんでしょうか、それとも日本はそのまま乗っ取られるんでしょうか?
Q. また、<南京大虐殺>等をはじめとして、反日プロパガンダを彼らは行っています。欧米におけるそれは凄まじいものです。日本は、今、中国、韓国、そしてロシアによって、浸食されつつあります。日本は、軍事力を行使できない憲法をもっており、アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです。
A. 反日プロパガンダが存在するのはもちろん知っています。欧米におけるそれが凄まじいものかどうかは知りませんが、少なくとも私が19歳の時に渡米して以来、アメリカの地でそれらしきものに出くわしたのは、「Rape of Nanking」が出版された時くらいです。(私の勉強不足かも知れませんが、一応英語でメディアチェックしてます)
>日本は、今、中国、韓国、そしてロシアによって、浸食されつつあります。
アメリカやイギリスの影響はないんでしょうか?「侵食」の定義がよく分かりません、イデオロギー的な話をされているのであれば、明治維新以降、とっくに日本人は日本人の魂を失ってしまっているという指摘をしている識者の方はたくさんいると思いますし、それは中・韓・露以前の問題だと思います。
Q. 日本は、軍事力を行使できない憲法をもっており、アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです。
A. 懇切丁寧にご説明頂き、有り難いのですが、一応私も憲法第9条については理解していますし、日本の国民はみなそれについて学校で学んでいるはずです。
ただ、
>アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです
これは、かなり主観的な意見だと思います。言わんとされることは理解できますが、軍事力と経済力の話、そして、文化の話を一緒くたにするのは詭弁というものです。もちろん影響があるのは分かりますが、そんなことは誰でも分かることなので、もう少し理路整然とした説明をしないと反論にならないと思います。
そもそも、私は今回のコメントの趣旨が理解できませんでした。私が指摘した内容は、「相互理解のために隣国の言葉を学ぶのも重要」だということと、「英語は難しいから、韓国語や中国語を先に学んでバイリンガルとしての感覚を養うのが重要」だという点でした。むしろ、指摘された内容を通じて、私は持節の正当性を強めるにいたりました。
孫子は言いました、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず(第三篇 謀攻)」、と。
佐々木さんが指摘される内容は、これの裏返しに過ぎません。
ここで、みなさんに問うてみたいのです。
意力からの質問
あなたの周りで、日本語を話す中国系や韓国系の方々をこれまで何人くらい見ましたか?
次に
では、あなたの周りで中国語や韓国語を駆使してネイティブと対等にコミュニケーションをとっている日本人をこれまで何人くらい見ましたか?
そして最後に
では、あなたの周りで、英語を駆使して世界と対等に渡り合うコミュニケーションをとっている日本人の名前を何人挙げられますか?
私が本やブログの中で訴えている「開国論」の趣旨は上記を考えてもらえれば一目瞭然です。結果はみなさんが毎日新聞で目にしている通りです。
原因があるから結果があるのです。
そして、私は日本のために、これを書いています。右翼とか左翼とかいうつもりはありませんが、海外在住の日本人は逆に愛国心を強めることがよく知られています。私は祖国である日本を愛していますし、日本人は世界でも最も優秀な民族の一つだという自負をもっています。しかし、それを単に主張するだけというのはただのエゴというものです。世界はそんなの相手にしません。
「顔が見えない日本人」、「出る杭は打たれるという文化をもつ日本人」 いずれも的を射た批判だと感じています。
大事なのは、日本人はいったいこれを改めるつもりがあるのか?ということです。
世界でこれだけ有名な経営者がでてくる中で、日本の経営者の何人が知られているんでしょうか?総理大臣の名前を何人のアメリカ人が覚えているでしょう?私が思うに、一般的なアメリカ人は日本の首相の名前なんて一人も言えないと思います。「世界二位の経済大国」というキャッチコピーを何十年も謳歌してきた日本は、世界的なブランドをいくつも育ててきた割には、「個人」を売りこめなかった。チームプレイに徹してきた日本は球団としての地位を高めたけれども、スター選手や監督の名前はそれほど育てることができなかった。もちろんそれが悪いなんて言ってません。私が一貫して主張してきてるのは「開国論」であり、それは単に外国勢の進出を許すだけじゃなく、対等に世界とわたり合っていく方策を練ることです。政府自体がまともな外交をできていない状況で、それを国策に頼るのは大きな間違いです。(だいたい毎年首相が変わる国でまともな外交政策なんて練れるわけないでしょう)
国民一人ひとりの意識変革がそれをもたらします。だから、今フェイスブックがもたらした「実名制の壁」論争が非常に重要だと思い、それに対する意識を喚起しているのです。(私自身は自分の見てくれがいいと思ってるから顔出ししてるわけでもなく、まったく正反対です。本当は人前で話すのすら抵抗が大きいのですが、それを自身に対するチャレンジだと捉えています)
もう一つ言っておくと、日本は「世界平和」に対してもっと真摯に取り組むべきです。自分たちの生活が豊かで平和だからといって、そうじゃない他人に対する意識をもたないでいると、いつか大きなしっぺ返しを喰らいます。戦後の焼け野原で生活した私たちの親戚や、水呑百姓として暮らしてきた我々の先祖を思い出す時、感謝の念が湧いてきます。ペイ・フォワードという言葉がありますが、今を生きる私たちはそれを未来の子孫に託すという重要なミッションがあります。
やれ、政治が不安定だ、不況だということで、それをおろそかにしていると大きなツケを払うことになります。「ゆとり教育」という大失敗のために、何百万人という子弟に影響がでましたし、ひいては国際競争力の低下につなげてしまいました。しかし、それを国のせいにして終わるのはお粗末というものです。何故なら教育の根本は家庭にあるからです。私たちは子供たちに「世界平和」についての教育を施せているでしょうか?コンゴでは600万人というような規模での虐殺が続いています。それを「対岸の火事」だからといって放置していると、逆の立場に陥るかも知れません。(受験国語で頻出した、「権利の上に眠る者」という丸山眞男氏の言葉が今でも耳について離れません)
今インターネットがもたらしているソーシャルメディアの革命の意義は、ちっぽけなものではなく、新しいグローバル規模での「基本的人権の尊重」についての意識です。世界は間違いなく、そちらの方向に向かっています。
私は幸せを維持するために、重要な要素がいくつかあると思っています。一つは、それに感謝すること。そして、もう一つはそれをシェアすること。
シェアすることの発展形は、「自分の幸せを削る」ことだと思っています。どういうことかというと、幸せじゃない人のことを考えて、祈ったり、手助けをしてあげたりすることです。私は過去2年間ほど、ビジネスでとんでもない苦労をしてきまして、周囲の方の多大なサポートにより、立ち直ろうという段階にあります。
「他人の情けが身に染みる」という言葉がありますが、この意味を本当に理解することができるようになったのは、つい最近のことです。経済的なことですらそうなのですから、生命の危険に脅かされている人たちが抱えている悩みや困難というのは想像を絶するものがあります。コンゴでは、システム的なレイプが繰り返され、見せしめのために親が子供をレイプさせらりたり、女の子たちは穴の中に閉じ込められ、性的な苦役を日常的に強いられるわけです。男性はみな鉱山で採掘の強制労働をさせられます。「強制労働」と「慰安婦」、どこかで聞いた話じゃないですか?
今日本が、本当に意味で彼らと「つながり」をもつことができれば、それは本当に感謝されると思いますし、きっと、それはまた日本に返ってきます。
私は日本の歴史についても学びました。そして、隣国との様々な問題があるのも理解しています。捏造という問題もありますし、一方的にどちらかの肩をもつというのも難しいことがあるのはよく分かっています。しかし、数百時間を費やした世界史の勉強の中で私が学んだことはたった一つです。
それは
「人類は同じ過ちを繰り返してはいけない」
ということです。その為以外に歴史を学ぶというのは歴史や先人、犠牲者達を冒涜する行為だと考えています。
選挙権について軽んじる若者がいたら、私はいつも古代ギリシアの話をします。なぜアテネでは男性にしか参政権が無かったのか、それは女性を蔑視していたからではなく、男性だけが従軍したからです。つまり投票権は命がけで得るものだったのです。一票はまさに人の生命の重さだったのです。
平和な世界を望まないものがいるとしたら、私は徹底的に戦おうと思います。「必要悪」という概念を主張する人がいますが、それにも合意できません。
クラスのみんなが楽しい人生を過ごせるように、誰か一人がいじめられっ子の役割を果たさないといけない、
そういうことですよ?
私は7歳の頃両親が離婚したことがきっかけで、母の郷里であった大阪市の生野区というとんでもなくバイオレントな地域の、しかもその中でも最もガラが悪いので評判の中学校に通いました。東野圭吾さんが「あの頃ぼくらはアホでした」で語っている中学校の隣のその学校は、(少なくとも私の世代近辺では)彼の学校よりも悪いくらいでした。彼が本の中で語った内容は、全て私にとっての現実です。
例えば、体育のサッカーの授業で負けると、運動神経の悪い太った男の子たち、優等生たちが教室の後ろに並べられて、謝罪させられ、ぶん殴られます。
先輩がでてきて、後輩の中でも番長クラスの連中を呼び出しては、机や椅子を投げてボコボコにして、忠誠を誓わせます。
そんな環境で育つと、子供たちは強くなると同時に「平和」や「秩序」を求めるようになるのです。私たちの中学校では「弱肉強食」がルールでした。弱さイコール存在感の無さであり、発言権の無さです。「必要悪」を主張するなら、一度そういう環境に身を置いてみてください。あるいは自分の子供がその中で「いじめられっ子の役割」を演じるとしたら、どう思いますか?
もっというと、この生野区という町は在日韓国人が日本一多い町です。実に区の人口の25%以上が在日の方たちです。だから、「隣国」というのは私に取っては現実以外の何者でもありません。さらにいうと、上記で同級生をボコボコにしていた大半は在日の同級生でした。そんな体験をした私が「隣国」の文化を理解しようと言ってるのは、まともに文化を理解していない知識人がいうのと訳が違うと思ってください。それでも私は大学時代に韓国語を勉強したことで、理解を文化し、彼らの中の良い部分、言動の原因のような部分についても理解を深めることができました。(もちろん暴力はよくないことです) 私は彼らについての「違い」を理解できているつもりですが、「差別」するつもりは毛頭ありません。差別をしたらされるんです。(同じく地元の大先輩の梁石日先生の作品でも読んでください) Playing for Changeが世界を音楽でつなぐという時、そこには人種や民族の間の線引きなんてないんです。あったら、それは騙しです。
では、中国はどうでしょうか?
そんな中学校に通っていた立入少年は中学三年生の時に隣の旭区の区役所で行われた「731部隊展」に行って、人生が変わる程の衝撃を受けました。
実はその前年、やはり同じ場所で行われた「アウシュヴィッツ展」に行って、人生が変わる体験をした彼は、「悪魔の飽食(森村誠一)」などの話をしっていながらも、半ば責任感として731部隊展にいきました。自分の先祖たちがどういうことをしたのかを知っておこうと思ったからです。(ちなみに彼の父方の祖父は太平洋戦争に従軍しており、母方の祖父は醤油を本当に飲んで兵役を忌避していました。彼は父方の祖父とは面識がないですが、母方の祖父は大好きでした)
捏造については、浪人時代に通っていた河合塾の(「世界史講義の実況中継」で知られる)青木裕司先生についても授業で聞きました。(彼は私の知る限り日本一の歴史の先生だ)例えば日本兵らしき兵隊が刀をもっている写真で、握り方がおかしいとか、生首の写真が、実は同じ中国の馬賊によって殺された人たちのものだった、とか云々。
しかし、そんなことのずっと前に私は731部隊展で、実際に731部隊展、あるいはその周辺で活動していた元兵隊さん(もちろん日本人)の涙ながらの証言に心を打たれたのを生涯忘れられないのです。
例えばこういうものです。
「ある日、部隊がとある村を通りがかったら、民家から女性がでてきて、泣いて頼みごとをしてくる。それはどういうことかといえば、頼むから旦那の死体を下ろさせてくれ、というものだった。部屋の中に入ったら、旦那の首吊り死体が居間の真ん中にかかっており、とんでもなく腐乱していた。そして、そこには張り紙があり、「無断で下ろしたら一族郎党皆殺しにする」というものだった。」
こんな話を涙ながらにした、この元兵隊さんは何度も繰り返しました。「私だって、こんな話をしたくないんです。できたら黙ってそのまま棺桶まで持っていきたいんです。だけど、歴史を繰り返さないために恥をしのんで、こうやって話して回ってるんです」、と。
彼は罪滅ぼしのために日本中をそうやって講演して回っていたのです。
人類は歴史を通じて、数多くの戦争を繰り返してきました。私に取って、その瞬間から、戦争というのはただの言葉じゃなくなりました。犠牲者の一人ひとりの背後には家族や愛する者がいたわけです。また、戦争という極限の状態の中では、どうしようもないことだって起こりえます。
私は最近四人の娘たちが大きくなるにつれて、自問自答することがあります。
「もしも家族を守るために、誰かを殺さなければいけないとしたら、どうするか?」
もちろん、極限の状態の話です。
そして、答えは残念ながら、きっと命がけでも守ろうとするだろう、ということです。
後は、ひたすらそういう状況が眼の前で起こらないように、祈って、あらゆる手段を使って回避するしかありません。
そういうことを考えながら、コンゴやアフリカ、中東について思いを馳せると、重みが全然変わってきます。彼らに取っては眼の前にある現実がそうなのですから。
フラット化した世界、世界はつながっている、本当にそうなんでしょうか?インフラや貨幣が流通するのではなく、人間としての根本的な部分、つまり「気持ち」が通じなければそんなもの意味ありません。
だから私たちは本気で「世界平和」や「人権」といった概念について取り組まなければなりません。それは宗教的な理念でも、偏った理念でもないのです。
それは人類としての責任だからです。もちろん環境についても同じことです。環境問題はその字のごとく、本気で解決しようと思えば国境を超えた合意が成されなければならない分野だからです。自分だけがよいという考えでは先に進みません。
こういうビッグワードには対応できないが、「コミュニケーション」や「フレンド」、「リレーションシップ」なら対応できるというのなら、それでいいでしょう、「いいね!」や「ツイート」でしかそれを理解できないなら、そこから始めましょう。(でも他の国々では子どもですら人権について学んでいることを忘れないでください。何でもカタカナにしたらいいってもんじゃありません)
日本人が国際競争力を失った、ということを話す人は多いです。しかし、「日本人は世界平和に対して意識をもっていない」と日本人に語りかけてくれる人はそういません。海外の人はそれほど日本に対する理解ができていないし、分かっている人は言ってもあまり意味がないと思っているかも知れません。
愛とか平和とかを語るのは宗教だけだと思っているとしたら、それこそ大きな偏見です。(日本人の宗教嫌いについては、またチャンスがあれば触れたいと思いますが、世界第一の経済大国であるアメリカの建国背景と理念が純粋に宗教的なものであることを忘れないでください)
ネットで、匿名をいい事にいろんなことを言う人がいます。もちろん言論の自由は保障された人権ですので、それはいいことです。
しかし、肝心の部分から目を背けて知ったかぶりをする癖をつけてはいけません。日本が世界から取り残されつつあるのは、日本が世界のことを気にかけていないからです。これまで内需があるのをいいことに、自分たちのことばかり考えてきたからです。(もちろん、全員ではありません)
一方、近隣諸国は日本のことを羨ましく思いつつも、自分たちの生き残りの道を世界戦略に託しました。台湾や韓国が成功したのは徹底的に努力したからです。どれだけの台湾人や韓国人が日本語を流暢に話すでしょうか、ものすごい数です。アフリカ人に中国に対するイメージを聞いてみてください。驚くほどポジティブなコメントをする人が多いのです。彼らは「中国がアフリカを侵略している」と取っているでしょうか?それとも、何世紀にも渡ってさんざん略奪され続けてきたアフリカ大陸の救世主だと捉えているでしょうか。JICAやODAを通じて、献身的な努力をしてきた日本との違いは何だったのでしょうか?(私はエチオピアにいた時にJICAの方々の献身的な苦労や天然痘の撲滅に協力したPEACE CORPSのボランティアの話を聞いて、感動しました)
日本はアジアにとって、ヒーローでした。あんなちっぽけな島国なのに戦争をしては中国やロシア、アメリカという世界の大国に勝負を挑み、時には勝利を収めました。そして、世界で唯一原爆を、しかも二度も落とされ、焼け野原のボコボコの状況に成りながら、世界第二位の経済大国に上り詰めるという飛んでもないウルトラCをやってのけたのです。これは本当にすごいことであり、私たちの世代の多くはこれに一切貢献していません。
疎開や闇市といった、昔の話を母がよくしてくれました。戦後ロシアから還ってきた人々は、ほぼ例外なく、口を閉ざしたままです。想像を絶する経験をしてきたからです。もしかしたらアメリカのベトナム・シンドロームなんて比べ物にならない体験をしてきたのでしょう。
フェイスブックだ、ツイッターだ、と騒げる日本はどれだけ平和な国なのでしょう。もう一度よく考えてみてください。
日本は、世界一かも知れない、そのネットインフラにのっかったソーシャルメディアを通じて、これから何を世界に発信していきたいんでしょうか?
世界でも賞賛される民族性をもった日本人、平和憲法をもった日本人だからこそ起こせる「革命」があるのだと私は信じています。
しかし、それは外的な方向に向かうのではなく、各自の内面に向けられていくべきだと思います。その変革が日本の未来を支える日本人の心に起こらない限り、きっと数十年後の国際社会で日本の立場はないことでしょう。しかし、それでも私は日本を愛し、誇りに思うことでしょう。
だけど、そうじゃない日本の未来を信じて、私はメッセージの発信を続けます。それが「インフルエンサー」だと思っています。
私のブログの読者のみなさんに敬意を表して、そしてこの発言の場を与えてくださったことに感謝しつつ。
立入勝義 拝
19 2月 2011
久しぶりにZEN ENGLISHのエントリー
と、いっても非常に短いものである。
今週LAを訪れていた某社長さんとの会話を楽しんでいた中でのこと、「コミュニケーションの基本は共通項を探すこと」だということで一致した。
彼とのつきあいはもう7年以上になるのだが、英語がまったくできない状態から果敢に海外進出を目指し、ようやく最近形になりつつある。それも誰が聞いても知っているようなビッグブランドやライセンス、そしてNYでも最上級とされるミュージアムを含めた顧客との口座が開設されつつある状態である。彼の英語も、もちろん上達してきている。多くの場合筆者が通訳にあたるのだが、やはりそれでは満足できないらしい。コミュニケーション好きの彼は、自分の力で少しでも「ダイレクト」なやり取りを楽しみ、相手に自分を印象づけたいという。話しながら相手をじっくり分析していると、服装や過去の経験、色んなことでこの「共通項」は見つかるものだ。
日本人にとって英語という外国語でのコミュニケーションは難しいものである。しかし、基本が分かっていれば、気持ちをつなげるのはそう難しいことではない。巷では英語公用語化の影響も受けて、とかく英語のスキル的な部分についてのディスカッションが増えているようだ。しかし、根本的な部分はこの「共通項探し」であり、人とのコミュニケーションを楽しめるかどうかにかかっている。つまりこれは日本語で話していてもまったく同じことなのだ。母国語である日本語を話している時には、この部分は自然に実行できているか、あるいはそれほど意識していなくて、結果的には自分のコミュニケーションのレベルを制限してしまっているかのどちらかになっているかも知れない。
私が17年前に初めてアメリカの地を踏み、周りが「外国人」だらけになった時、ほとんど私の英語は通じなかった。しかし、一緒に時間を過ごす中で、何とか共通項を探そうとして、意外に学校で学んできた世界史の知識が役立つことが分かった。世界史では地理や文化史などについても深く学んだので、時には先方がびっくりするような内容も話せたことがあった。こういうことから自分の印象が相手の中に形成されていくし、ある意味、眼の前の異国人に対して自分が日本人の代表となっているような気持ちでコミュニケーションしていたことも多かった。
英語の学習でつまづいている人は、一度普段自分がとっている日本語でのコミュニケーションの内容を見つめ直してみることだ。
コミュニケーション上手な人のそれと比較したり、助言を聞いてみることで英語力も向上するに違いない。文化や歴史、育ちの背景といったところで共通項が俄然少なくなる外国人とのコミュニケーションでは、ハンデが急激に大きくなるのだから日本語でできていないことを英語でやるというのには無理がある。そして、この英語という言語こそが世界の人間をつなぐ共通項になってきているということを忘れないでいて頂きたい。英語ができるから国際人になるのではなく、国際人としてのマインドをもって生活していく中で英語力が向上していくのだ。
27 1月 2011
昨夜のニューヨークは記録的な豪雪。こんなの見たことないというくらい雪が降っててあちこちで大変な騒ぎに。雪に慣れているニューヨーカーですらてんてこ舞いするような雪でびっくりした。1月は記録的な降雪量だったようだ。無理もない。
おかげさまで、著書『ソーシャルメディア革命 「ソーシャル」の波が「マス」を呑み込む日』の売れ行きは好調なようだ。アマゾンでもついに総合で605位、ビジネス・経済>ITでは何と3位にランクインした。自分でもびっくりなのだが、やはりソーシャルの波は着実に日本に押し寄せてきているのだろう。
(それを裏付けるように、出張先のホテルに届けられた新聞には映画「ソーシャルネットワーク」がアカデミー8部門にノミネートされたことも伝えていた)
さて、同書の中で独占インタビューを掲載したPlaying for Change (PFC)のプロデューサー マーク・ジョンソン氏は今月開催されているダボス会議(世界経済フォーラム)にスピーカーとして参加している。速報として誰かがYouTubeにアップした現地でのインタビュー動画を紹介したい。
スピーチはMusic for Social Change というセッションに関連するもののようだ。
25 1月 2011
先日のエントリーでチュニジアで起こったジャスミン革命についてお伝えしたが、今度はどうやら同じアフリカ大陸上のエジプトで革命が進行しているらしい。
フェイスブックが発端になったとのことだが、アラビア語なのでよくわからない。動画がどんどん更新されているコチラがそうなのだろうか?
革命の詳細は下記のエントリーに詳しい
ネットで呼びかけネットが伝える『1.25 エジプト革命運動』 デモのライブ中継も (ガジェット通信)
25日、エジプトで大規模な反政府デモが起きた。エジプトの首都カイロなどでインターネットでの呼びかけに応じた数千名の人々が反政府デモを起こすために集結し、治安部隊との衝突も一部起きた。強権的なムバラク政権を批判するデモとされる。インターネットを通じてデモの様子を伝える生々しい画像や映像、ライブ中継などが届けられている。
装甲車に素手で立ち向かう男性の動画(YouTube)
デモに集まった人々(YouTube)
『USTREAM』では長時間にわたって、カイロ市内の複数箇所でライブ中継がおこなわれた。カイロ中心部タハリール広場からの中継では多くの人々が集まり声をあげる様子が長時間にわたり生中継され、夜になっても続いている。これらのデモはインターネットの会員制サービス『Facebook』を通じて呼びかけられ、呼応した人々が参加したもの。『Facebook』をはじめ、『Twitter』(ハッシュタグは #Egypt もしくは #Jan25 )や『YouTube』でも多数投稿や動画の共有がおこなわれている。トップの画像は『Facebook』よりタハリール広場に集まったデモ参加者の様子。
YouTubeでEgypt Revolutionなどと検索するとすごい数の動画が投稿されているようだ。下記はその一つ 武装警官が群れをなして暴徒鎮圧に出動している風景。
英語ではコチラ→ Egypt’s Revolution by Internet “THE DAILY BEAT”)
Will Egypt Be The Next Facebook Powered Revolution? (ALL FACEBOOK)
これらを読むとチュニジアの革命が人々に勇気をもたらして、エジプトに波及していったことがよく分かる。ソーシャルメディアのコンテンツは「つながり」であることをまさに証明する事実。まさに「ソーシャルの波」効果である。
圧政に耐えかねた民衆の怒りが体制に対して爆発する様がフェイスブックやツイッター、YouTubeなどのソーシャルメディア上で爆発する。
繰り返すが、これらの運動が本当に「正しい」のか、どうかはわからないし私には判断する術がない。(歴史が決めることだろう)
しかし、私たちはとんでもない時代の生き証人になっていることは事実である。
そして、いつの日か、この波が豊かすぎる資源のために略奪の限りを尽くされることになっているあのコンゴにも届けばと願ってやまない。
コンゴでの革命に必要なのは、お金でも食料でもない。まずは世界中の人々の注意を惹くことだ。
Raise our awarenss, everyone has a piece of Congo…
<関連記事>
エジプト全土でムバラク大統領退陣など求める大規模デモ 治安部隊との衝突で3人死亡
エジプト デモ拡大3人死亡 政権揺さぶる(毎日新聞)
24 1月 2011
スラッシュドットでこんなエントリーを見つけた。
長野県の近藤茂氏の計算した 5 兆桁の円周率が、「最も正確な円周率」としてギネス世界記録に認定された (The Mainichi Daily News の記事、YOMIURI ONLINE の記事より) 。
この記録は、QEMU や FFMPEG の開発者として知られる Fabrice Bellard 氏が 2009 年末に達成した従来の世界記録、約 2.7 兆桁を大きく上回るものだ。近藤氏は昨年 8 月、90 日かけて計算を完了し、ギネス世界記録に申請していた。記録は 1 月 13 日付で認定されたが、「返信の封筒が薄かったので、申請は却下されたのではないかと心配した」とのこと。認定証は計算に使用したプログラムを作成した米国の大学院生 Alexander Yee 氏との連名になっている。
次の目標は 10 兆桁の円周率を計算することで、大きなトラブルがなければ 7 月にも達成できるだろうということだ。
数学のことはよく分からないし、何をもっていったい誰が「最も正確な」円周率なるものを認めるのか、そしてそれをギネスが何を根拠に認定しているのかはよく分からない。。。だが、
おめでとうございます!近藤さん、あなたはスゴイ!
意力は世界で認められる日本人を応援します。
フェイスブックやツイッターだけじゃない、ソーシャルメディアの今と未来について知りたい方はこちらをどうぞ。
あなたの周りの「プロ」は実は本当のソーシャルメディアを知らない、かも…
18 1月 2011
1月21日に出版される『ソーシャルメディア革命 「ソーシャル」の波が「マス」を呑み込む日』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の刊行記念キャンペーンが現在進行中です。
無料で電子版をダウンロードできるチャンスなので、意力ブログの読者のみなさまもふるってご参加くださいませ。期間は1月20日の午前10時より72時間です。ちなみにiPhone版で700ページ超えます。。。
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7 11月 2010
前回に引き続き、今度は2回にわけてインタビューの内容をお届けする。
グラミー受賞者のマーク・ジョンソンはTEDGlobal2009のスピーカーでもある。友人では神田ロムさんがTEDxTOKYO2010に出ているが、考えたらTEDスピーカーをインタビューするのは初めてだった。世界を変えるビジョンを唱えるTEDの輪が世界中に広がっているのも感じる。
(インタビュー M:マーク・ジョンソン W:筆者)
W: 自己紹介をお願いします。
M: はい。マーク・ジョンソンです。Playing for Change(P4C)というプロジェクトのプロデューサーです。
W: P4Cを始めた時期といきさつをお聞かせ願えますか?
M: P4Cのきっかけとなる出来事が起こったのは、今から10年以上前の1998年のことです。当時私はニューヨークのマンハッタンで音楽の録音をしていました。その時地下鉄の駅で白塗りの二人の僧侶(モンク)がパフォーマンスをしているのを目撃したんです。周りを見渡したら、みんな彼らに釘付けになっていて誰も電車に乗ろうとしなかったんです。普段ならお互いにぶつかりそうなくらいの勢いで往来する彼らなんですが、音楽が彼らを一つにしたんです。
それから電車に乗って仕事に向かいました。その時に気づいたんです。これまでに出会った最高の音楽はスタジオの中じゃなくて、スタジオに向かう途中のものだったということに。それから私はスタジオを人々に届けるために、世界中を旅しました。音楽の力で人々を一つにするために。こうしてP4Cは生まれ、スタンド・バイ・ミー(Stand By Me) やワン・ラブ (One Love) といった名曲が創りだされました。
<名前の由来>
W: スタンド・バイ・ミーの音楽ビデオクリップはものすごい数の視聴があるということで知られています(最高で4600万ビュー)
ところでP4Cという名前の由来は何だったんですか?
M: タイトルはストリートミュージシャンたちの音楽を録音している時に思いつきました。というのも、彼らは「小銭(change)」のために演奏しているわけでもあり、世界を変える(change)ために演奏しているわけでもあるからです。それがつまり私たちがしていることだということです。こうしてP4Cという名前が定着するようになりました
<偉大なるフォロワー>
W: 一つのムーブメント(運動)が巻き起こるためには、最初のフォロワーが必要になります。P4Cにおける最初のフォロワーたちというのはどういう方々でしたか?
M: はい。最初に我々の運動を支援してくれたのは、私たちのパートナーでもあるノーマン・リアー(Norman Lear)氏でした。彼は88歳で、米国史上最も偉大な人物の一人です。彼が私たちの「スタンド・バイ・ミー」のビデオをあるアメリカでも最も有名なジャーナリストのもとにもっていってくれたんです。彼の名前はビル・モイヤーズ(Bill Moyers)といいます。彼はPBSで自分の冠番組である「ビル・モイヤーズ・ジャーナル “Bill Moyers’ Journal”」をホストしていましたが、この番組はアメリカで長年に渡って、最も賞賛されたテレビプログラムの一つです。
ビル・モイヤーズは「スタンド・バイ・ミー」のビデオを見て、私を彼の番組に招待しました。そこで私は音楽の力で人々を感動させ、世界をより良い場所にするということについて語りました。オバマ大統領が当選する前のことです。彼はアメリカに住む全ての人々がこのビデオを見て、誰に投票しようとも世界の未来を今創っているという事実に感動してもらいたいと訴えました。
ショーの放映が終わった後で、彼とリアーは我々のビデオを彼らのウェブサイトに掲載しました。その時まさに私たちの人生が一変したのです。そのビデオを見た人々はウェブサイトからそれをコピーして、家族や友達にYouTubeやその他のソーシャルメディアサイト経由でバイラルに伝え始めました。
あっという間にビデオの視聴回数は数百から数千に、そして数百万回にまで数週間で到達しました。それが「世界を変えるために演奏する(P4C)」という運動となり、音楽の力を通じて(世界中の)ミュージシャンたちを一つにする運動となったのです。
W: 素晴らしいですね。それが起こったのはいつ頃のことですか?
M: ちょうど今から約2年前くらい、ちょうど2008年11月のことでした。その頃から、私たちP4Cのような草の根組織をソーシャルメディアが後押ししてくれるという現実を目の当たりにするようになったのです。
W: では、ちょうど10年の間草の根運動を続けられてきたということになりますね。
M: はい。世界中のミュージシャンのもとを回って、音楽をプロデュースするということを続けました。録音して録画して、ということの繰り返しです。有名なミュージシャンの方たちも参加してくれるようになりました。
<ソーシャルメディアのパワー>
W: ソーシャルメディアの力についての印象はどうでしたか?
M: 実に素晴らしいですね。実際私たちはそれに対応する準備がほとんどできていなかったと言っても過言ではありません。あれほど多くの人たちが私たちのビデオを見てくれるなんてのは予想外でしたし、何かを売り込もうにもモノがありませんでした。しかし、それが一つの新しい社会運動の始まりになったことは間違いありません。なにせそれまでは1日に10通くらいしか来ていなかったメールが毎日何千通も届くようになったんですから、そういう状態は何ヶ月も続きましたね。
立ち上げていたウェブサイトにも多くのアクセスが集まるようになりました。先月は190カ国を超える国からのアクセスがありました。ひとえにソーシャルメディアの力のおかげですね。ここまでの私たちの成功はソーシャルメディアに拠るところが本当に大きかったと思います。
W: しかし、それは予期せぬ結果だったということですよね?
M: はい。まった予期していなかったことです。しかし、まさに最高のタイミングでした。
W: ソーシャルマーケティングの大家であるブライアン・ソリスの言葉を借りると、バイラルマーケティングを狙ってしかけるなんてことは不可能なのだということになっています。つまり、P4Cのコンテンツがそれだけのポテンシャルを秘めていたから必然を招いたということです。
M: そうですね。ソーシャルメディアにおける私たちの運動の意義というものについてお話しますと、音楽レーベルやプロダクションなどの大企業に成功か失敗かのカギを握らせるのではなくて、直接人々に決めさせればいい、ということです。私たちはそれが一番正しいことだと実感しています。
W: 190カ国というのは本当にすごいですね!私が考えるに、P4Cの成功の影には二つの重要な要素があると思います。一つは世界をつなぐインターネットの力、そしてもう一つは音楽が言語を超える力をもっているということです。
M: まさにその通りです。その二つが私たちを成功へと導いた最大の要素だと思います。インターネットの力により、これまでアクセスするのが不可能だった物事や組織に対して人々はアクセスすることができるようになりました。
そして、音楽は全ての言語を超越するだけでなく、文化や宗教、政治に経済といった様々な「違い」を超えさせてくれます。それが一人の人間の心からもう一人の人間の心につながる最高の方法です。ネットを通じて流布したものはデジタルであり、バイラルに広がりましたが、結局は「人間」同士がつながったということです。ビデオを見た一人一人が抱いた感情的な反応というものが連鎖した、そういうことだと思います。ソーシャルメディアには、人間性というものが欠かせません。
<超有名ビデオが誕生した背景>
W: ところで、「スタンド・バイ・ミー」を最初の曲に選んだ理由というのは?
M: その理由というのは、ある日サンタモニカのサードストリート・プロムナードを歩いていた時にロジャー・リドリーの歌声を聞いたことによります。何という素晴らしい演奏かと思いましたし、それを世界にもっていけたらと考えるだけでワクワクしましたね。彼の声にはソウルが満ち溢れているのを感じました。
だから、音楽を通じて世界をつなぐというこのプロジェクトの最初の曲は彼の演奏をおいてないと思いました。
W: まさに、最高の選曲だったわけですね。
M: そうですね、最高の曲、最高の歌手、そして最適なエネルギーがそこにあったと言えるでしょう。
<USツアー>
W: 現在行われているUSツアーについてお聞かせ願えませんか?
M: もちろんです。P4Cの次の展開はビデオの中に出てきた世界中のミュージシャンたちを、一箇所にまとめて一緒に演奏させることでした。
例えば「スタンド・バイ・ミー」にはグランパ(ニューオーリンズ)、クレアレンス(アムステルダム、オランダ)なんかが演奏しています。私たちの夢は、彼らを一つにして、ステージの上でP4Cを具現化させた姿を人々に見せることでした。彼らが「音楽を通じて世界を一つにする」というビジョンを体感できるように。このようにしてP4Cバンドが誕生しました。
現在行われている全米ツアーは第二回目です。
今回は前にもまして、強力なチーム編成になりました。バンドメンバーの目的は世界をつなげること、まさに人々に感銘を与えるためにつくられたバンドです。そういうバンドが演奏する音楽はまさにパワフルな影響力をもつアートそのものです。
W: アリゾナ州でのイベントは特に大盛況だったとお伺いしました。
M: ええ。ミュージカル・インストルメント・ミュージアムで行われたんです。1000人以上の聴衆が集まりました。最近ではP4Cは世界中のいろんなところから、様々な支援を受けるようになってきています。何故かというと、それはきっとP4Cが人々を感動でつなげる、「糸」のような存在になることを目指しているからだと理解されつつあるからだと思います。
(次回へ続く)
Stand by Me
3 11月 2010
先日のLAライブを行ったPlaying for Changeのプロデューサーである、マーク・ジョンソン (Mark Johnson)をインタビューした。
詳しい内容はまた後ほどアップするが、詳細はもうすぐ出版される予定であるソーシャルメディアを取り扱う、意力二冊目の著作にても取り上げる予定。

Playing for Change は元々音楽業界にいたマークがニューヨークに仕事で滞在している途中に目撃した、地下鉄内のライブに感銘を受けた始まったプロジェクト。
スタンド・バイ・ミーなどの名曲を世界中の人が演奏した画像をつなげていき、音楽が国境や文化を超えて人々を一つにするというさまを伝えている何ともクールな企画だ。この撮影と録音のために、マークは忙しく世界中を跳び回っており、ウェブサイトには世界の100カ国以上の国々からアクセスがあるという。(それを裏付けるように、グーグルのページランクも7という高い数値を示している。オンラインマーケティングに詳しい方ならお分かり頂けるかと思うが、会員を集めるようなウェブサービスや巨大ポータルを除いて、7という数値を獲得するのは並大抵のことではない。ちなみに当意力ブログは3、世界的に有名なスピーチフォーラムのTEDが8である)
チェンジには変化という意味の他に、「小銭」の意味もあり、地下鉄内にいたパフォーマーがまさに小銭のためにプレイ(演奏)していることをもじって名付けられたのだそうだ。それから、具体的にはサンタモニカのプロムナードで始まった、この運動はアメリカでも超有名な熱烈な最初のフォロワーを数人つけたことで、どんどんその勢いを加速していき、YouTubeに掲載中のビデオは数千万回を超えるビューとなり、社会運動になりつつある。「音楽で世界の人々の心を一つにする」という変革のビジョンを熱っぽく語ってくれたマークは、まさに音楽界のソーシャルメディア・グールーである。来年以降は日本での活動も活発していくようなので、日本の皆さんもぜひとも期待頂きたい。
インタビューの内容はコチラ
Stand By Me と並ぶ名作 “One Love”
<関連エントリー>
プレイング・フォー・チェンジ (Playing for Change) のプロデューサー マーク ジョンソンを直撃インタビュー2
Playing for Change LA公演
Playing for Change US Tour starting this weekend!
15 10月 2010
今週ラスベガスのマンダレイベイホテルで開催されている世界最大のソーシャルメディア・コンファレンスであるBlogWorld。
参加者は4000人超、スピーカーは300人というすごい盛況ぶりである。(前年比で50%だそうだ)
ここに来て感心するのはこのイベントを大手企業が積極的にサポートしているということだ。GOLDスポンサーにはFORDとKODAK、そして会場となったMANDALAY BAY、彼らは噂によると数十万ドル単位の協賛金を出しているとのこと。SILVERスポンサーにはSOUTHWEST航空やペプシ、YouTube、COORS、そしてブロガーが情報を発信する拠点となるNew Media LoungeはSONYによって提供されている。
何人ものトップインフルエンサーと話したが、みんなソーシャルメディアが成熟する条件として社会の認知度と大手企業の理解と協力が必要だと述べている。
FORDのような大企業がマスメディアではなく、ソーシャルメディアをサポートしているという点で、このソーシャルメディアの盛り上がりを看過できる状況ではないと判断しているということが伺える。 ソーシャルメディアはマスメディアの対極にあるため、既存大手勢力(マスメディアや広告代理店)は積極的にこの動きをサポートすることはないだろう。これは電子出版で大手出版社や取次、そして印刷会社が見せた動きと同じことだ。しかし、ブロックバスタービデオやタワーレコードが電子化の波の前にあっけなく倒産したように、時代の流れには誰も逆らえない。業界シェア一位であってもそれは同じことなのだ。この点で、競合がソーシャルメディアの波に乗る前に速くインフルエンサーをつかまえたいと願うのは、ソーシャルメディアを理解していれば当然のことである。思うに、今回この壮大で意義深いイベントが日本で黙殺されようとしている(少なくとも筆者にはそう感じられる)背景には、相変わらず大手依存、広告依存の体質があるのではないか。
しかし、ほっておいてもやってくる時代の流れを止めようとするのは無謀なことであり、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という孫子の兵法を思い出して、日本のインフルエンサー諸氏には正確な分析を期待したい。インフルエンサーとしての指標を表すKloutスコアのトップレベルがこれだけ集まっている場に、日本の広告代理店やシンクタンク、コンサルタントと言われる人が誰も来ていないということは、少なくとも彼らはアメリカのソーシャルメディアの現状を何も理解していないということだ。時代の流れをつくるのはあくまでも一般ユーザーであり、草の根ブロガーである。大事な存在である彼らに、そういう知ったかぶりの人間の言うことに耳を傾けてもらいたくはないという切実な思いで、この孤高のレポートを続けている。(正直、反響のなさにいたく失望している状態である)
以前にも述べたが、日本でのソーシャルメディアの勃興にはいくつもの大きな大きな壁がある。電子出版の波は結局日本を襲ったものの、体制の反対にあって中途半端な形でしか成熟していない。ソーシャルメディアには反対勢力として大手メディアや広告代理店というとんでもないツワモノがいるだけに、電子出版よりもはるかに大きな抵抗力が働く、というか働いている。(もちろんどこかで趨勢が変われば、一気に乗り込んでくるのだと思うが)
下記は今回メディアのインタビューに応じているキーノート・スピーカーのリストである。所属と役職を見るだけで、大手企業がどれだけこのイベントとソーシャルメディアブロガーを中心とするこの新しい情報発信時代に備えようとしているのかがよくわかる。
Rob Barnett — Founder&CEO、My Damn Channel
Rohit Bhargava — SVP Digital Strategy & Marketing, Oglivy 360 Digital Influence
Bonin Bough — Director of Social Media, Pepsi Co.
Susan Bratton — Co-Founder & CEO, Personal Life Media
Brian Clark — CEO, Copyblogger
Adam Carolla — Founder, ACE Broadcasting
Frank Eliason — VP – Social Media, Citibank
Jeffrey Hayzlett — Author of “The Mirror Test”
Hugh Hewitt — The Hug Hewitt Show
Penn Jillette — Penn & Teller, Penn Point Broadcast
Cali Lewis — Host, GeekBeat TV
Jim Louderback — CEO, Revision 3
Dermot McCormack — EVP – Digital Media, MTV Networks
Marc Monseau — Director of Social Media, Johnson & Johnson
Scott Monty — Global Digital & Multimedia Communications Manager, Ford Motor Company
Darren Rowse — CEO, Problogger
Sonia Simone — Senior Editor, Copyblogger
Brian Solis — Principal, FutureWorks
Scott Stratten — President, UnMarketing
Doug Ulman — President & CEO, Livestrong
CitiBankやJ&JにはどうやらSocial Mediaという部門があるみたいだ。PRやマーケティングの部門が進化してきているのを伺える。
パネルセッションのいくつかでも話題にのぼったし、会場にきているパリっとした華やかなキャリアウーマン風の女性を見ても、会社の花形的な存在のPRの部門の担当者がソーシャルメディアを管轄しているのがよくわかる。昨夜は最近新しくできたラスベガスのAriaというホテルの地下にあるHazeというクラブで、盛大なレセプションイベントが開催され、参加者全員が招待されてすごい賑わいを見せた。筆者がこれまで参加してきたITやゲーム業界のコンファレンスでは考えられないよな盛り上がりだったのも、こういう理由で合点がいく。
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