28 8月 2010
WISH2010の会場を去った後、しばらく都内で用事を済ませてから神奈川県の関内に移動した。
知人が経営する洒落たお店でひょんなことから横浜市会議員の飯田助尚氏(民主党)と歓談する機会をもつことになった。
なかなか政治家と話す機会というのはないので、これを機にとばかり、普段から問題している日本の教育問題について話し始める内、いつの間にかヒートアップしてかなり濃いディスカッションへと発展したのだが、非常に有意義な時間だった。
日本の国際競争力がどんどん低迷していく中、「個」を強化する教育をどのように日本の未来を支える若者に施していくかということは大きな課題である。筆者の議論や批判について、丁寧に対応してくれた飯田氏のような若手の政治家が日本にどんどん育って、未来の日本への建設的な施策が実行されていくことを切に願っている。
17 8月 2010
しつこいようですが、もう少し続けます。個人的なブームが止まりません(笑)
ホントにネタでしょ、これ!?わざとやってるとしか思えない
早速しつこいと打ったらこれが。。。
ビジーと言えば、往年のサウンドグループ
でもあれ忙しいのに関係あるのかな。。。しかしビジービーまでカバーするとは
意味不明編 第二弾 これかも
意味不明編 第三弾 ぱそこん
曲名(?)編
壊れかけた、といえばラジオじゃないかと思うのですがところがどっこい
で、どっこいと入力して出てきたのがこれ
ブロガーとしてとっても気になった下記のエントリーは なんでも
ますます謎は深まるばかり。。。 あまり面白いのでBOWみたいにこれだけ集めて電子出版にしちゃおうと画策中。
(次回に続く)
オマケ: 似たようなことブログで書いてたエントリー発見! はんにんは は超ウケ
http://d.hatena.ne.jp/ddcb/20091203/1259845966
16 8月 2010
まったくもって、ブログの更新が遅れてしまっていて読者の皆様には大変申し訳ない気持ちで一杯である。
前回の日本出張から始まった一連の出来事で、なかなか執筆に集中できる環境が整わないで、すっかりペースが乱れてしまった。また8月26日のビジネスプランコンテストのためのラストスパートにも追われている日々である。(メンタリングというのは正しく行われると本人が気づいていないいろんな視点が見えるようになり、すばらしい成果をもたらすことができると改めて実感した。メンターという存在はこれから日本でも少しずつ重宝されるようになるだろう)
挙句の果てに、そんなこんなで疲れが溜まったのか、頭痛が始まった。昔から疲れてきた時にはよくでる症状だったが、風が髪に触れるだけでも激痛が走る。調べてみると、どうやら「後頭神経痛」というらしい。ヘルペスが併発しているというのもネットで書いてある通りで、口内炎が広がっており、こちらも激痛をもたらす。疲労が出るといつもこんな感じ、そろそろ年のことを考える世代か。。。 しかし、何とかペースを取り戻したい、そのためにはやはり「書く」こと!
さて、そんな中で一つちょっとしたベンチマークを達成したという報告。
ブログや公式サイトというのは個人のブランディングにとっても非常に重要なことで、クリエイターやフリーランスなど、いわゆるピンで仕事をする人物にはビジネスに直結するツールである。意力ブログを始めて20ヶ月くらいが経つが、昔から一つ目標にしていたことを達成することができたようだ。それはグーグルでのキーワード検索である。
立入勝義、なんてのは恐らく日本に一人しかいないからそれでトップになるのは当然として、できれば「立入」だけでトップに立ちたいと常々狙っていた。立入というのは苗字では珍しいが、一般的な言葉でもあるため(特ににっくき「立入禁止」系が)なかなかこのキーワードでトップに立てなかったのだが、いつのまにか検索ロジックにうまく乗ったらしく一番になっていたのを発見した。一位というのは特別なオマケがつく、そう、かの有名な”I’m feeling lucky”ボタンを押すだけで、意力ブログに直行するのである、これはスゴイ(笑) これから、他人にブログを紹介する際には「立入とググってもらえばすぐ出ますよ」と言える!
ある意味壮大な自己満足だが、この「狙って達成する」というのが大事なことだと思っているので、記念にスクリーンショットを貼っておく。(またすぐに順位が入れ替わるかも知れないので、その時は瞬間最大風速ということで)実はこれ、個人的にはここで書くよりもう少し意義のあることだったりする。
Googleは使っているマシンによって結果が影響されることがあるので、SEOツールのDW230でも念のためチェックしてみた。やはり結果は同じ
ちなみに、これに関連してか「立入」と入れると表示される検索候補に「立入勝義」が加わった。これは恐らく、一般的な苗字をもつ人だとかなりの有名人でないと達成できないことではないか。(ちなみに落語家の桂きん枝は本名を立入勉三さんといい、うちの母の遠縁にあたるらしい)
と、いうわけで頭痛を抱えてのスタートだが、今週も頑張っていきますのでどうぞよろしくお願いします。
5 8月 2010
(この連載はティーンエージャー向けに書かれています)
久しぶりの「伝言」だが、縞馬君たちは元気でいてくれたのだろうか。日本は特に猛暑だと聞くから、外で遊んだり部活をしたりなんかする時には熱中症にはくれぐれも気をつけて欲しい。僕もつい先週日本から戻ったところだが、本当に暑くてびっくりした。LAに戻るなり環境の違いで風邪をひいてしまったくらいだ。
さて、今日のメッセージは「宝くじ」についてだ。これは言葉を換えると「博打(ばくち)」あるいは「ギャンブル」と言ってもいい。
これにのめり込んではいけない。そのためには、のめり込むことのリスクを十分に知っておく必要がある。実は僕の父親は一生これの虜(とりこ)になってしまって、母親や僕たち兄弟、それ以外の人間にも火の粉が飛んでくるような状況になった。だからこれを言う資格があると思っている。
これには二つのポイントがあって、まずは「やるなら自分のリスクでやる」ということ、つまり間違ってもそれに負けた時に他人に迷惑がいくようなことがあってはならない。他人のお金を奪ってまでそれをするのはとてつもなく無責任なことだ。人間関係の信頼というのはお金では買えないくらい大切なものだからだ。
そして、より大事なのは「博打に依存」する体質をもたないようにすることだ。博打を打つ人は基本的には負けている。誰が何と言おうと、博打というのは運営元、いわゆる「場」が勝つようにできているからだ。「トータルでは勝っている」と主張する人も中にはいるが、それとてかなり怪しい。どの道、使った時間を全てお金に換算すると、それでも勝ってるなんていう人はごく少数だろうし、その人は多分それが博打でなくてもうまくいっている人なのだろう。それくらい徹底できてるのだから。
だから宝くじを買ってはいけない。自分を甘えさせてはいけない。
「買わなければ当たらない」というのが負ける人の主張だ。そう、その通り。だけど、宝くじくらい刺激的で実りのあることというのは他にも沢山あるんだ。宝くじを買う人はそれを買うだけでチャンスを得ようとしている。つまり楽をしようとしているということだ。人生、楽ばかりしようとしているとロクなことはない。苦労というのは成功するのにどうしても必要なことだ。もし君たちが大きくなってビジネスをすることになったとしても、ビジネス自体をギャンブルとはしないことだ、そんなのはうまくいかないし、負けても仕方がないと最初から諦めているというのと同じだ。「ギャンブル的要素」がつきまとうのはどうしようもないことだが、博打と同じくらいの勝率しかないようなビジネスだったら、もう少し苦労してでも他を当たったほうがいい。博打を打つ習慣をもつと、知らないうちに楽をする癖を身につけてしまい、結果的にはそれは自分のためにはならないし誰も喜ばない。
もう一つ大事なことは、「自分を不安に追い込むな」ということだ。当たるかどうかドキドキするだろう?それは自分が不安だということの証でもある。そしてそういう時は大抵いい結果をもたらさない。宝くじを買うことの問題点は「当たること」を夢見ているのではなくて、本当のところは「博打に挑戦している自分」に酔いしれているだけだということだ。そして、それは現実逃避であり、自分を破壊しようとしているだけに過ぎない。本当の幸せは安定からくるものだ。そうでなくとも不安定なことだらけの人生なんだから、自分で自分を不安定なところに追い込む必要はない。多くの失敗を重ねてきた僕自身に言い聞かせていることでもある。本当の意味での「人生の博打」を打つチャンスというのは誰にでも訪れるし、それをつかむのは宝くじを買うよりはるかに難しいことかも知れない。だから若い頃から変なクセはつけないほうがいい。
最後に言うと、
もしもその機会が君の人生を一転させるとしたら、それが自分の努力じゃなくて、「たまたま当たった宝くじ」で君は満足できるだろうか?そして、宝くじに当たって幸せになるよりも不幸になる人の方が多い、っていう噂は僕自身の体験を照らし合わせても納得できることだ、ということを付け加えておこう。
伝言 12 13 14へ
20 7月 2010
Ningのアップデートを只今心待ちにしているところ。しかし11時過ぎには一度末娘を連れて病院に行かなければならない。カリフォルニアは日差しが強すぎて皮膚の問題を抱えることが多い。(特に日本人はそうで、これはうちの皮膚科の先生の談によると日本人がずっと島の中でいわば「身内」同士で結婚してきたことによるものらしい。農作物と同じで遺伝子は交差することによって強くなるが、それがなければ特定の弱点がキープされ続けるというか、悪化していくらしい。ところでADHDは40%の確率で親から遺伝するということだから、日本にはかなり増えているんじゃないか)
さて、今日は久しぶりに「言霊」に関するエントリー と言っても大したことじゃなくて、このブログを巡るさまざまなコンテンツ同士の関連性を「言葉」を通じて説明しようというもの。まぁちょっとしたメモみたいなものですが。(悪くいうとただのこじつけだが 苦笑)
まずブログの名前は意力、これは通常「いりょく」と読まれることになっているようだが、このブログでは「いちから」と読ませる。(ちなみにツイッターを通して「いりき」さんという苗字があることも知った) 意はWill、これは筆者の通名である。Willは2000年から名乗っていて、その前はKatzというニックネームを使っていたが、ユダヤ人のラストネームで紛らわしいのとドイツ語で猫(猫好きなんですがね)だったり、イタリア語ではあまり響きがよくない意味だったり(苦笑)するので、Willに変更。以前Mixiに経緯を書いたが、これには間接的な名づけ親がいて、その人(残念ながら数年前に亡くなった)に “You WILL be a good man!” と呼ばれたことから。また作家として敬愛するシェークスピアのファーストネームは御存知の通りウィリアム。(ちなみに末娘の名前は天花咲と書いてアガサ、筆者はアガサ・クリスティの大ファンでもあるが、実は命名に直接の関係はない。ちなみにAgathaはギリシア語で「良い」という意味だそう)
あと、筆者の座右の銘は”Where there’s a will, there’s a way”(為せば成る、が正しい意訳だと思う)
また意力には他にも面白い意味がある。辞書を引くと仏教用語ではさとりを求める意思力という意味もあるらしい、これで禅の精神をテーマにしたZEN ENGLISHシリーズの連載があるのも頷ける、かも知れない。
意という字は好きな字の一つだ。立つ日の心と書く、つまり志のことだろう。起業するのに通じるものがあると思う。(ちなみにもう一つ好きなのは誠という字、言うこととやることが一つになる(知行合一)という素晴らしい意味だ。英語でいうところのIntegrityというのがぴったりくる)
また、筆者の名前を中国語で検索すると面白いことに気づく。勝義というのも仏教用語であり、勝義諦(しょうぎたい)という言葉があり、これは四諦の一つで、こう説明されているらしい 「(すなわち)世間の理解としての真理(世俗諦)と、また最高の意義としての真理(勝義諦)とである。。。」 どうやら最高に名前負けし易い名前のようだ。親が命名時にこのような意味を知っていたのかどうかは別にして、頑張るしかない。禅に惹かれていくのは当然なのかも知れない。(ちなみに妻の実家は代々曹洞宗の管主だったらしいが、これを知ったのは去年帰省した折の話だ。1000年近く続く家系図を見せてもらってびっくりした)
で、意力(いちから)だが、これにはこのブログのメインテーマの一つである「起業」に関する思いも込められており、これが一からという言葉につながる。今回初めて解説本を出すが、最初のタイトルが「Ning 一から」で、これからは同じように「~~ 一から」というネーミングで統一しようと思っている。
おっと、11時になった、ではNingがどうなったのか確認してみます!
19 7月 2010
現在MIT(マサチューセッツ工科大学)エンタープライズフォーラム・ジャパンのビジネスプランコンテスト&クリニックの真っ最中であり、主催者側が指名したメンターの方々と日夜ビジネスプランについての手ほどきを受けている。このコンテストの詳細を私は参加するまで知らなかったが、様々な業界の第一線級で活躍されるビジネスの大先輩の方々がコンテスト参加者(メンティーと呼ばれる)に対していろんな方法でコーチングを施すというこのコンテストはその知名度以上に本当に素晴らしいものだと実感している。今週末のメンタリングキャンプと呼ばれる「合宿」に参加するのが本当に楽しみである。
さて、そのメンタリングの合間に私の電子出版事業プランをメンタリングして下さっているメンターの方から、当ビジネスモデルの競合優位性についてを説明するという観点で、面白しい宿題を頂いた。それは名づけて「故郷のおばちゃんテスト」(笑)と呼ばれるもので、「メンティが夏休みに田舎に帰ったという設定で田舎の親戚のおばちゃんに自分のビジネスを説明するというもの」だ。
これについて、筆者なりの回答を準備してみた。対象は少し変えて、数年前に他界してしまった父方の祖母に向けて書いてある。個人的にはなかなかうまく簡単にまとめられたと思っているのだが、読者のみなさんはどうお考えになるだろうか。ということで、恥ずかしながらその文面を(一部修正して)公開させて頂く。 手紙の内容はコチラ
1 7月 2010
LAで活躍する日本人は意外と多いが、その多くは日本ではあまり知られていない。
そんな中でも、全米ネットワークのABCで日本人で初めてホストとして抜擢され、そして「インフォーマント」ではあの今やハリウッド一の高給取りと言われるマット・デーモン(ちなみに筆者は大ファンだ、勿論ゲイとして、という意味ではない)とも共演した神田瀧夢(ろむ)さんが先日初となる自叙伝「サムライスピリット」を幻冬舎から出版した。なんともおめでたい話題だ。先日のTEDxTOKYO 2010イベントでもロムさんのパフォーマンスは観客を感動の渦に巻き込んだ。
今朝日本にいる本人からの紹介文は下記
アメリカでがんばって
仕事をしていらっしゃるかたや
住んでいらっしゃる皆さんには特に
納得して頂ける中身になっています
とのことだ。(でももちろん日本にいるみなさんにもきっと勇気と希望を与えてくれる内容の本であるはず!)
ぜひみなさんも買って読んでみてください!私ももちろん購入します。(ロムさん、私の本ももうすぐ出るのでその時はぜひともよろしくお願いします 笑)
公式HPによるとどうやらメディア出演が目白押しらしい。あの「徹子の部屋」にもでる(7月20日)なんて、すごい!
>>> 神田瀧夢 プロモーションスケジュール <<<
5月15日 TEDx Tokyo スピーカー
5月30日 フジテレビ「Mr.サンデー」
6月7日 テレビ朝日「ワイド スクランブル」
6月10日 ABC朝日放送「NEWSゆう+」
6月15日 英語のスタンダップコメディー@渋谷 (撮影あり)
6月16日 フジTV 「とくダネ!」 出演
フジTV 「めざましTV」 出演
6月18日 テレビ朝日 「トリハダ秘スクープ映像100科ジテン3時間スペシャル」
6月19日 日テレ 週刊!うわさのニュース50 出演
7月4日 日テレ 「行列のできる法律相談所」 スペシャルゲスト出演
7月4日 フジTV Mrサンデー出演 22:55~(時間変更)
7月20日 テレビ朝日 徹子の部屋 出演
7月24日 日テレ 嵐にしやがれ 出演
7月26日 日テレ 世界まる見え! テレビ特捜部 出演
意力ブログは世界で活躍する日本人を熱く応援します!
10 6月 2010
昨年からアマゾンのキンドルストアで地道にコンテンツを販売してきて、電子出版の可能性に目をつけてから積極的に当ブログでも情報配信を行ってきました。
日本で電子出版の熱が高まったのは素晴らしいことだと思いますが、なんだか加熱しすぎていてよくありがちな「一過性のブーム」化してしまわないかというのが逆に懸念になるほどです。(ツイッターなんかはまさにそうだと思いますが)
さて、これまでの各社、各サイトの動きを見てきて、私なりの見解が見えてきたので、ここで日本の電子出版界に対して意力なりのソリューションを提示してみたいと思います。
これは一早く、私の見識と経験を尊重してくれたメディアタブレット社との協業によるものです。もちろん大手三社みたいな予算もコンテンツももってはいませんが、弱者には弱者としての戦略があるということを一つずつ形にして日本と世界に提案していきたいと考えています。アルファサービスが来週立ち上がり、月内にはベータに移行予定。今のところ7月上旬に公式サービスをローンチ予定。私の「電子ブック開国論」の電子版やその他の有名作家の新作コンテンツなどもそちらで披露していくことになります。
電子出版についてはただでさえ難しい話が、どんどん多角化していくことで複雑になってきていると思います。アメリカと日本を比較しても、違いはあちこちに見受けられます。ただでさえITにうとい作家のみなさんの多くはすでにディスカッションのかやの外にいるのではないでしょうか。きっと多くの読者も同じような思いで困惑しながら市場を見つめていると思います。
日米の大きな違いの一つはソーシャルメディアに対する日本の意識の低さ。これはジャーナリズムがしっかり根付いてこずに、「大本営」的報道を鵜呑みにして、容認し続けてきたことに起因すると考えています。紙媒体がメディアを強烈に後押ししてきたように、電子出版はこれからソーシャルメディアを力強くバックアップします。ブログやツイッターなどのツールを自在に活用して社会に良質な情報を発信していく書き手はこれから増えていくでしょう。キーワードは「脱大手依存」、そして「目利き」の重要性だと考えています。
もともと独立志向が極端に低い日本の社会において、ソーシャルメディアの成立は困難かも知れませんが、例えばこれからは朝日新聞社のような大手メディアを早期退職する書き手が、多くソーシャルメディアの業界に流れ込んでくることは十分に考えられます。しかし、ソーシャルメディアが市場から十分な認知とレスペクトを集めない限り、そこには常に資金的な問題がついて回り、多くのメディアは長くは続かないと思います。ソーシャルメディアと電子出版がこれから共同で戦っていく壁の一つが「ウェブは無料」という概念です。人気を集めるために無料で行う宣伝活動はもちろん必要ですが、そこには成果として測定可能な売上金額がどこかについてこなければなりません。
電子出版では誰もが簡単にコンテンツを作成して販売することができますが、それらのコンテンツから得られる収益で生活できる作家はごく一握りだと思います。しかし、それは現在もそうなのですから、何も変わったことではなく、要は作家がコンテンツを売りやすい環境をどう構築していくかということだと思います。
その為には、いわゆる「中抜き」行為がある程度は必要になってきます。これは、収益性を上げるためというよりは、風通しをよくして市場をよくするために必要な行為です。というのも読者の声に耳を傾けない限り、自分のコンテンツを市場で好評を博するものへと変えていくことは難しいからです。これにはまた違う側面もあり、書き手とファンとの間が近くなれば、その分心理的なインセンティブが働き、読者は作家を支持しようとするはずです。(コミケ繁栄の背景にもそういった現象はあると思います)
話をコンテンツに移すと、電子出版でとかくフォーカスされがちな、日本のコンテンツが性描写や暴力の描写でアップルに拒絶されたというような話は、アップルが横暴だとか日本が表現の自由を支持しているというのとは別のところで、実は日本という国が先進国の中でおそらく最も人権意識が低い国であり、多くのグレーゾーンによって支えられているということを浮き彫りにしているのだと考えます。文化的背景はもちろんあるでしょう、しかし日本はまず自分たちが他の先進国と多くの点で違っているということを認識しなければなりません。。。 続きはコチラ
10 6月 2010
ツイッター上でZEN ENGLISHのオンライン英語教授をはじめようと思います。気軽にみんなで英語についてのやり取りや質問などをできるようにしたいとおもいます。
ハッシュタグは #ZENENGLISH です。まずは私なりの英語学習方法や英語に対する考えについてつぶやいていきますので、よろしくお願いします!
参考リンク:ハッシュタグの使い方について Twitter Fan Wiki
10 6月 2010
(この連載はティーンエージャーを対象に書かれているため、他のエントリーとは文章表現が異なります)
とある読者から文章があまりにも平易すぎるというコメントを頂いた。ちなみにTeen Ager(ティーンエージャー)という言葉は英語圏では13歳~19歳までを言う。これに対して日本ではティーンというより10代という事が多い。13歳からをティーンと呼ぶ理由は13歳からThirteenという風に”teen”という文字がつくからで、12歳まではこうじゃない。日本では10代というと10~12歳も入るので、できるだけ易しいコトバを使っていたつもりだったけども、やりすぎはよくないので今後は少し注意していきたいと思う。こういう風にコメントというのは聞く側に直接影響(えいきょう)を与える手段なので何か言いたいことがあったら、君たちにもどんどん発言して欲しい。歴史はいつも若者の力で動いてきた。
さて、今日は親友をもつ喜びについて話したいと思う。君たちの中には友達が多い人も少ない人もいるだろう。でも、僕はただの友達じゃなくて親友が何人いるかによって人生が大きく変ると思う。例えば僕は今年36歳になるけれども、一番古くからつきあっていて今も親交がある友人とは10歳の頃からのつきあいだ。だからもう25年もお互いを知っている仲ということになる。これ以外にも中学、高校、大学時代からそれぞれつきあっている仲のいい友達がいて、僕の人生にとってかけがえのない存在になっている。
長くつきあえる親友を持つことは本当にいいことだ。気兼ねなんかする必要はまったくないし、お互いの人生で浮き沈みがあってもそれに影響されることなく常にお互いを支え合い、励まし合って生きていける。だからうわべじゃなくて、深いつきあいのできる友達をたくさんもつことだ。今は周りに友達がたくさんいても、時間が経ったり、学校が変わったりするとどんどん減っていくのだから、数じゃなくて質が大事だ、と僕はいいたい。たとえば十年ぶりに連絡がついたとしても、またすぐに昔みたいに仲良くつきあえる。そういうのが本当の友達だ。
本当の友達っていうのは自分にとってかけがえのない記憶を残してくれる友達でもある。例を挙げよう。
僕が中学校の頃だ。小学校の時からつきあっていた親友がいた、仮にT君としよう。ある日彼が運動場で少し粗暴な僕のクラスメイトと喧嘩しそうになっていた。僕は急いで走っていって、そいつの顔面をいきなりぶん殴った。でも一発殴って、相手の顔をみたら急にかわいそうになってきて、そこから何もできなくなってしまった。でももちろんいきなり殴られた方は怒ってるから、その後返り討ちをくらってボコボコにされた。下に押し倒されて今度はこちらの顔を蹴らている時に、もう一人の僕の親友(K君としよう)が、僕のことをかばいに助けにきてくれた。K君はとてもおとなしいやつなんだけど、その時僕は彼のことをとても頼もしく思った。僕はこの時のことを一生忘れないと思うし、もちろんK君とも深くつながっていると自分は思っている。20年以上前の話だ。そんな風に、親友っていうのは、君たちの人生の中でとても輝く瞬間を与えてくれる存在だ。だから、大事にしてやって欲しい。
オマケ
孔子という中国の古代の思想家は友達についてこんな風に述べている。参考までに載せてみる。続きを読みたい方は コチラ
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