Archive for the 「 メッセージ 」 Category

祝 なでしこジャパン大勝利!

日本女子サッカーチームが見事やってくれました!

なでしこ世界一=PK戦、米国倒し偉業-沢MVP、得点王・サッカー女子W杯

なんともめでたいですね。これまで世界最強の名を欲しいままにしていたアメリカチーム、今回は相当へこんでいることでしょう。
後半最後の方からの観戦になってしまいましたが、延長で追いついた時はすごい底力を感じましたね。

NY Timesにも早速取り上げられてました。
Japan Battles Back to Win Women’s World Cup – NYTimes.com

おめでとう、なでしこジャパン! ! 今日の日本は貴女たちのニュースでもちきりです ^^
震災から暗いニュースが多かった日本に、なんとも華やかな吉報が届いてよかったですね。

ここ数日、ツイッターでウィキメディアあるいはウィキペディア(あるいはWikiwikiWeb)のコミュニティの方々とやり取りしていたのをご覧になられたことも多いかも知れない。
(今回は恐らく初めて、自分のTogetterトピまで立ち上がったくらいで、何となく有名人な気分 笑)

私は物書き、ソーシャルメディアの専門家の見地から、自身が高く評価するウィキペディア、あるいはウィキメディア財団の全プロジェクトに対して、その日本版でも末永く繁栄して欲しいと心から願っている。しかし、そのためには「ウィキペディアは誰のものか?」という議論を継続してしていかなくてはならない。
私の回答はとっくに決まっている。それは「ウィキペディアは未来の人類のために」である。そこで、また環境学の大命題「持続可能な発展」がでてくるわけである。このSustainable Development というコンセプトは、例えば企業にとっても、あるいは一家の家計にとっても(その点では往年の名フレーズ「明るい家族計画」というのがあるが 笑)重要なことだ。
では、この持続を可能にするためには何を考えればいいのか、それがスタート地点だ。そして、そのために私が自身の経歴やスキルなどを通じてできることというのは大きく分けて二通り、それは1 インサイダーとしての活動 (ウィキペディアを編集したり、翻訳チームなどのプロジェクトに入り貢献していくこと)、そして2 外部の専門家としての活動(ウィキペディアンの憂鬱のような作品を書いたり、セミナーなどで直接ユーザーや企業に対してウィキペディアの存在意義と抱える課題などについて解説と啓蒙を試みること)である。
ウィキペディアが未来に向かって生き延びていくためには、ユーザーの底辺からの底上げが必要だと考えている。層をもっと厚くしていかないと、管理者の数もどんどん減っていくだろう。(1万人とも言われるアクティブな編集者の数はそう大きく減らないだろうが)

この点で、やはりウィキペディアを直接編集している方々、特に管理人の皆さんと直接的な対話をしていくことは必要不可欠であると考えた。また私としても、自身の執筆活動に関してコミュニティの皆さんに間違った理解をして頂くことは望んでいない。適切な批判や建設的な意見があれば、それらをどんどん自身の視点に取り込んでいき、いいものにしていきたいと思っている。それらのコメントが私の考える上記の「持続可能な発展」にマッチする限り、である。

しかし実は日本のウィキペディアンの方々は多くが匿名で活動をされており、身分を明かされていない方がほとんどだ。(ちなみに、私も自身のウィキペディアンIDは公開はしていない ご存知の方はご存知だが、敢えて公開というスタンスは取っていないのでご理解頂きたい) そんな中でも数少ない団体の中に「関西ウィキメディアユーザー会」という有志の団体がある。今回は、ツイッターでのやり取りがきっかけになり、この会の方々にお会いするために京都で開催されたオープンソース系のコンファレンスOSC(今回の正式名称はオープンソースカンファレンス2011 Kansai@Kyoto)を訪れてみた。大阪から京都に一人で移動したのは久しぶりだ。
(ちなみに旅のお供はもちろん東野圭吾だ、仮面山荘殺人事件を読んでいたが往路だけで読み終わってしまった)

会場の風景
会場の風景
ワードプレスのブースには、先日Weekly CMSでプレゼンをされてたユリコさんの姿が。

そもそもオープンソースのコンセプトはアメリカの特に理系の間ではかなり成熟してきているが、一般的な文系人間にはなかなか理解するのが難しい。ウィキペディアはMozillaのようなオープンソース系のプロジェクトと比べると仕組みがやや異なるが、ウィキペディアレボリューションを読むと、オープンソース系のプロジェクトはインターネットの成熟過程で必然性をもって生まれてきたような感がある。この点で、このようなオープンソース系のコンファレンスがオープンソースそのものの普及と啓蒙に努めるというのは、ウィキメディアのコミュニティにとっても間違いなくプラスであろう。
(ということで、ようやくなぜウィキメディアユーザー会がこちらに出展されているのかを理解できた次第。会場には若い学生なんかのウィキプロジェクト信奉者がたくさん詰めかけて、バッジをもらったり質問をしたりしていた。コマンドのチートシートが大人気だったのはさすが)

関西ウィキメディアユーザー会のブース
関西ウィキメディアユーザー会のブース
テーブルの上にはウィキペディア10周年記念のバッジやスティッカーが。

会場では関西ウィキメディアユーザー会のメンバーの方数人と歓談することができ、非常に有意義なディスカッションの場がもてたと思っている。
会合は二日(金・土)で行われたが、二日目は仕事の都合で参加できなかったのだが、代わりに後日梅田で三人のコミュニティメンバーの方々と茶話会の場を設定頂き、そこでもいろいろディープなお話をお伺いすることができた。「憂鬱」に対して、その必要意義を再認識すると同時に、アプローチの手法についてはもう少し練りこんだほうがいいような気がし始めた次第である。みなさんどうもありがとうございました!

いよいよLOHAS TALKも最終日。ソトコト編集長の小黒一三さんとの掛け合いも今晩が最後。小黒さんは本当にトークが巧みで、本質的な質問を鋭く尋ねてくるので気が抜けなかった。(人物的にはとてもフレンドリーな方だが)

小黒氏との記念撮影

最終日の話題は環境ソーシャルメディア。ここではうまく説明できなかったが、iGreenが目指す環境ソーシャルメディアの世界というのは単に自然に関する画像を提供したり、コメントを共有するというものではなくて、地域性やマイノリティの視点などに根ざした多様な意見を広く世に広めていくためのプラットフォーム。

私が大学で学んだ環境学の二大キーワードといえば「持続可能な発展 (Sustainable Development)」と「多様性」の尊重。
「個」の発言が取り上げられ、その情報発信が増幅されて一瞬で世界に伝播していくプラットフォームであるソーシャルメディアと多様性を重んじる環境問題の親和性は非常に高い。

(*尚、この5日分の放送はポッドキャストで聴くことができます。リンクはコチラ

第四夜

今晩の話題は電子出版。先日当ブログでも紹介したように、アメリカのキンドルストアではすでに独立系著者もミリオンセラーを出す時代。世界的ベストセラーハリーポッターシリーズの著者であるJK ローリングも自前で電子出版をするという噂が流れるような昨今、誰かが業界を牽引していく必要があるのは言うまでもない。理由は単純、耳目が集まり、みんなが「儲かる」と思うからである。何事もムード、気運が大切である。私は今後、地域的な情報や少数意見などが積極的に配信される環境ソーシャルメディアやネット選挙が実現していく世界を予見している。その可能性は人をとてもワクワクさせるものである。

市場としても、無名の人物や作家を軽視したり無視したりせず、自己の感性で新人作家やコンテンツをどんどん発掘していくべきである。今や日本を代表するベストセラー作家である東野圭吾ですら、デビューしてからの10年は鳴かず飛ばずだったのだ。そして、当時発表した作品は多くの文学賞で落選したにもかかわらず、今ではそのほとんどが大大ベストセラーである。(しかし、筆者自ら「絶対的に自信のあった」(たぶん最後の御挨拶)と評した「変身」が直木賞の候補にすらならなかったのはどうしてだろう。。。私もあれが東野作品の最高峰だと思っている。読んでいないかたはぜひご一読を。自信をもって勧める一冊です)

拙著 「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」でも復興に向けた熱いメッセージを下さった神田瀧夢さんは、LAから日本に活動の比重を移し、活躍されている。そんな瀧夢さんが日本で朝の情報番組のレギュラーを務められているということはだいぶ前から知っていたのだが、いつもは短期出張でスケジュールが詰まっていたりするため、なかなか朝の情報番組を見る時間が取れずにいた。(最大の原因は東京のチャンネルに慣れていないということなのだが) しかも、チャンスは水曜日の朝で、一週間に一度しか無い。。。

朝の情報番組 モーニングバード
毎朝8時 テレビ朝日系にて! (って私が説明しなくても皆さんよくご存知のはずですね 笑)

レギュラー陣 水曜日の顔に!
レギュラー陣のところに、しっかり出てます。瀧夢さん、カッコイイ~!

しかし、今回は大阪の実家にいて、毎朝早くに仕事に出かけていく母と一緒に朝食を取る習慣ができているため、無事にチェックすることができた!
おぉ~ すごい。レギュラーで出ている。しかも、蝶ネクタイしたりして。 コメントも海外在住の日本人ならではの視点から提示されているようで、日本のグローバル化にも一役買っていらっしゃる様子。これからできるだけチェックしてみようと思ったのであった。何せ彼は私の親しい知り合いの中では唯一私が大好きなマット・デーモンと共演した人物である。そんな日本人自体がそもそもそんなにいない。

これからもどんどん頑張っていただきたい。私も頑張ります ^ ^

意力は世界の舞台で活躍する熱き大阪人を応援します!(笑)

LOHAS3

いよいよLOHAS TALKも第三夜。今回は最初の著作「電子出版の未来図」についても有り難いコメントを頂けたのが嬉しかった。タイトルは元のままのほうがよかったとか言われましたが、こちらはやはり出版社が最終的に決めるので、ノーコメントで(笑)

本日は少しゆったりとしたスケジュールで、9月発売の某雑誌への寄稿を書いたり、新刊の構想を練ってみたり。
そして、また大阪へ移動するのであった。。。

明日もLOHAS TALKは午後8時40~50分の間でオンエア!

LOHAS TALK 第二夜
少しずつ慣れてきてはいるものの、まだまだ緊張感たっぷり。収録中はいろいろアドバイスも頂いた。
新刊の話からソーシャルメディアそのものの話、そして電子出版にも話は進んでいく。

東日本大震災、第一報はマスメディア。UstreamでのNHKの中継は全世界で見られていたそうです。この中継を行っていたのは、実は中学2年生の男の子。自主的にテレビの画面を撮影してUstreamで放送をしていたそうです。これをきっかけに、NHKは公式のサービスをスタート!このことは海外メディアでも大きく取り上げられたんですって。大人だと著作権の問題などで躊躇してしまうことも、子供だからこそ出来た、素敵なニュースです。

先週の火曜日にはJAM THE WORLDの15MINUTESというコーナーで津田大介さんと生対談をさせて頂いたことはお伝えしたが、今週もJ-Waveに出演中です。
今週は同じJAM THE WORLDという番組の中のLOHAS TALKというコーナー。
ホストはロハスをテーマにした雑誌ソトコトの名物編集長 小黒一三さんです。

lohas talk 1st

奇しくもこの日は東日本大震災から4ヶ月。新刊である「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」を中心に話をさせて頂きました。
小黒さんは元ブルータスの編集長もされていたということで、出版業界にも詳しく、またアフリカのケニアで観光事業もされているというかなりユニークな経歴をもつ方で、すばらしいトーク力をお持ちです。一方の私はといえば、この収録は日本のラジオ局では最初(LAでも一度現地ローカルのラジオ番組に出たことがある)だったということで、緊張しっぱなしだった。なので聞いて頂ければ分かるのだが、話すスピードが全然落ちていない。(あれでも意識してゆっくり話していたつもりだったのだが)あと、やたらと間投詞 (あのぉとか)が多いのは自分で聞いていても何とも情けない。やはり訓練が必要なようだ。セミナーでのトークはだいぶ慣れてきたつもりなのだが、ラジオのトークでは言いたいことを簡潔によどみなく発言しなければならない。これを意識していれば普段の会話の質も上がりそうなものである。

本日から5夜連続、どうぞお楽しみください。関東圏の方はラジオがなくてもJ-WaveのサイトやiPhoneのアプリ(Radiko)から聴くことができる。

週末にブックフェアにEBook2.0フォーラムの鎌田氏と一緒に訪れてみた件は別のエントリーでアップするとして、会場で配られていた表記の新聞で公表されていた著者別/レーベル別ランキング を見ると東野圭吾の人気がいかに絶大なものかが分かるので、ここで紹介したいと思う。

これは紀伊国屋書店のPubLineというデータベースから抽出されたもの。PubLineは(大手二大取次のPOSデータと並び)どこの出版社もチェックしている重要な販売データで、これに特定の指数をかければ日本全体での販売部数が占えるとまで言われている。データは、紀伊国屋書店全店の2011年1~4月までのコミック文庫を含まない文庫分野の売り上げに基づくものである。(単位は部数)

上位10名はこうなっている。( )内は前年順位

1 (1) 東野圭吾 113,796
2 (3) 佐伯泰英 64,712
3 (57) 有川 浩 39,502
4 (232) 角田光代 36,283
5 (2) 司馬遼太郎 34,646
6 (10) 山崎豊子 24,916
7 (4) 海堂 尊 23,123
8(8) 伊坂幸太郎 22,771
9 (56) 桜庭一樹 22,550
10 (14) 村上春樹 21,140

ちなみに、上位10位から漏れた有名作家の中に浅田次郎(14)、宮部みゆき(15)、東川篤哉(20)、赤川次郎(32)、藤沢周平(37)などがいる。
当時といえば、おなじみ加賀恭一郎シリーズの最新作「麒麟の翼」が発売された頃で、オリコンチャートでも一位を獲得していた頃だから余計に弾みがついていたと思われる。

いかがだろうか? 我らが生野区が生んだスーパースターの東野圭吾は二年連続一位、しかも二位に倍近い差をつけてのダントツトップである。
私はもちろん、無名の存在で、東野先生とは面識もない訳だが、うちの地元出身の有名人というと芸能人や格闘家などが多い中で、梁石日や東野圭吾といったビッグな作家の大先輩(ジャンルが違うので先輩ではないだろうが)がいるのは何とも誇らしいものだ。(私のようなにわかファンが往年の東野圭吾ファンの皆さんの前で言うのも差し出がましいが)

もうそろそろこの意力ブログにも「東野圭吾」というカテゴリーをつくろうかと考えている今日この頃(笑)

この数日、ツイッター上でウィキペディアンの方々とやり取り、というか「やり合う」機会が多くあった。
私自身としては、そのような生のウィキペディアンの声を聞けて嬉しいこともある。しかし、直接声を聞いてみても、実際にウィキペディアの中を覗き込んだ時に感じるのと同じような雰囲気がある。

それは、ウィキペディアンには至極まともな方もいるが、偏狭で礼儀作法をわきまえない方も多いということ。

実世界の縮図、という人もいると思うが、そうではない。まだまだウィキペディアの世界は特殊な世界である。
実社会にはまだまだネットに触れたこともないような人たちもいるし、デジタルなんてどうでもいいアナログ人間だって数多くいる。子育てに集中している人もいれば、野菜づくりだけをしている人だって、当然毎日オンラインゲームしかしない人だっている。だが、ウィキペディアを編集するウィキペディアンたちについては、少なくともネットに触れないというような人はいないし、日本語がまともに読み書きできないような人もいない。つまりコミュニティは一般社会を代弁していない。なのに知名度だけどんどん先走っていく。それにつられて権威づけもされていく。

例えば現在60名(最近減ってる!?)いるとされている「管理者」たちはウィキペディアに精通した方々だ。五本の柱についてなど説明することすらない。(なぜ五番目がいまだに論争中かについて正しい答えを出せる人は少ないかも知れないが) しかし、75万項目を管理するというのは並大抵のことではない。日々、多くの編集合戦もあるだろうし、どこの馬の骨とも分からない人々を相手にするプレッシャーたるやとんでもないものだろう。

私が「ウィキペディアンの憂鬱」で描きたい内容というのは、このような実態である。そして、目的として、より多くの方々にウィキペディアの意義を理解してもらい、編集に参加してもらい、そしてできたら管理者の数がもっともっと増えたらいいと思っている。ウィキペディアはみんなのものであり、未来の人々のものでもある。

今回の一連の騒動は、例えば私がウィキペディアを「ウィキ」と言ったことに対して過剰な反応を示してきたり、実名で大手出版社から著作を出したり、新聞やラジオなどのマスメディアにも露出したりしているような人物であるにも関わらず「怪しい男」呼ばわりされたりと、とにもかくにも「ウィキペディアン」のイメージを悪くするものばかりだ。ウィキ廃人という言葉が昔あったが、彼らが相手のことをよくも知らずにいきなり大上段に構えて、相手をバッサリ斬り殺そうとする態度を見ると、本当に彼らはウィキペディアの哲学を私よりもよく理解しているのだろうかと訝しがってしまう。

「初心者をいじめない」とか「礼儀を忘れない」という根本的な部分が理解できているのだろうか、と。

また議論がすぐに現実を越えて机上の空論化してしまうのも悪い点だ。今回も私が(自称)書き手だと揶揄してきた例があった。
その相手は、「書き手」という定義を巡って、散々逡巡した挙句、ベストセラーがあっても著名な著者とは言えない、結局は引用(出典)数が重要な根拠。などと言い張る。
(ではその引用数とやらをどこかにまとめたデータベースがあるのか、という話だ)で、そこではネットの検索結果などには重きがおかれない。つまり、彼が言っていることは「俺がノーだからノーだ」というに過ぎない。なのに、逆にこちらに対して私が「自分を世界の中心」だと考えているなどといってくる。逆でしょうが。
一番問題なのは、数冊の著冊を出している相手に対して「自称」書き手などという暴言を吐いて噛み付いてくるところだ。そして、自身は匿名、顔出しなし。

私は2000年に日本に帰国した際にこれまで見たこともなかった「秋葉系」人間に囲まれて、苦労した経験があったが、今、そういう点でリアルのウィキペディアン(といっても、この某氏は匿名だ)とのやり取りで彼らの空気を読むのに苦労している。

ソーシャルメディアを巡っての論争の中に「オープン」と「クローズド」がある。ウィキペディアは記名性であり、編集履歴は全て残っている。
アメリカには実名のウィキペディアンも多いが、日本ではほぼ皆匿名だ。これにはいろいろ事情があるのだろう。
つまり社会的に、まだまだ彼らが実名で作業ができるような「理解」の土壌がないということも一因である。ソーシャルメディアは「個」により成り立つメディアである。個性の尊重、思想や表現の自由が守られなければ、ソーシャルメディアの発展はありえない。フェイスブックやツイッターがソーシャルメディアだと思っている人は、マーケティング的なほんの一部分しか見えていないということだ。

で、「ソーシャル」という言葉にも表れるように、人間は社会的動物であるという本質に立ち返らせてくれるメディアでもある。東京は人口が過密した世界でも有数の大都市だが、「ソーシャル」かというとそうではない。ワンルームマンションに住んでいても、隣人とコミュニケーションを取らない、あるいは誰が住んでるか知らないという人が大半だろう。日常性の壁という有名な評論で、何故蛇を人は恐れるか、ということについて述べたのは安部公房だった。蛇には足がなく、普段何をしているか全く想像できない、そういう存在が急に出てくる事に対して人間は「恐怖」を覚える。幽霊についても同じだという。そういう意味で、ウィキペディアンは怖い。得体が知れないイメージがあるし、急に噛み付いてくる!(これじゃ、そう思われても仕方ない)

言うまでもなくソーシャル(social )は社交的という意味だ。(類義語にsociable ) つまりソーシャルメディアが成り立つ前提には「個」の尊重と、それの上に成り立つ社交性というものがある。この社交性とは何かというと、それはエチケットであり、マナーである。ソーシャルメディアが熟成してくるとユーザーの間にこのマナーに対する理解が深まってくる。最近筆者はワルツ、タンゴ、スイングなどの社交ダンスを学ぶようになり、ますますその点について理解できるようになってきた。(それはまた後日)

ところで、ソーシャルメディアの代表的存在といえばウィキペディアなのである。そして、そのウィキ「ペ」コミュニティを代表しているのが、ウィキペディアンであり、管理者、ビューロクラットなどの役職者である。彼らにはその点で、言論の点で一般人に対して模範とあって欲しいと願っている。結果的には、彼らは一人ひとりがウィキペディアのセールスマンであり、彼らの人格がウィキペディアの人格、そう捉えられてしまう。彼らの多くは、ウィキペディアの五本の柱の内に「相手に敬意を払う」というルールがあるのを知っている。しかし、それはウィキペディアだけに当てはまるものなのだろうか?答えは否だ。相手に敬意を払うというのは、どこの社会にでも必要なことだ。匿名だろうが写真出してなかろうが関係ない。ソーシャルメディアが普及した背景に人権意識、個性の尊重があり、それらが草の根ジャーリズムとしてのソーシャルメディアを支えてきたというのが欧米におけるソーシャルメディアの潮流である。

ウィキペディアを「ウィキ」と略すことについてポリシーがあるのはよく知っている。Wikiというと他のシステムや、Wikiwiki ウェブのような書き込みシステムそのものと混同されるという理屈はよく分かる。しかし、ウィキペディアは誰のものだろうか?少なくとも管理者のものではないのですよ。一般人はウィキペディアに姉妹プロジェクトがあることや、Pukiwiki みたいなミニウィキがあることも知らない。本ページ以外にノート(Discussion)があるなんてことすら知らない人ばかりです。ちょっと興味が湧いてきて、親しみを込めて「ウィキ」と読んだ瞬間に「はぁ?」というレスポンスされると一般人はびびってしまいます。

ウィキペディアは2ちゃんねるではない

のです。

もちろん、(自称か他称か知りませんが)書き手の私が書くという観点では、正しい配慮が必要でしょう。しかし、私は何も他のことや議論のことを知らずに「ウィキ」と読んでるのではありません。ウォルマートのことをよく「ウォル」と呼ぶように(ウォルグリーンはウォルじゃない)、ファミリーコンピューターをファミコンと呼んだように、The Wiki = Wikipedia だということで述べているつもりです。もちろん、念のため相手が私が「ウィキペディア」のことを指しているというのが分かるコンテキストでしか使わないようにしますが。ハローキティのことを「キティちゃん」と呼ぶからといって、サンリオの人が激怒して、「ハローキティ」と呼んでください!とかいうキャンペーンをしましたか?悪貨が良貨を駆逐するのはおかしいとか言った人いましたが、何じゃそりゃ。

ウィキペディアンの皆が常識ないとは言いません。しかし、そういう方が存在するのは事実。ソーシャルメディアの世界で、実名で顔出しでコメントしている人にたいして、自分は匿名で写真も出さずに暴言吐くような態度では、お里が知れるというものです。一部の良識あるウィキペディアンの方々のイメージも損なう行為ですので、ご注意ください。

本当に「PR」や「マーケティング」をしたいのであれば、ウィキペディアが、そしてウィキペディアンがどう見られているかについて、正しく現状認識をするところから始めて頂きたいものです。もしもあなたがまとまな社会人としての行動規範をもっていないのならば、人類の英知を結集するウィキペディアの管理者(あるいは編集者)にはふさわしくないのかも知れませんよ。。。

注:ウィキ「ペ」ディア財団は単なるタイポなので、お詫びしてすべてウィキ「メ」ディア財団に訂正します。
気づいてたんだったら、コメントしてくれればいいだけの話なんですがね(苦笑) 手元の原稿では修正されていたので気づきませんでした。

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