14 7月 2011
今晩の話題は電子出版。先日当ブログでも紹介したように、アメリカのキンドルストアではすでに独立系著者もミリオンセラーを出す時代。世界的ベストセラーハリーポッターシリーズの著者であるJK ローリングも自前で電子出版をするという噂が流れるような昨今、誰かが業界を牽引していく必要があるのは言うまでもない。理由は単純、耳目が集まり、みんなが「儲かる」と思うからである。何事もムード、気運が大切である。私は今後、地域的な情報や少数意見などが積極的に配信される環境ソーシャルメディアやネット選挙が実現していく世界を予見している。その可能性は人をとてもワクワクさせるものである。
市場としても、無名の人物や作家を軽視したり無視したりせず、自己の感性で新人作家やコンテンツをどんどん発掘していくべきである。今や日本を代表するベストセラー作家である東野圭吾ですら、デビューしてからの10年は鳴かず飛ばずだったのだ。そして、当時発表した作品は多くの文学賞で落選したにもかかわらず、今ではそのほとんどが大大ベストセラーである。(しかし、筆者自ら「絶対的に自信のあった」(たぶん最後の御挨拶)と評した「変身」が直木賞の候補にすらならなかったのはどうしてだろう。。。私もあれが東野作品の最高峰だと思っている。読んでいないかたはぜひご一読を。自信をもって勧める一冊です)
13 7月 2011
拙著 「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」でも復興に向けた熱いメッセージを下さった神田瀧夢さんは、LAから日本に活動の比重を移し、活躍されている。そんな瀧夢さんが日本で朝の情報番組のレギュラーを務められているということはだいぶ前から知っていたのだが、いつもは短期出張でスケジュールが詰まっていたりするため、なかなか朝の情報番組を見る時間が取れずにいた。(最大の原因は東京のチャンネルに慣れていないということなのだが) しかも、チャンスは水曜日の朝で、一週間に一度しか無い。。。

毎朝8時 テレビ朝日系にて! (って私が説明しなくても皆さんよくご存知のはずですね 笑)

レギュラー陣のところに、しっかり出てます。瀧夢さん、カッコイイ~!
しかし、今回は大阪の実家にいて、毎朝早くに仕事に出かけていく母と一緒に朝食を取る習慣ができているため、無事にチェックすることができた!
おぉ~ すごい。レギュラーで出ている。しかも、蝶ネクタイしたりして。 コメントも海外在住の日本人ならではの視点から提示されているようで、日本のグローバル化にも一役買っていらっしゃる様子。これからできるだけチェックしてみようと思ったのであった。何せ彼は私の親しい知り合いの中では唯一私が大好きなマット・デーモンと共演した人物である。そんな日本人自体がそもそもそんなにいない。
これからもどんどん頑張っていただきたい。私も頑張ります ^ ^
意力は世界の舞台で活躍する熱き大阪人を応援します!(笑)
13 7月 2011
いよいよLOHAS TALKも第三夜。今回は最初の著作「電子出版の未来図」についても有り難いコメントを頂けたのが嬉しかった。タイトルは元のままのほうがよかったとか言われましたが、こちらはやはり出版社が最終的に決めるので、ノーコメントで(笑)
本日は少しゆったりとしたスケジュールで、9月発売の某雑誌への寄稿を書いたり、新刊の構想を練ってみたり。
そして、また大阪へ移動するのであった。。。
明日もLOHAS TALKは午後8時40~50分の間でオンエア!
9 7月 2011
この数日、ツイッター上でウィキペディアンの方々とやり取り、というか「やり合う」機会が多くあった。
私自身としては、そのような生のウィキペディアンの声を聞けて嬉しいこともある。しかし、直接声を聞いてみても、実際にウィキペディアの中を覗き込んだ時に感じるのと同じような雰囲気がある。
それは、ウィキペディアンには至極まともな方もいるが、偏狭で礼儀作法をわきまえない方も多いということ。
実世界の縮図、という人もいると思うが、そうではない。まだまだウィキペディアの世界は特殊な世界である。
実社会にはまだまだネットに触れたこともないような人たちもいるし、デジタルなんてどうでもいいアナログ人間だって数多くいる。子育てに集中している人もいれば、野菜づくりだけをしている人だって、当然毎日オンラインゲームしかしない人だっている。だが、ウィキペディアを編集するウィキペディアンたちについては、少なくともネットに触れないというような人はいないし、日本語がまともに読み書きできないような人もいない。つまりコミュニティは一般社会を代弁していない。なのに知名度だけどんどん先走っていく。それにつられて権威づけもされていく。
例えば現在60名(最近減ってる!?)いるとされている「管理者」たちはウィキペディアに精通した方々だ。五本の柱についてなど説明することすらない。(なぜ五番目がいまだに論争中かについて正しい答えを出せる人は少ないかも知れないが) しかし、75万項目を管理するというのは並大抵のことではない。日々、多くの編集合戦もあるだろうし、どこの馬の骨とも分からない人々を相手にするプレッシャーたるやとんでもないものだろう。
私が「ウィキペディアンの憂鬱」で描きたい内容というのは、このような実態である。そして、目的として、より多くの方々にウィキペディアの意義を理解してもらい、編集に参加してもらい、そしてできたら管理者の数がもっともっと増えたらいいと思っている。ウィキペディアはみんなのものであり、未来の人々のものでもある。
今回の一連の騒動は、例えば私がウィキペディアを「ウィキ」と言ったことに対して過剰な反応を示してきたり、実名で大手出版社から著作を出したり、新聞やラジオなどのマスメディアにも露出したりしているような人物であるにも関わらず「怪しい男」呼ばわりされたりと、とにもかくにも「ウィキペディアン」のイメージを悪くするものばかりだ。ウィキ廃人という言葉が昔あったが、彼らが相手のことをよくも知らずにいきなり大上段に構えて、相手をバッサリ斬り殺そうとする態度を見ると、本当に彼らはウィキペディアの哲学を私よりもよく理解しているのだろうかと訝しがってしまう。
「初心者をいじめない」とか「礼儀を忘れない」という根本的な部分が理解できているのだろうか、と。
また議論がすぐに現実を越えて机上の空論化してしまうのも悪い点だ。今回も私が(自称)書き手だと揶揄してきた例があった。
その相手は、「書き手」という定義を巡って、散々逡巡した挙句、ベストセラーがあっても著名な著者とは言えない、結局は引用(出典)数が重要な根拠。などと言い張る。
(ではその引用数とやらをどこかにまとめたデータベースがあるのか、という話だ)で、そこではネットの検索結果などには重きがおかれない。つまり、彼が言っていることは「俺がノーだからノーだ」というに過ぎない。なのに、逆にこちらに対して私が「自分を世界の中心」だと考えているなどといってくる。逆でしょうが。
一番問題なのは、数冊の著冊を出している相手に対して「自称」書き手などという暴言を吐いて噛み付いてくるところだ。そして、自身は匿名、顔出しなし。
私は2000年に日本に帰国した際にこれまで見たこともなかった「秋葉系」人間に囲まれて、苦労した経験があったが、今、そういう点でリアルのウィキペディアン(といっても、この某氏は匿名だ)とのやり取りで彼らの空気を読むのに苦労している。
ソーシャルメディアを巡っての論争の中に「オープン」と「クローズド」がある。ウィキペディアは記名性であり、編集履歴は全て残っている。
アメリカには実名のウィキペディアンも多いが、日本ではほぼ皆匿名だ。これにはいろいろ事情があるのだろう。
つまり社会的に、まだまだ彼らが実名で作業ができるような「理解」の土壌がないということも一因である。ソーシャルメディアは「個」により成り立つメディアである。個性の尊重、思想や表現の自由が守られなければ、ソーシャルメディアの発展はありえない。フェイスブックやツイッターがソーシャルメディアだと思っている人は、マーケティング的なほんの一部分しか見えていないということだ。
で、「ソーシャル」という言葉にも表れるように、人間は社会的動物であるという本質に立ち返らせてくれるメディアでもある。東京は人口が過密した世界でも有数の大都市だが、「ソーシャル」かというとそうではない。ワンルームマンションに住んでいても、隣人とコミュニケーションを取らない、あるいは誰が住んでるか知らないという人が大半だろう。日常性の壁という有名な評論で、何故蛇を人は恐れるか、ということについて述べたのは安部公房だった。蛇には足がなく、普段何をしているか全く想像できない、そういう存在が急に出てくる事に対して人間は「恐怖」を覚える。幽霊についても同じだという。そういう意味で、ウィキペディアンは怖い。得体が知れないイメージがあるし、急に噛み付いてくる!(これじゃ、そう思われても仕方ない)
言うまでもなくソーシャル(social )は社交的という意味だ。(類義語にsociable ) つまりソーシャルメディアが成り立つ前提には「個」の尊重と、それの上に成り立つ社交性というものがある。この社交性とは何かというと、それはエチケットであり、マナーである。ソーシャルメディアが熟成してくるとユーザーの間にこのマナーに対する理解が深まってくる。最近筆者はワルツ、タンゴ、スイングなどの社交ダンスを学ぶようになり、ますますその点について理解できるようになってきた。(それはまた後日)
ところで、ソーシャルメディアの代表的存在といえばウィキペディアなのである。そして、そのウィキ「ペ」コミュニティを代表しているのが、ウィキペディアンであり、管理者、ビューロクラットなどの役職者である。彼らにはその点で、言論の点で一般人に対して模範とあって欲しいと願っている。結果的には、彼らは一人ひとりがウィキペディアのセールスマンであり、彼らの人格がウィキペディアの人格、そう捉えられてしまう。彼らの多くは、ウィキペディアの五本の柱の内に「相手に敬意を払う」というルールがあるのを知っている。しかし、それはウィキペディアだけに当てはまるものなのだろうか?答えは否だ。相手に敬意を払うというのは、どこの社会にでも必要なことだ。匿名だろうが写真出してなかろうが関係ない。ソーシャルメディアが普及した背景に人権意識、個性の尊重があり、それらが草の根ジャーリズムとしてのソーシャルメディアを支えてきたというのが欧米におけるソーシャルメディアの潮流である。
ウィキペディアを「ウィキ」と略すことについてポリシーがあるのはよく知っている。Wikiというと他のシステムや、Wikiwiki ウェブのような書き込みシステムそのものと混同されるという理屈はよく分かる。しかし、ウィキペディアは誰のものだろうか?少なくとも管理者のものではないのですよ。一般人はウィキペディアに姉妹プロジェクトがあることや、Pukiwiki みたいなミニウィキがあることも知らない。本ページ以外にノート(Discussion)があるなんてことすら知らない人ばかりです。ちょっと興味が湧いてきて、親しみを込めて「ウィキ」と読んだ瞬間に「はぁ?」というレスポンスされると一般人はびびってしまいます。
ウィキペディアは2ちゃんねるではない
のです。
もちろん、(自称か他称か知りませんが)書き手の私が書くという観点では、正しい配慮が必要でしょう。しかし、私は何も他のことや議論のことを知らずに「ウィキ」と読んでるのではありません。ウォルマートのことをよく「ウォル」と呼ぶように(ウォルグリーンはウォルじゃない)、ファミリーコンピューターをファミコンと呼んだように、The Wiki = Wikipedia だということで述べているつもりです。もちろん、念のため相手が私が「ウィキペディア」のことを指しているというのが分かるコンテキストでしか使わないようにしますが。ハローキティのことを「キティちゃん」と呼ぶからといって、サンリオの人が激怒して、「ハローキティ」と呼んでください!とかいうキャンペーンをしましたか?悪貨が良貨を駆逐するのはおかしいとか言った人いましたが、何じゃそりゃ。
ウィキペディアンの皆が常識ないとは言いません。しかし、そういう方が存在するのは事実。ソーシャルメディアの世界で、実名で顔出しでコメントしている人にたいして、自分は匿名で写真も出さずに暴言吐くような態度では、お里が知れるというものです。一部の良識あるウィキペディアンの方々のイメージも損なう行為ですので、ご注意ください。
本当に「PR」や「マーケティング」をしたいのであれば、ウィキペディアが、そしてウィキペディアンがどう見られているかについて、正しく現状認識をするところから始めて頂きたいものです。もしもあなたがまとまな社会人としての行動規範をもっていないのならば、人類の英知を結集するウィキペディアの管理者(あるいは編集者)にはふさわしくないのかも知れませんよ。。。
注:ウィキ「ペ」ディア財団は単なるタイポなので、お詫びしてすべてウィキ「メ」ディア財団に訂正します。
気づいてたんだったら、コメントしてくれればいいだけの話なんですがね(苦笑) 手元の原稿では修正されていたので気づきませんでした。
8 7月 2011
今週の一連のセミナーで用いた私のソーシャルメディアの定義を下記に掲載
ソーシャルメディアの定義
「誰もが参加できるインタラクティブ(相互的)かつスケーラブル(拡張性の高い)な情報発信技術を用いて、改編可能なユーザー生成コンテンツがリアルタイムに配信されるように設計されたオンラインメディア」
六つの特徴 ーマスメディアとどう違うか
参加障壁が低い (Free, Open)
相互的な情報発信(Interactive)
拡張性が高い(Scalable)
編集性 (Editable)
リアルタイム(Realtime, TL)
ユーザー生成コンテンツ(UGC)
22 6月 2011
今日は在阪の某大手家電メーカーの戦略部門でマネージャーを努めている高校時代の友人、原尚史君と会って旧交を温めてきました。
彼とは高校のクラブ活動でしばらく一緒にいたことがあるんですが、実に18年ぶりの再会。
彼とまたやり取りが始まったのもMixiとかフェイスブックのおかげ。ソーシャルメディアは絆を再構築する。すばらしい。
彼の出身は大阪でも私の出身の生野区と肩を並べるツートップ(どういう意味かは聞かないでください)。お互いの生い立ちを振り返りながら、大阪のゲットー育ちならではの価値観の多様性についてのディスカッションが意外に盛り上がった。最下層の生活というのは、体験しようと思ってもできることではない、そういう環境がすぐ身の回りにあったことは当時は悪い思い出でも、大きくなってからは違う見方ができるようになる。例えば、そんなすさんだ体験が自分をたくましくするのに貢献してくれてたことに気づき感謝することがある。
(何を隠そう私もそう思えるまでに30年かかったのだ) 彼がすぐに欧州に出張するということで、また帰ってから他の仲間も集めて会おうということになった。
その後本町の紀伊國屋書店を訪問。以前エレコムで勤めていた時に、ちょくちょく覗いたお店だが、ずいぶん久しぶりだった。(ちなみにさくらインターネットの本社もこのすぐ近くだ)
ちゃんとありました、「検証 東日本 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」
社会問題のコーナーにあったのが意外でしたが。
で、ようやく念願の散髪に行って自宅に帰ったら、増刷の吉報が!発売後1週間での増刷は自著ベスト、大変有り難いです。アマゾンのランキングもじわじわ上がってきている感じ。
明日は東京に移動して、J-Waveの某番組の収録を行います。
1週間で増刷決定!東日本大震災で日本のソーシャルメディアは次のステージへ。。。
21 6月 2011
郷里の大先輩でもある東野圭吾先生の作品を読破する 「東野圭吾イッキ読み」シリーズ
今回は「毒笑生活」である。
本作は誘拐天国、エンジェル、ホームアローンじいさん、本格推理関連グッズ鑑定ショー、など12冊の短編を収録した短篇集です。最後に京極夏彦氏との対談も含まれている。タイトルは「守れ、笑いの牙城。めざせ、「お笑い」ルネッサンス!」というもの。自身の主流作品(東野圭吾氏は推理・サスペンス、京極夏彦氏は妖怪シリーズなど)とは別のところで本格的な「笑い」の世界を追求する二人の作家の姿勢が垣間見える。(以下敬称略)
一番長いのは誘拐天国で、これは対談で東野圭吾が語っているように、作者としてはかなり熱が入った作品のようだ。一家の財産と事業規模故に「帝王教育」を受けている5歳の孫と遊ぶ時間がなくて嘆くお祖父さんが、その時間をつくるためにわざわざ仲間と共謀して誘拐してしまうという話。この話を読んでいる時から筒井康隆の影響をうけていると感じた、たとえばこの誘拐天国はどことなく私が大好きな筒井作品である富豪刑事に似ている。この思いは読み進めている間も変わらず残っており、最後の対談で筒井康隆の名前が出てくるのをみて、なるほどと思った。お二人はどうやら本格的な「「お笑い小説」の境地も目指されているらしい。(この点、現在英語に関するコメディ小説を書いている私にも大きな参考になり、励みとなった)
東野圭吾が対談で述べているように、コメディを追求するとどうしても世俗的な話題を取り上げざるを得なくなり、社会的なテーマを扱わざるを得なくなるという。
これは環境問題(捕鯨、イルカ、天然資源など)をテーマにした「エンジェル」や警察の紋切り型の対応を揶揄した「マニュアル警察」、過保護な息子の教育を描いた「花婿人形」、自殺マニュアルをヒントにしたと思われる「殺意取扱い説明書」、オレオレ詐欺や振り込め詐欺を思わせる「誘拐電話推理網」などがある。また、人気のテレビ番組をモチーフにした「本格推理関連グッズ鑑定ショー」は意外性のあるオチが秀逸である。
また、本作には他の東野作品とクロスオーバーする作品が多い。「つぐない」などは読めばすぐに、東野作品の一つの主題である(特に脳に関連した)「アイデンティティ」を話題にしていることが分かり、大人気作品の「宿命」、「変身」や「パラレルワールド・ラブストーリー」を彷彿させる。(対談ではこの作品と名作「秘密」の知られざる誕生秘話が掲載されているので、東野ファンは要チェックである)
(普段なら立ち寄らない)古書店で恋人を奪われた相手である親友に対して復讐をしようとする「殺意取扱説明書」はとてもユニークな設定だ。最後のほうのシーンはあの名作「どちらかが彼女を殺した」の事件現場を思わせるし、「本格推理関連グッズ鑑定ショー」ではまったく別の東野作品のとある推理プロットの真相が解き明かされている。
コメディという観点で私が気に入ったのは下記の作品
誘拐天国
ホームアローンじいさん
本格推理関連グッズ鑑定ショー
栄光の証言
一方、残念ながら今ひとつ私の中でオチなかったのが
殺意取扱説明書と誘拐電話網 だった。
個人的なオススメはエンジェルで、これは確か星新一の作品で似た様なテーマのがあったのを覚えている。あちらは怪獣だか恐竜がモチーフだったような。
少し表現がえぐいが、環境問題に潜む人類のエゴを考えさせられるという点で、アパルトヘイトをモチーフにした「第九地区」という映画を思い出した。
シュールなオチだと思ったのは
マニュアル警察とつぐない
もちろん本格サスペンスもいいんですが、東野作品はパロディも面白いので推理ものしか読んだことの無い方にはぜひともオススメしたい作品。
ただし最後の対談を読むとこの先にでている「怪笑小説」も読みたくなってしまうので、そちらを先に読まれたほうがいいかも知れません。
筆者の書棚はコチラ。東野作品、あとちょっとで半分読み終わるくらいでしょうか。。。まだまだ先は長い!
19 6月 2011
15 6月 2011
数日来ツイートをしているので、私のフォロワーの方にはすでにご存じの方も多いかも知れないですが、この1週間の間に私が経験した「最期」の授業のお話をしたいと思います。
もちろんこれは「最後」の授業をもじったものです。
ご存じない方のために説明すると、「最後の授業」というのはフランスのアルフォン・ドーデという人が書いた短編小説であり、内容は戦争によって母国語であるフランス語を奪われ、「国語教師」としての立場を追われることになったフランス語教師が行った最後の授業のこと。我々の世代には、これをモチーフにしたマスターキートンのエピソードの一つ(第三巻の屋根の下の巴里)が有名なのかも知れません。
では、『最期』の授業とは何でしょうか。最期という言葉は人間の最後、つまり死期・臨終のことを示唆します。
これを今回私に教えてくれたのは、私がアメリカに来た時にであった人物で、アメリカに滞在する直接的なきっかけをつくってくれた数人のうちの一人。
ここではイニシャルでSさんとします。
Sさんは信仰、という言葉を通り越して私に人生の道を教えてくれた方の一人です。
寡黙に、ただひたすら自身が成すべきことを成し続けた立派な方です。
私は人生で、彼より謙虚で黙々と実績を出し続けた人物に遭ったことはありません。そして、彼を知る多くの人々はきっと同じように言うでしょう。
名門大学を出て、トップアスリートでもあった彼は、ふとした出会いから世間的に言えば「牧師」あるいは教育の「アクティヴィスト」としての道を生涯歩みました。
路傍やキャンパスに出て若者と話す姿を見て、我々はよく旧約聖書の義人の「ノア」に例えたものです。彼の人生は、まさにそのあだ名そのものでした。多くの人の人生に影響を与えた、そんな素晴らしい方でした。
彼は末期ガンで昨日その短い人生(享年48歳)を終えました。一日遅れとなりましたが、私は霊前に日本から月曜日に届いたばかりの本を備えにいきました。
出会ってから17年、その親しみやすい実直な性格に私は何度励まされたことでしょう。彼の長女は私がアメリカに来た年に生まれましたから、まだ17歳。一番下はまだ10歳です。子どもが4人、西洋人の奥さんの元に残されました。
治療のために日本に赴きましたが、結果的には手術しても回復の見込みがないことから、それを断念し、先週LAに戻ってこられました。奥さんが迎えに行かれたそうです。空港には彼を昔から知る人々がお見送りに駆けつけたそうです。
最後は自宅で愛する家族や長年の仲間に看取られ、それほど痛みに苦しむこともなく逝去されたとの報を同日の午後に受けました。
私は今でも、彼と出会ったときのことを思い出します。当時浪人生だった私は、日本での大学受験を続けるべきかどうかに苦慮していました。
しかし、結果として彼の助言に従い、アメリカに残ることを決めました。
まさにそのおかげで、アメリカではそれなりに名の知れた大学にも通うことができるようになり、結婚して4人の子供にも恵まれました。
もちろん、彼一人の力でそうなったというわけではないのですが、もしも私に「恩人」と呼べる人がいるとすれば、その数人の内に間違いなく入るでしょう。
「死」の意味
当時の私は漠然と神様を信じていましたが、「死」に対する恐れから逃れることができず苦しんでいました。(幼少期からの強迫観念で、理由はよく分かりません) ここでの「死」は単に自分が死ぬということだけではなく、家族や、国や、歴史、未来、すべてが失くなる、そういうことに対する恐怖でした。言葉ではうまく言い表せませんが、これを考えると私の頭の中は一気に数万年の時間を飛び越えて、パニックに陥り塞ぎこむことが多かったのです。
高校時代に世界史でギリシャ・ローマ時代が大好きだった私は快楽主義(ここの「快楽」は一般的な快楽とは違います。また今度説明したいと思います)で知られるエピクロスの「死は存在せず」という言葉でのみ、それを少し和らげることができたくらいでした。
その死を乗り越える方法の一つは「生」への意識を強くすること、言い換えると「今を生きる」ということです。過去でも未来でもなく現在が重要です。
(もう一つは死後の世界をどう捉えるかですが、これは置いておきましょう。今はあまり議論したくありません)
彼はその人生最後のステージで、私に大きな教訓を教えてくれていました。私はそれを「最期」の授業として、全身で受け入れるようにしました。
思えば私は中学生くらいの頃から急に社会派(笑)になったのですが、そのきっかけは大好きな祖父の死でした。
しかし、当時はまだ幼くてそれは単なる感傷的なものでした。「強くなろう」そう思ったことだけを覚えています。
(その後大阪市旭区役所で行われていたアウシュビッツ展や731部隊展などに勇気をだして見学に訪れ、死の意味、人間歴史の残酷さに胸がえぐられるような思いでした)
Sさんが教えてくれたこと、それは「生き様」と同様に「死に様」でも人間に影響を与えるということができるということ。死ぬ間際、ベッドから起き上がることもできなくなっていた彼は、それでも彼の姿をひと目見ようとする人々と面会し続けました。そして、一言の愚痴も、不満もこぼさず、ただ静かにその人生を終えられたのです。
「死」は誰にも迫ってきますが、日常的にそれを感じることはあまりありません。 続きはコチラ
14 6月 2011
出版社からの連絡では、明日に書店に届くとのことで、一日ずれる場合があるかも知れませんが。。。
前回の例を考えると、恐らく明日から並ぶところも多いのでは。
ということでいよいよ新刊が発売されます。前著「ソーシャルメディア革命」に比べるとかなり絵や図が多く、読みやすくなっていると思います。ページ数も少なくなって持ち運び易く。(携書の名のとおり)
どうぞよろしくお願いします。
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