15 6月 2011
数日来ツイートをしているので、私のフォロワーの方にはすでにご存じの方も多いかも知れないですが、この1週間の間に私が経験した「最期」の授業のお話をしたいと思います。
もちろんこれは「最後」の授業をもじったものです。
ご存じない方のために説明すると、「最後の授業」というのはフランスのアルフォン・ドーデという人が書いた短編小説であり、内容は戦争によって母国語であるフランス語を奪われ、「国語教師」としての立場を追われることになったフランス語教師が行った最後の授業のこと。我々の世代には、これをモチーフにしたマスターキートンのエピソードの一つ(第三巻の屋根の下の巴里)が有名なのかも知れません。
では、『最期』の授業とは何でしょうか。最期という言葉は人間の最後、つまり死期・臨終のことを示唆します。
これを今回私に教えてくれたのは、私がアメリカに来た時にであった人物で、アメリカに滞在する直接的なきっかけをつくってくれた数人のうちの一人。
ここではイニシャルでSさんとします。
Sさんは信仰、という言葉を通り越して私に人生の道を教えてくれた方の一人です。
寡黙に、ただひたすら自身が成すべきことを成し続けた立派な方です。
私は人生で、彼より謙虚で黙々と実績を出し続けた人物に遭ったことはありません。そして、彼を知る多くの人々はきっと同じように言うでしょう。
名門大学を出て、トップアスリートでもあった彼は、ふとした出会いから世間的に言えば「牧師」あるいは教育の「アクティヴィスト」としての道を生涯歩みました。
路傍やキャンパスに出て若者と話す姿を見て、我々はよく旧約聖書の義人の「ノア」に例えたものです。彼の人生は、まさにそのあだ名そのものでした。多くの人の人生に影響を与えた、そんな素晴らしい方でした。
彼は末期ガンで昨日その短い人生(享年48歳)を終えました。一日遅れとなりましたが、私は霊前に日本から月曜日に届いたばかりの本を備えにいきました。
出会ってから17年、その親しみやすい実直な性格に私は何度励まされたことでしょう。彼の長女は私がアメリカに来た年に生まれましたから、まだ17歳。一番下はまだ10歳です。子どもが4人、西洋人の奥さんの元に残されました。
治療のために日本に赴きましたが、結果的には手術しても回復の見込みがないことから、それを断念し、先週LAに戻ってこられました。奥さんが迎えに行かれたそうです。空港には彼を昔から知る人々がお見送りに駆けつけたそうです。
最後は自宅で愛する家族や長年の仲間に看取られ、それほど痛みに苦しむこともなく逝去されたとの報を同日の午後に受けました。
私は今でも、彼と出会ったときのことを思い出します。当時浪人生だった私は、日本での大学受験を続けるべきかどうかに苦慮していました。
しかし、結果として彼の助言に従い、アメリカに残ることを決めました。
まさにそのおかげで、アメリカではそれなりに名の知れた大学にも通うことができるようになり、結婚して4人の子供にも恵まれました。
もちろん、彼一人の力でそうなったというわけではないのですが、もしも私に「恩人」と呼べる人がいるとすれば、その数人の内に間違いなく入るでしょう。
「死」の意味
当時の私は漠然と神様を信じていましたが、「死」に対する恐れから逃れることができず苦しんでいました。(幼少期からの強迫観念で、理由はよく分かりません) ここでの「死」は単に自分が死ぬということだけではなく、家族や、国や、歴史、未来、すべてが失くなる、そういうことに対する恐怖でした。言葉ではうまく言い表せませんが、これを考えると私の頭の中は一気に数万年の時間を飛び越えて、パニックに陥り塞ぎこむことが多かったのです。
高校時代に世界史でギリシャ・ローマ時代が大好きだった私は快楽主義(ここの「快楽」は一般的な快楽とは違います。また今度説明したいと思います)で知られるエピクロスの「死は存在せず」という言葉でのみ、それを少し和らげることができたくらいでした。
その死を乗り越える方法の一つは「生」への意識を強くすること、言い換えると「今を生きる」ということです。過去でも未来でもなく現在が重要です。
(もう一つは死後の世界をどう捉えるかですが、これは置いておきましょう。今はあまり議論したくありません)
彼はその人生最後のステージで、私に大きな教訓を教えてくれていました。私はそれを「最期」の授業として、全身で受け入れるようにしました。
思えば私は中学生くらいの頃から急に社会派(笑)になったのですが、そのきっかけは大好きな祖父の死でした。
しかし、当時はまだ幼くてそれは単なる感傷的なものでした。「強くなろう」そう思ったことだけを覚えています。
(その後大阪市旭区役所で行われていたアウシュビッツ展や731部隊展などに勇気をだして見学に訪れ、死の意味、人間歴史の残酷さに胸がえぐられるような思いでした)
Sさんが教えてくれたこと、それは「生き様」と同様に「死に様」でも人間に影響を与えるということができるということ。死ぬ間際、ベッドから起き上がることもできなくなっていた彼は、それでも彼の姿をひと目見ようとする人々と面会し続けました。そして、一言の愚痴も、不満もこぼさず、ただ静かにその人生を終えられたのです。
「死」は誰にも迫ってきますが、日常的にそれを感じることはあまりありません。 続きはコチラ
6 6月 2011
先日よりブログやツイッターで少しずつ触れていた緊急出版の新刊本ですが、今回は少し早めにアマゾンに上がったようなので、正式に告知いたします。
筆者にとって三作目となるこの本のタイトルは、最終的に
「検証 東日本大震災 その時ソーシャルメディアは何を伝えたか?」
となりました。
版元は前著「ソーシャルメディア革命」と同じディスカヴァー・トゥエンティワンです。
ソーシャルメディアの入門書という視点で書かれた前著は、ソーシャルメディアの魅力をいろんな観点から伝えるような「おもちゃ箱」的な内容でしたが、今回は主要テーマを、日本を襲った東日本大震災を通じてソーシャルメディアがどのような役割を果たし、どう進化を遂げたのか、に絞り込んでいます。そして、大事なことですが、この視点は海外在住邦人としての視点で描かれていて、日本人だけでなく世界の人々を対象に書かれています。(これからアジアや北米に向けても展開予定。英語版は現在著者自身が翻訳中)
気になる章構成は下記のような感じ (―以下は小見出しの一部をまとめたものです)
はじめに ~その時、僕は
第一章 地震の余波と4つのソーシャルTSUNAMI
―ソーシャルメディア間の連携
第二章 ソーシャル論争の波 ~光と影~
―ソーシャルメディアだけが伝えた事実、風評被害、マスメディアVSソーシャルメディア
特別章 証言集 ~ソーシャルメディアを通じて見た震災~ (海外在住邦人からのメッセージ)
―ソーシャルメディアジャーナリストが語る故郷復興への思い(佐藤慧氏との対談)
第三章 海外世論の波
―世界は感動し、そしてトンデモ報道も流れた
第四章 わたしが目撃した国内外の震災復興支援の波
―Jazz for Japan、米国赤十字社、Razerなど
―「アメリカでもっとも有名な日本人」神田瀧夢さんからの復興支援メッセージ
第五章 これからの日本に到来するもう一つの波
―ソーシャルデバイド、国家のICT戦略とIT復興円卓会議、「静かな革命」は起こるか?
あとがき 復興に向けて
などなど盛りだくさん。ページ数は前回よりも約2割減の268ページ、価格も下がり随分とお求め安くなりました(笑)
遠く太平洋を隔てた母国で起きた大災害。それを見て、とにかく自分にできることをやり続けた結果、それを本にまとめることを思いつき、ディスカヴァー社の干場社長に直接打診をしたのは、干場社長のブログにもある通り。
震災でソーシャルメディアの認知度が飛躍的に向上したのは、世界でも特筆すべき事態で、同時にその問題も浮き彫りにされました。AAJA(Asian American Journalists Association)というジャーナリスト団体に所属している身としても、どうしても世界にこのような内容を伝えておきたいと思いました。
緊急出版ということで、かなり限られた日数で執筆されたのですが、取材や対談などもうまく盛り込むことができました。また、表紙には(恐らくディスカヴァー社初となる)写真が使われていますが、これは被災地で母上を亡くされた若手ジャーナリスト佐藤慧(@KeiSatoJapan)氏の手によるもの。
もともとは本文内のみに用いられるはずでしたが、出版社やデザイナーの方々の評判が特によかったということで、表紙にも抜擢されました。
また、私と同じようにソーシャルメディアを通じて母国のニュースを追いかけていた、海外在住邦人の方々からの心温まるメッセージも掲載させて頂きました。(*予想していたよりアマゾン掲載が早かったので、お手伝い頂いた皆様にまだメールできていません。。。改めてメールいたしますのであとしばらくお待ちください 汗)
是非とも多くの方に手にとってみて頂きたいと思います。世界からの日本に向けたエールと熱い思いが届けば、嬉しいです。
(*今回、同書の印税の一部は日本財団らの復興支援活動に寄付します)
6月15日(一部では16日)に全国有名書店で発売予定 オンラインのご予約は下記にて!(ついでに「いいね」もよろしくどうぞ 笑)
2 6月 2011
あっという間に6月突入。
今月の中旬に出す新刊の準備のために日本に続けて二度ほど出張していた間、ブログを更新できませんでした。
プロブロガーとしては、お恥ずかしい話ですが、積もる話はまた追って更新していきます。といっても、何も書いてなかったというわけではなく、ブログが更新されていない時は違うものが書かれているんですね。というわけで、また来週あたりに告知しますが、例の緊急出版の新刊がでます。
この新刊については、ちょこっと版元のディスカヴァー・トゥエンティワン干場社長がブログでコメントされています。
今月より新たなソーシャルのプロジェクトを引き受けることになったので、その内容にも触れていきたいと思います。これまでとはまったく異業種の分野への挑戦となりますが、その分やりがいがあるというもの。いずれは、関連した本も出したいということでブログでも新シリーズを立ち上げたいと考えています。震災後の日本のあり方に関係した本なので、今月出る新刊とも関連性があります。
というわけで、また元気に再開していきますので、意力ブログを今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
15 5月 2011
ある朝、長女が机のそばにやってきたこう尋ねた。
“Do you know what Googol is?” (グーゴルって何だか知ってる?)
てっきり、グーグルのことを聞いてるのかと思ったら、違うかった。
分からないと言ったら、
“Googol is a number that has 100 zeros in it!” (グーゴルは0が100個並んだ数字なんだよ!)
へー、と思って調べてみた。最初は「不可思議」か何かのことかと思ったけど桁が合わない。
どうやら、これは英語特有の表現のようだ。
そして、何とアルクのスーパー辞書「英辞郎」のGoogleの項目にもそんな記載が!
Google【商標】
グーグル◆インターネットのサーチ・エンジン◆【語源】10の100乗という天文学的数字を意味するgoogolから。この検索エンジンを使ってインターネット上の情報を検索すると、非常にたくさんの情報が見つかる。
(引用元)
おぉ、知らんかった。てっきりグーグルはゴーグル(Goggle)からきてるんだと勝手に思ってた。
だから、ページ並んでるところに0(オー)がゼロに見立てて大量に並んでるというわけですね。
そしたら、ツイッターでお友達のAkiさんが、ドメインを最初Googolで取ろうと思ったけど、取れなかったから変えたとの説明が。
グーグルなんて単語今更英辞郎で調べないもんね。「ググる」のを「辞書った」という話でした。英語1.0言語とか異文化を学んでいくというのは、こういうのの繰り返しですね。
英語はもう学び始めてから四半世紀経つんだけど、これから娘たちにいろんなことを教わっていくんだろうなぁ。。。
30 4月 2011
あっという間に終わった日本出張。最終日はとっても慌ただしかった。まぁいつものことなんですが。
羽田便は出発が深夜の12時40分なので、その日まるまる行動できてしまいます。
LA仲間で、現在一時帰国中の杉本穂高さん(@hokatasugi) とお会いしました。
ソーシャルメディア革命を持参頂きました。ありがとうございます。
今回、お会いした方々の大半は拙著をご購入頂いてまして、3万部弱で、こんなに反響があるならミリオンとか売れてる本て、すごいんだろうな、という実感がありました。純粋に対人口で100人に1人とかが読む計算なんだから、そりゃそうですよね。頑張って売れる本を出したいものです。
お会いしたのは、その前にも立ち寄ってたブックファースト新宿店。その後一緒にブックファーストのルミネ店にも視察に行きました。
同日はソーシャルメディア革命の文中でもご紹介した「降りてゆく生き方」の上映会が世田谷でありました。目玉は主演の武田鉄矢さんらのトーク。
残念ながら帰国準備のため、私は参席できませんでしたが、杉本さんが急遽代わりに現地に赴いてくださいました。さすが映画関係者。
その後も、都内を激しく移動して、最後まで人に会ってお話。(政治家じゃないんですけども)
「好き」を仕事にする(ゴマブックス)の著者、長倉シュタッフ牧子さんからはサインを頂きました。環境関連の特定非営利活動法人 iGreenの発起人でもいらっしゃいます。筆者は僭越ながら理事を務めさせて頂いております。長倉さんはラジオ局にDJを派遣するFMバードという会社の社長さんでいらっしゃいます。ご主人は日本語が堪能なドイツ人の方で、原子力の専門家として先日週刊東洋経済にも取材されていました。写真は目黒のご自宅にて。日本での筆者のエージェント窓口は経験豊富な長倉さんにお任せするつもりでおります。
最後の最後にあったのは、元同僚の菅野雄大氏。現在はフジテレビ系列で映像撮影を担当しているとか。ハリウッドでも映画カメラマンとして活躍していたので、そのままの仕事を日本でも続けられてホントによかったですね。私の時間管理が出張中は特にひどく、あちこちでご迷惑をおかけしましたが、最後の最後もかなりマキになってしまい。。。渋谷駅ハチ公口近辺の、彼の友人のお店にて、ご挨拶だけ。少しでも、会えるのに意義がありますよね。
24 4月 2011
大阪にはコリアタウンがあるというのをご存知の方も多いと思う。
しかし、厳密に言うとコリアタウンは3箇所に別れていると聞くと、「えっ?」という方もいるのではないか。
一般的にはコリアタウンと聞くと、近鉄(あるいは地下鉄)鶴橋駅近辺の商店街を想像する方が多いかも知れない。
しかし、あれは地元の人間に言わせるとコリアタウンではなく、単に鶴橋駅前商店街である。
本当のコリアタウンは、そこから少し歩いて平野川という運河の近くまで行かないと見つけられない。これは一昔前まで、朝鮮市場と呼ばれていたところだ。
久しぶりに歩いてみたのだが、何とそこはテレビで見る新大久保さながらの韓流街として、かなりの盛り上がりを見せていた。特に、韓流ショップはすごい。
また、屋台などで屋外でも食事ができるようにもなっている。気分はすっかりソウル。ちなみに、この商店街から一本離れたところにある御幸森公演では、2002年の日韓ワールドカップ開催時に、オーロラビジョンが持ち込まれ、とんでもない数の観客で賑わったのが記憶に新しい。
最後のコリアタウンというのは今里新地と呼ばれる場所で、実は筆者の生家はこの今里新地とコリアタウンの間にあった。(現在は母はもう少し南に引っ越しているが、生家は健在)
この今里新地は新地というだけあって、昔から夜の町である。以前は超和風で華やかだったのだが、最近は韓国系の飲み屋さんや飲食店に変わっており、だいぶ廃れた感があった。夜に行ったらもう少しイメージが違うかったのかも知れないが。あまり写真を撮りたくなかったので、興味ある方はコチラのサイトなどでご確認ください。コリアタウン(御幸森)近辺はいわゆる(2世や3世以降の)在日韓国人が多いのだが、今里新地には出稼ぎでやってくる1世が多いため、やたらと韓国語が聞こえてきたり、サインがハングルだったりする。ちなみに、今里近辺の土地は以前猪飼野(いかいの)と呼ばれていたのだが、その起源は6世紀の白村江の戦いにまで遡るというから、何とも歴史のある町である。
オマケ 近鉄今里駅のホーム風景
筆者の生家からの最寄り駅。近鉄線は大阪側は難波駅から始まるのだが、この今里駅が最初の各停のみの駅。なので、ホームで待っていると通過電車ばかり見かける記憶があったのだが、やはり今回もその通りだった。
23 2月 2011
ソーシャルメディア革命のきっかけともなった、日本でソーシャルメディアが立ち上がらない10(+2)の理由というエントリーに対して、下記のようなコメントを頂いた。
最近は執筆に追われることが多くなり、まともに意見を述べるエントリーも少なくなっていたこともあるので、少し踏み込んで回答をさせて頂くことにした。
たまには感情的なエントリーもいいのかも知れない。
まずコメントの内容は下記。投稿主は佐々木裕一さんとある。
だいぶ前のエントリーに対するコメントで恐縮ですが、7にある次の部分があまりに異様だったもので、若干コメントします。
<本来は英語教育を(一時的に)捨ててでも言語としての親和性の高い韓国語や中国語を学ぶことで、もう少し国際感覚を身につければ隣国のニュースなどに興味をもつようなケースもでてくると思うし文化交流も深まるはずだが、人権の問題とも影響して日本人は隣国のアジア人に対する持ち前の人種差別意識を乗り越えようとはしていない。>
。。。<隣国のアジア人に対する持ち前の人種差別意識>?。。。文脈からして、<隣国>とは、中国と韓国のことを指すと思われますが、中国が、歴史をねつ造し反日教育をしていること、韓国も同様であること、それをご存じなんでしょうか?また、文化交流どころか、今、日本が、中国にあらゆる面で侵略されつつあることをご存じなんでしょうか?また、<人種差別意識>という表現も異様です。まず、日本人が、かれらを差別しているとしたら、それは、人種差別ではなく、<民族差別>というべきでしょうし、憎しみを植えつけられて<差別>しているのは、中国、韓国のほうです。また、<南京大虐殺>等をはじめとして、反日プロパガンダを彼らは行っています。欧米におけるそれは凄まじいものです。日本は、今、中国、韓国、そしてロシアによって、浸食されつつあります。日本は、軍事力を行使できない憲法をもっており、アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです。
以上について、どのようにお考えでしょうか?
まず、ご指摘の通り、「隣国」というのは極東諸国である中国、韓国、台湾のことを指し、北朝鮮や(国とするかどうかはさておき)香港も含まれる。(ちなみに、文脈からしなくても隣国のアジア人といったら、これくらいしかないと思うのだが、それは揚げ足取りになるからおいておく)
まず一問一答
Q. 中国が、歴史をねつ造し反日教育をしていること、韓国も同様であること、それをご存じなんでしょうか?
A. 「捏造」の定義にもよりますが、言わんとされる文脈を汲みとると、知ってます、が私の答えです。しかもそれなりに詳しく知ってます。(高校生の頃から世界史オタクと言われるくらい細かく勉強して、山川の教科書が書き込みだらけで耳なし芳一みたいになってたのは私の同級生ならみんな知ってると思います)
Q. また、文化交流どころか、今、日本が、中国にあらゆる面で侵略されつつあることをご存じなんでしょうか?
A. 「侵略」の定義にもよりますが、知ってます、が私の回答です。ただ「あらゆる面で」とは思いません。
ちなみに、2000年からPCハードウェア関連のバイヤーとして、中国や台湾の方たちとの取引を多くしまして、多い時には1年に7回中国出張してました。中国語もその時学びました。主に工場を視察してまして、マイクロソフトやロジテックといった大手メーカーのマウスやキーボードを製造している工場を視察したり取引をしたこともあります。
中国の進出を許していない業界というのも数は少ないですが存在します。そして、世界一の人口を誇る中国に侵入されているのは日本だけじゃなく、世界各地で起きている現象ですのをご存知だと思います。
Q. また、<人種差別意識>という表現も異様です。まず、日本人が、かれらを差別しているとしたら、それは、人種差別ではなく、<民族差別>というべきでしょうし、憎しみを植えつけられて<差別>しているのは、中国、韓国のほうです。
A. これは質問じゃないと思うのですが、人種差別ではなく民族差別だ、というのであれば、それは言葉のあやという問題なので、どちらでもいいと思います。
ちなみに人種差別撤廃条約では下記のように定義されているようです。
人種差別の定義を「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」と定めている。(ウィキペディア)
表現が異様というのはご自身がお考えになる点であり、私は異様だとは思いません。
そして、次の
憎しみを植えつけられて<差別>しているのは、中国、韓国のほうです。
という点についてですが、それはそうかも知れないし、そうじゃないかも知れません。そういう人がいるかも知れませんし、そうじゃない人も多くいると思います。これは日本でも同じことです。
ただ、問題は
それと、私の発言と何の関係があるのか
ということです。相手がこちらを差別しているから、こちらも差別するんですか?それとも、だからこそ「協調と対話」の道を模索するために、歩み寄りを図るんでしょうか。差別を続けたからといって、ご指摘の「中国の侵略」が止まるんでしょうか、それとも日本はそのまま乗っ取られるんでしょうか?
Q. また、<南京大虐殺>等をはじめとして、反日プロパガンダを彼らは行っています。欧米におけるそれは凄まじいものです。日本は、今、中国、韓国、そしてロシアによって、浸食されつつあります。日本は、軍事力を行使できない憲法をもっており、アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです。
A. 反日プロパガンダが存在するのはもちろん知っています。欧米におけるそれが凄まじいものかどうかは知りませんが、少なくとも私が19歳の時に渡米して以来、アメリカの地でそれらしきものに出くわしたのは、「Rape of Nanking」が出版された時くらいです。(私の勉強不足かも知れませんが、一応英語でメディアチェックしてます)
>日本は、今、中国、韓国、そしてロシアによって、浸食されつつあります。
アメリカやイギリスの影響はないんでしょうか?「侵食」の定義がよく分かりません、イデオロギー的な話をされているのであれば、明治維新以降、とっくに日本人は日本人の魂を失ってしまっているという指摘をしている識者の方はたくさんいると思いますし、それは中・韓・露以前の問題だと思います。
Q. 日本は、軍事力を行使できない憲法をもっており、アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです。
A. 懇切丁寧にご説明頂き、有り難いのですが、一応私も憲法第9条については理解していますし、日本の国民はみなそれについて学校で学んでいるはずです。
ただ、
>アメリカの力が弱まる中、力の<空白地帯>になっているのです
これは、かなり主観的な意見だと思います。言わんとされることは理解できますが、軍事力と経済力の話、そして、文化の話を一緒くたにするのは詭弁というものです。もちろん影響があるのは分かりますが、そんなことは誰でも分かることなので、もう少し理路整然とした説明をしないと反論にならないと思います。
そもそも、私は今回のコメントの趣旨が理解できませんでした。私が指摘した内容は、「相互理解のために隣国の言葉を学ぶのも重要」だということと、「英語は難しいから、韓国語や中国語を先に学んでバイリンガルとしての感覚を養うのが重要」だという点でした。むしろ、指摘された内容を通じて、私は持節の正当性を強めるにいたりました。
孫子は言いました、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず(第三篇 謀攻)」、と。
佐々木さんが指摘される内容は、これの裏返しに過ぎません。
ここで、みなさんに問うてみたいのです。
意力からの質問
あなたの周りで、日本語を話す中国系や韓国系の方々をこれまで何人くらい見ましたか?
次に
では、あなたの周りで中国語や韓国語を駆使してネイティブと対等にコミュニケーションをとっている日本人をこれまで何人くらい見ましたか?
そして最後に
では、あなたの周りで、英語を駆使して世界と対等に渡り合うコミュニケーションをとっている日本人の名前を何人挙げられますか?
私が本やブログの中で訴えている「開国論」の趣旨は上記を考えてもらえれば一目瞭然です。結果はみなさんが毎日新聞で目にしている通りです。
原因があるから結果があるのです。
そして、私は日本のために、これを書いています。右翼とか左翼とかいうつもりはありませんが、海外在住の日本人は逆に愛国心を強めることがよく知られています。私は祖国である日本を愛していますし、日本人は世界でも最も優秀な民族の一つだという自負をもっています。しかし、それを単に主張するだけというのはただのエゴというものです。世界はそんなの相手にしません。
「顔が見えない日本人」、「出る杭は打たれるという文化をもつ日本人」 いずれも的を射た批判だと感じています。
大事なのは、日本人はいったいこれを改めるつもりがあるのか?ということです。
世界でこれだけ有名な経営者がでてくる中で、日本の経営者の何人が知られているんでしょうか?総理大臣の名前を何人のアメリカ人が覚えているでしょう?私が思うに、一般的なアメリカ人は日本の首相の名前なんて一人も言えないと思います。「世界二位の経済大国」というキャッチコピーを何十年も謳歌してきた日本は、世界的なブランドをいくつも育ててきた割には、「個人」を売りこめなかった。チームプレイに徹してきた日本は球団としての地位を高めたけれども、スター選手や監督の名前はそれほど育てることができなかった。もちろんそれが悪いなんて言ってません。私が一貫して主張してきてるのは「開国論」であり、それは単に外国勢の進出を許すだけじゃなく、対等に世界とわたり合っていく方策を練ることです。政府自体がまともな外交をできていない状況で、それを国策に頼るのは大きな間違いです。(だいたい毎年首相が変わる国でまともな外交政策なんて練れるわけないでしょう)
国民一人ひとりの意識変革がそれをもたらします。だから、今フェイスブックがもたらした「実名制の壁」論争が非常に重要だと思い、それに対する意識を喚起しているのです。(私自身は自分の見てくれがいいと思ってるから顔出ししてるわけでもなく、まったく正反対です。本当は人前で話すのすら抵抗が大きいのですが、それを自身に対するチャレンジだと捉えています)
もう一つ言っておくと、日本は「世界平和」に対してもっと真摯に取り組むべきです。自分たちの生活が豊かで平和だからといって、そうじゃない他人に対する意識をもたないでいると、いつか大きなしっぺ返しを喰らいます。戦後の焼け野原で生活した私たちの親戚や、水呑百姓として暮らしてきた我々の先祖を思い出す時、感謝の念が湧いてきます。ペイ・フォワードという言葉がありますが、今を生きる私たちはそれを未来の子孫に託すという重要なミッションがあります。
やれ、政治が不安定だ、不況だということで、それをおろそかにしていると大きなツケを払うことになります。「ゆとり教育」という大失敗のために、何百万人という子弟に影響がでましたし、ひいては国際競争力の低下につなげてしまいました。しかし、それを国のせいにして終わるのはお粗末というものです。何故なら教育の根本は家庭にあるからです。私たちは子供たちに「世界平和」についての教育を施せているでしょうか?コンゴでは600万人というような規模での虐殺が続いています。それを「対岸の火事」だからといって放置していると、逆の立場に陥るかも知れません。(受験国語で頻出した、「権利の上に眠る者」という丸山眞男氏の言葉が今でも耳について離れません)
今インターネットがもたらしているソーシャルメディアの革命の意義は、ちっぽけなものではなく、新しいグローバル規模での「基本的人権の尊重」についての意識です。世界は間違いなく、そちらの方向に向かっています。
私は幸せを維持するために、重要な要素がいくつかあると思っています。一つは、それに感謝すること。そして、もう一つはそれをシェアすること。
シェアすることの発展形は、「自分の幸せを削る」ことだと思っています。どういうことかというと、幸せじゃない人のことを考えて、祈ったり、手助けをしてあげたりすることです。私は過去2年間ほど、ビジネスでとんでもない苦労をしてきまして、周囲の方の多大なサポートにより、立ち直ろうという段階にあります。
「他人の情けが身に染みる」という言葉がありますが、この意味を本当に理解することができるようになったのは、つい最近のことです。経済的なことですらそうなのですから、生命の危険に脅かされている人たちが抱えている悩みや困難というのは想像を絶するものがあります。コンゴでは、システム的なレイプが繰り返され、見せしめのために親が子供をレイプさせらりたり、女の子たちは穴の中に閉じ込められ、性的な苦役を日常的に強いられるわけです。男性はみな鉱山で採掘の強制労働をさせられます。「強制労働」と「慰安婦」、どこかで聞いた話じゃないですか?
今日本が、本当に意味で彼らと「つながり」をもつことができれば、それは本当に感謝されると思いますし、きっと、それはまた日本に返ってきます。
私は日本の歴史についても学びました。そして、隣国との様々な問題があるのも理解しています。捏造という問題もありますし、一方的にどちらかの肩をもつというのも難しいことがあるのはよく分かっています。しかし、数百時間を費やした世界史の勉強の中で私が学んだことはたった一つです。
それは
「人類は同じ過ちを繰り返してはいけない」
ということです。その為以外に歴史を学ぶというのは歴史や先人、犠牲者達を冒涜する行為だと考えています。
選挙権について軽んじる若者がいたら、私はいつも古代ギリシアの話をします。なぜアテネでは男性にしか参政権が無かったのか、それは女性を蔑視していたからではなく、男性だけが従軍したからです。つまり投票権は命がけで得るものだったのです。一票はまさに人の生命の重さだったのです。
平和な世界を望まないものがいるとしたら、私は徹底的に戦おうと思います。「必要悪」という概念を主張する人がいますが、それにも合意できません。
クラスのみんなが楽しい人生を過ごせるように、誰か一人がいじめられっ子の役割を果たさないといけない、
そういうことですよ?
私は7歳の頃両親が離婚したことがきっかけで、母の郷里であった大阪市の生野区というとんでもなくバイオレントな地域の、しかもその中でも最もガラが悪いので評判の中学校に通いました。東野圭吾さんが「あの頃ぼくらはアホでした」で語っている中学校の隣のその学校は、(少なくとも私の世代近辺では)彼の学校よりも悪いくらいでした。彼が本の中で語った内容は、全て私にとっての現実です。
例えば、体育のサッカーの授業で負けると、運動神経の悪い太った男の子たち、優等生たちが教室の後ろに並べられて、謝罪させられ、ぶん殴られます。
先輩がでてきて、後輩の中でも番長クラスの連中を呼び出しては、机や椅子を投げてボコボコにして、忠誠を誓わせます。
そんな環境で育つと、子供たちは強くなると同時に「平和」や「秩序」を求めるようになるのです。私たちの中学校では「弱肉強食」がルールでした。弱さイコール存在感の無さであり、発言権の無さです。「必要悪」を主張するなら、一度そういう環境に身を置いてみてください。あるいは自分の子供がその中で「いじめられっ子の役割」を演じるとしたら、どう思いますか?
もっというと、この生野区という町は在日韓国人が日本一多い町です。実に区の人口の25%以上が在日の方たちです。だから、「隣国」というのは私に取っては現実以外の何者でもありません。さらにいうと、上記で同級生をボコボコにしていた大半は在日の同級生でした。そんな体験をした私が「隣国」の文化を理解しようと言ってるのは、まともに文化を理解していない知識人がいうのと訳が違うと思ってください。それでも私は大学時代に韓国語を勉強したことで、理解を文化し、彼らの中の良い部分、言動の原因のような部分についても理解を深めることができました。(もちろん暴力はよくないことです) 私は彼らについての「違い」を理解できているつもりですが、「差別」するつもりは毛頭ありません。差別をしたらされるんです。(同じく地元の大先輩の梁石日先生の作品でも読んでください) Playing for Changeが世界を音楽でつなぐという時、そこには人種や民族の間の線引きなんてないんです。あったら、それは騙しです。
では、中国はどうでしょうか?
そんな中学校に通っていた立入少年は中学三年生の時に隣の旭区の区役所で行われた「731部隊展」に行って、人生が変わる程の衝撃を受けました。
実はその前年、やはり同じ場所で行われた「アウシュヴィッツ展」に行って、人生が変わる体験をした彼は、「悪魔の飽食(森村誠一)」などの話をしっていながらも、半ば責任感として731部隊展にいきました。自分の先祖たちがどういうことをしたのかを知っておこうと思ったからです。(ちなみに彼の父方の祖父は太平洋戦争に従軍しており、母方の祖父は醤油を本当に飲んで兵役を忌避していました。彼は父方の祖父とは面識がないですが、母方の祖父は大好きでした)
捏造については、浪人時代に通っていた河合塾の(「世界史講義の実況中継」で知られる)青木裕司先生についても授業で聞きました。(彼は私の知る限り日本一の歴史の先生だ)例えば日本兵らしき兵隊が刀をもっている写真で、握り方がおかしいとか、生首の写真が、実は同じ中国の馬賊によって殺された人たちのものだった、とか云々。
しかし、そんなことのずっと前に私は731部隊展で、実際に731部隊展、あるいはその周辺で活動していた元兵隊さん(もちろん日本人)の涙ながらの証言に心を打たれたのを生涯忘れられないのです。
例えばこういうものです。
「ある日、部隊がとある村を通りがかったら、民家から女性がでてきて、泣いて頼みごとをしてくる。それはどういうことかといえば、頼むから旦那の死体を下ろさせてくれ、というものだった。部屋の中に入ったら、旦那の首吊り死体が居間の真ん中にかかっており、とんでもなく腐乱していた。そして、そこには張り紙があり、「無断で下ろしたら一族郎党皆殺しにする」というものだった。」
こんな話を涙ながらにした、この元兵隊さんは何度も繰り返しました。「私だって、こんな話をしたくないんです。できたら黙ってそのまま棺桶まで持っていきたいんです。だけど、歴史を繰り返さないために恥をしのんで、こうやって話して回ってるんです」、と。
彼は罪滅ぼしのために日本中をそうやって講演して回っていたのです。
人類は歴史を通じて、数多くの戦争を繰り返してきました。私に取って、その瞬間から、戦争というのはただの言葉じゃなくなりました。犠牲者の一人ひとりの背後には家族や愛する者がいたわけです。また、戦争という極限の状態の中では、どうしようもないことだって起こりえます。
私は最近四人の娘たちが大きくなるにつれて、自問自答することがあります。
「もしも家族を守るために、誰かを殺さなければいけないとしたら、どうするか?」
もちろん、極限の状態の話です。
そして、答えは残念ながら、きっと命がけでも守ろうとするだろう、ということです。
後は、ひたすらそういう状況が眼の前で起こらないように、祈って、あらゆる手段を使って回避するしかありません。
そういうことを考えながら、コンゴやアフリカ、中東について思いを馳せると、重みが全然変わってきます。彼らに取っては眼の前にある現実がそうなのですから。
フラット化した世界、世界はつながっている、本当にそうなんでしょうか?インフラや貨幣が流通するのではなく、人間としての根本的な部分、つまり「気持ち」が通じなければそんなもの意味ありません。
だから私たちは本気で「世界平和」や「人権」といった概念について取り組まなければなりません。それは宗教的な理念でも、偏った理念でもないのです。
それは人類としての責任だからです。もちろん環境についても同じことです。環境問題はその字のごとく、本気で解決しようと思えば国境を超えた合意が成されなければならない分野だからです。自分だけがよいという考えでは先に進みません。
こういうビッグワードには対応できないが、「コミュニケーション」や「フレンド」、「リレーションシップ」なら対応できるというのなら、それでいいでしょう、「いいね!」や「ツイート」でしかそれを理解できないなら、そこから始めましょう。(でも他の国々では子どもですら人権について学んでいることを忘れないでください。何でもカタカナにしたらいいってもんじゃありません)
日本人が国際競争力を失った、ということを話す人は多いです。しかし、「日本人は世界平和に対して意識をもっていない」と日本人に語りかけてくれる人はそういません。海外の人はそれほど日本に対する理解ができていないし、分かっている人は言ってもあまり意味がないと思っているかも知れません。
愛とか平和とかを語るのは宗教だけだと思っているとしたら、それこそ大きな偏見です。(日本人の宗教嫌いについては、またチャンスがあれば触れたいと思いますが、世界第一の経済大国であるアメリカの建国背景と理念が純粋に宗教的なものであることを忘れないでください)
ネットで、匿名をいい事にいろんなことを言う人がいます。もちろん言論の自由は保障された人権ですので、それはいいことです。
しかし、肝心の部分から目を背けて知ったかぶりをする癖をつけてはいけません。日本が世界から取り残されつつあるのは、日本が世界のことを気にかけていないからです。これまで内需があるのをいいことに、自分たちのことばかり考えてきたからです。(もちろん、全員ではありません)
一方、近隣諸国は日本のことを羨ましく思いつつも、自分たちの生き残りの道を世界戦略に託しました。台湾や韓国が成功したのは徹底的に努力したからです。どれだけの台湾人や韓国人が日本語を流暢に話すでしょうか、ものすごい数です。アフリカ人に中国に対するイメージを聞いてみてください。驚くほどポジティブなコメントをする人が多いのです。彼らは「中国がアフリカを侵略している」と取っているでしょうか?それとも、何世紀にも渡ってさんざん略奪され続けてきたアフリカ大陸の救世主だと捉えているでしょうか。JICAやODAを通じて、献身的な努力をしてきた日本との違いは何だったのでしょうか?(私はエチオピアにいた時にJICAの方々の献身的な苦労や天然痘の撲滅に協力したPEACE CORPSのボランティアの話を聞いて、感動しました)
日本はアジアにとって、ヒーローでした。あんなちっぽけな島国なのに戦争をしては中国やロシア、アメリカという世界の大国に勝負を挑み、時には勝利を収めました。そして、世界で唯一原爆を、しかも二度も落とされ、焼け野原のボコボコの状況に成りながら、世界第二位の経済大国に上り詰めるという飛んでもないウルトラCをやってのけたのです。これは本当にすごいことであり、私たちの世代の多くはこれに一切貢献していません。
疎開や闇市といった、昔の話を母がよくしてくれました。戦後ロシアから還ってきた人々は、ほぼ例外なく、口を閉ざしたままです。想像を絶する経験をしてきたからです。もしかしたらアメリカのベトナム・シンドロームなんて比べ物にならない体験をしてきたのでしょう。
フェイスブックだ、ツイッターだ、と騒げる日本はどれだけ平和な国なのでしょう。もう一度よく考えてみてください。
日本は、世界一かも知れない、そのネットインフラにのっかったソーシャルメディアを通じて、これから何を世界に発信していきたいんでしょうか?
世界でも賞賛される民族性をもった日本人、平和憲法をもった日本人だからこそ起こせる「革命」があるのだと私は信じています。
しかし、それは外的な方向に向かうのではなく、各自の内面に向けられていくべきだと思います。その変革が日本の未来を支える日本人の心に起こらない限り、きっと数十年後の国際社会で日本の立場はないことでしょう。しかし、それでも私は日本を愛し、誇りに思うことでしょう。
だけど、そうじゃない日本の未来を信じて、私はメッセージの発信を続けます。それが「インフルエンサー」だと思っています。
私のブログの読者のみなさんに敬意を表して、そしてこの発言の場を与えてくださったことに感謝しつつ。
立入勝義 拝
24 1月 2011
スラッシュドットでこんなエントリーを見つけた。
長野県の近藤茂氏の計算した 5 兆桁の円周率が、「最も正確な円周率」としてギネス世界記録に認定された (The Mainichi Daily News の記事、YOMIURI ONLINE の記事より) 。
この記録は、QEMU や FFMPEG の開発者として知られる Fabrice Bellard 氏が 2009 年末に達成した従来の世界記録、約 2.7 兆桁を大きく上回るものだ。近藤氏は昨年 8 月、90 日かけて計算を完了し、ギネス世界記録に申請していた。記録は 1 月 13 日付で認定されたが、「返信の封筒が薄かったので、申請は却下されたのではないかと心配した」とのこと。認定証は計算に使用したプログラムを作成した米国の大学院生 Alexander Yee 氏との連名になっている。
次の目標は 10 兆桁の円周率を計算することで、大きなトラブルがなければ 7 月にも達成できるだろうということだ。
数学のことはよく分からないし、何をもっていったい誰が「最も正確な」円周率なるものを認めるのか、そしてそれをギネスが何を根拠に認定しているのかはよく分からない。。。だが、
おめでとうございます!近藤さん、あなたはスゴイ!
意力は世界で認められる日本人を応援します。
フェイスブックやツイッターだけじゃない、ソーシャルメディアの今と未来について知りたい方はこちらをどうぞ。
あなたの周りの「プロ」は実は本当のソーシャルメディアを知らない、かも…
20 1月 2011
いよいよ電子版の無料キャンペーンもあと数時間で終わり、早いところでは書店の店頭に本が並び始めているらしい。
画像はフォロワーの方によって撮影されたもの。アマゾンのベストセラーになっている「フェイスブック 若き天才の野望」の真下にたくさん並んでいる。撮影場所は新宿紀伊国屋書店1Fということだから、とても有難い。
じわじわ上がっているアマゾンのランキングも気になるが、やはり気になるのは何といっても店頭の初動。
この週末に一体どれだけの人が手にとって、自分の本を購入してくれるのだろう。前回の著作の時ももちろん気になったが、今回は時流に乗っている本なだけに、その動きが気になる。
今回の版元であるディスカヴァー・トゥエンティワン社は今最も波に乗っている勢いのある出版社の一つ。今回の企画を実現してくださった干場社長自らが、USTの1時間番組「たくひろナイト」に登場して本書を宣伝してくださるなど、私のような新人の草の根ブロガーを積極的に支援してくださる姿勢が本当に嬉しい。きっかけは、一本(あるいは二本)のブログエントリー、そして、ツイッターの接点、DM。そこからあれよあれよという間に出版にまで結びつき、一流書店に並ぶ。
ここまでわずかに3ヶ月半(最初に干場社長にDMを頂いたのは10月4日)、これはまさに驚異的なことであり、私にとっては「ソーシャルメディア革命」が起きていることの動かぬ事実である。また、同社は本書のタイトルにふさわしいソーシャルマーケティング手法をいろいろ提案して実践してくれている。これも、すごいことだ。
「個」を中心としたソーシャルメディアの時代には何よりも「目利き」の力が必要とされる。そしてそこには迅速な行動力が伴わなければならない。これにより、「持てる」ならぬ「もってる」者と「もってない」者との格差がどんどん開くことになっていく。しかし、それは天性のものというよりは、日々の努力の中で培われるものである。(失敗や挫折を経験していない成功者なんてほとんどいないのだ)
その一つがツイッターでのハッシュタグ(#d21social)を使った書評、そして著者と読者のふれあいの場構築である。もちろん著者にとっては、自分の本がどういう方に読まれていて、どんな印象を与えたのかは非常に気になるところだ。しかし、「革命」以前ではなかなかそういうダイレクトなコミュニケーションの場がなかった。もちろん、(特に作家のような言葉に敏感なものであればあるほど)直接耳に痛い声を聞くというのは、時には筆舌に尽くしがたい経験となることがある。逆に、感謝の言葉をもらったら、それだけで生きる励みになり、執筆の苦労も吹き飛ぶというものだ。
今回はBUSHIDOUさんという方がブログ「せのび道」で公開してくださった書評をご紹介したい。私自身も、今回まだ実際の本は手にとって見ていないものの、電子版を一通り読んでみて、客観的に得た感想に近いものがある。また、これはベテランでも人気作家でもない私のような駆け出しの作家が、ソーシャルメディアという途方もない時代の流れを紹介するにあたって、限られた選択肢の中の最適なアプローチの一つだったと考えている。
書評に入る前にソーシャルメディアについて語られている冒頭の部分が下記なのだが、これがまさに我が意を得たり、というところである。
映画も公開中で話題のSNS、「Facebook」や動画投稿サイト、 Twitter、ブログ、ゲームサイトなど、わたしたちみんなが表現したり、参加できるソーシャルメディアが、これからの時代を動かしていくことは、もう誰も否定できないと思います。しかし、どんな未来が理想で、私たちはどう関わればいいのかを思いめぐらすことなく、漠然と流されているままの方も多いでしょう。
流されているままでは、自分の仕事も生活も、突然現れる波に飲み込まれてしまいそうです。もっと主体的にソーシャルメディアに関わっていくために、情報を一度整理してみませんか?
フェイスブックもいい、ツイッターもいい、YouTubeにはだいぶ慣れた。しかし、これらはあくまでもツールであり、各論に入る前にまずはソーシャルメディアの全体像についての理解を深めたい、そう考える方は多いのではないだろうか。現時点では、ソーシャルメディア論に関する本は、実はそれほど多くない。その中で、この「ソーシャルメディア革命」は日本よりもはるかに進んでいる北米の事情を中心に、今日本を襲いつつある「ソーシャル」の波がどういう影響を与えていくのか、そしてそれに乗るためにはどういう態度が必要なのか、について私なりの見解を述べさせていただいたつもりだ。
私は、早速、ソーシャルメディアの最先端から未来予想まで描かれる『ソーシャルメディア革命』(キャンペーン用電子版)を読んでみました。本書を読むと、新しい知識をどんどん吸収しながら、私たちがつくるメディアの全体図、未来図が描けてきます。それはまるで、ソーシャルメディア社会への航海図を手に入れたような気分でした。
「ソーシャルの波」という副題にかかっているだけに、「航海図」という言葉が心に残る。航海図と羅針盤なき航海は、あなたが目標へとたどり着くのをむしろ遠ざけてしまうかも分からない。
☆ 北米在住の日本人ブロガー作家の視点に学ぶ、脱ガラパゴス的発想
私にとって特に印象的だったのは、以下の3点です。
・ あらゆる読み手の立場に立った文章で、具体例が多く、内容も読み応えがある。
・ 今後の社会を予測するのに役立つ、ワクワクするような事例が盛りだくさん。
・ ソーシャルメディアでリーダーシップをとるための必要条件について、非常に有意義な考察がされている。
とても有難いコメントである。これに続く部分で、「英語力」とソーシャルメディアの関係についても言及されているのも嬉しいところだ。(詳細はぜひエントリーをご覧下さい)
自身が伝えようとしたことが、読者にうまく伝わっているのを感じる時、作家の喜びは至上のものとなる。これは、草の根ブロガーだって同じことだ。
革命はいよいよ幕を開けた。
フェイスブックやツイッターだけじゃない、ソーシャルメディアの今と未来について知りたい方はこちらをどうぞ。
あなたの周りの「プロ」は実は本当のソーシャルメディアを知らないかも…
<関連エントリー>
ソーシャルメディア革命 (2010年10月4日)
日本でソーシャルメディアが立ち上がらない10(+2)の理由 (2010年10月4日)
1 1月 2011
新年明けましておめでとうございます。
意力ブログもおかげさまで、2周年を迎えました。
電子出版事業についてのPRを兼ねて、ソーシャルメディアに着手したのがきっかけで、ブログを執筆することの楽しみを知りました。(小学校の時から日記をつけるのは一番苦手なことの類だったのですが)
2年前は「電子出版!?」みたいな雰囲気だったのも、昨年で大きく変わり、まさに「電子出版元年」と呼ぶに相応しい盛り上がりが日本でも見られました。
おかげさまで、ブログでのエントリーを元にした『電子出版の未来図』(PHP新書)も上梓することができ、感無量です。売上の方も、私のような新人作家が出した本にしては、良い反応を頂いておりまして、素晴らしい書評もいくつか頂戴いたしました。
新年は1月中旬に早速 『ソーシャルメディア革命 「ソーシャル」の波が「マス」を呑み込む日』 という本を上梓する予定です。ブームを煽る、というつもりもないのですが、どんどん勢いをつけているツイッターに加え、フェイスブックが日本でも勢いを増していくことが予想され、「オープン」か「クローズド」かという議論も含め、今後の日本におけるソーシャルメディアのあり方を問われるような状況が続くと思います。まさに本年は「ソーシャルメディア元年」となることを予想しています。そして、その元年が、いわゆる「大手偏向」で終わるのではなくして、一般大衆に広く支持されて、マスメディアをも凌駕するような力をもっていく、そんな存在になっていくことに期待しています。
私自身も、一人の草の根ブロガーとして、ソーシャルメディアの盛り上がりに貢献していきたいと考えています。有り難いことに、その後の著作についてもいくつかご提案を頂いたり、出版化が決定したりしています。(追ってまた当ブログにてご連絡させて頂きます)
また、新年は新たに、日本の若者(16~22歳を対象とする予定)に元気を与えていくことのできるようなセミナーも開催していきたいと考えています。日本の未来を憂うパワフルな仲間と共に、日本の活性化、国際競争力の向上といった点にも、できるだけのことをしていきたいと考えています。
本年も意力ブログともども、どうぞよろしくお願いいたします。
立入 勝義 拝