30 11月 2011
12月1日に世界銀行東京事務所のフェイスブックページが立ち上がりますが、それを記念したパブリックセミナーが12月2日(金)の午後4時から内幸町にある富国生命ビル10Fの世界銀行東京事務所で開催され、そこにメインスピーカーとして登壇します。世銀の広報担当官としての公的な立場で講演をするのは今回が初めてですので、私自身大変思い入れのあるイベントになっています。
講演内容
「開発とソーシャルメディア」をテーマに、Sinsai.Infoという素晴らしいサービスを立ち上げて震災後に大活躍された関治之さん(Georepublic代表)、そしてJICA(国際協力機構)の広報担当の友成晋也さんという豪華な顔ぶれでソーシャルメディアと開発問題についてのプレゼン及びディスカッションが行われる予定です。友成氏は主にSOS AFRICAというアフリカ支援のプロジェクトについて語られる予定です。
お申込みはコチラより
世界銀行パブリックセミナー「開発とソーシャルメディア」
~世界銀行東京事務所フェイスブック(日本語版)立ち上げを記念して~世界銀行は日頃より開発に関する知識や知見の共有と発信に努めていますが、特に昨今普及の目覚しいソーシャルメディアの活用にも注力しています。世界銀行東京事務所ではこれまでもツイッターやEニュースによる情報発信を行って参りましたが、来年10月に世銀・IMF総会が日本で開催されることも踏まえ更なるソーシャルメディアの活用として、12月1日にフェイスブックページ(日本語版)を立ち上げることとしました。この機会に、世銀が取り組むソーシャルメディアの活用法について御案内するとともに、ソーシャルメディアの潜在力が途上国の開発に果たす役割について議論するセミナーを開催致します。ソーシャルメディアの専門家や援助機関の担当者をお招きし、具体的な事例も披露しつつ皆様の活発な意見交換の場となれば幸いです。奮ってご参加ください。
日時2011年12月2日(金)午後4時~午後6時
場所
世界銀行東京事務所・東京開発ラーニングセンター
東京都千代田区内幸町2-2-2 富国生命ビル10階
地下鉄三田線内幸町駅直結、千代田線・日比谷線・丸の内線霞ヶ関駅C3出口下車
地図 http://go.worldbank.org/6V3IDW6BV0スピーカー
立入 勝義(世界銀行東京事務所ソーシャルメディア担当官)
関 治之(Georepublic代表)
友成 晋也(国際協力機構 広報室広報課長)スピーカープロフィール
立入 勝義(世界銀行東京事務所ソーシャルメディア担当官)
2011年10月より世銀東京事務所勤務。それ以前はソーシャルメディア・プロデューサーとして個人や企業のブランディングを手がける。著書に「ソーシャルメディア革命」「検証東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」など。UCLA地理/環境学部卒関 治之(合同会社Georepublic Japan CEO / sinsai.info 総責任者)
大手ソフトハウスで金融系システムの構築などに従事後、スポーツや音楽などのコンテンツプロバイダで様々なメディア立ち上げのプロジェクトマネジメントを行う。位置情報を活用したメディア(ジオメディア)の普及を目的としたジオメディアサミットの主催者。東日本大震災後、復興支援プラットフォームサイトsinsai.infoの総責任者として運営に携わる。sinsai.infoは、平成23年度の情報化月間推進会議議長表彰を受賞。友成 晋也(国際協力機構 広報室広報課長)
2008年10月よりJICA広報室広報課勤務。2010年7月より国際機関、NGO、公的機関、企業などによる国際協力のプラットフォーム「なんとかしなきゃ!プロジェクト」の事務局責任者として関わる。同プロジェクトの一環で、本年7月より東アフリカ飢饉のキャンペーンを開始し、JICA初、公的機関のキャンペーンとしても初となるフェイスブックを活用した広報を展開している。
会場は世銀東京事務所の大会議室、大きなところなのでまだまだ入ります。平日の夕方ではありますが、開発系とソーシャルメディアという観点でのセミナーはまだまだ珍しいと思いますので、興味有る方は奮ってご参加ください!
5 11月 2011
週末は帰省する予定だったが、急遽変更して、諸々の用事をこなす。
東野圭吾本を二冊読了。「学生街の殺人」と「聖女の救済」。両書の執筆時期には何と21年の差がある。
ツイッターで読後に感想をつぶやいている「東野圭吾イッキ読みシリーズ」もあと10冊を切った。思えば、(マンガ以外で)ここまで一人の作者の作品を読み込んだことはなかった。(というか全作品を読もうなんて思ったのも初めてだ)
都内のワンルームマンションに住み、普通に満員電車で通勤をする日々を数週間続けてみて、いろいろ見えてくるものがあると思ったのは前のエントリーでも書いたとおり。これまでは海外在住の視点で本を書いていたが、いわゆる団塊ジュニア世代の一日本人として書いてみるのもいいのじゃないかと思い始めている。(といえば、偉そうに聞こえるかも知れないけども、やはり日本に住んでいるのと海外に住んでいるのとでは視点が異なって当然なのだ)
たまたま職場の近くで見つけたブライアンソリスの「新しいPRの教科書 ソーシャル時代に求められる「知」と「技」(原題:Putting the Public Back in Public Relations)」は素晴らしい書籍だと思った。しかし、視点がやはりアメリカ目線なので、なかなか日本では受け入れられないようだ。
では、今の日本に求められている書とは何なのか。電子書籍なんかで揺れる今の日本の出版界はそれを必死に追い求めているのだろう。
せっかくしばらく日本にいるのだから、それについても僕の視点で何か書いてみたい。「インターネットの始まり、資本主義の終わり(仮題)」はなかなか硬い本だからそうは売れないだろう(というか版元が見つかるかどうかも定かではないが)から、ソーシャルメディアをテーマにということで。しかし、ソーシャルメディアの本はそもそもが売れていないようだ。これについても言いたいことはいろいろあるが、一言でいうとまだ本当の波が来ていないということなのだろう。しかし、電子出版よりもソーシャルメディアの波は早く来そうだ。そして、それは各企業の広報を巻き込むものだからスケールが大きい。そう思いながら考えてきて、一つアイデアが湧いた。
それは「人間力」とか「生きる力」に焦点を定めるというもの。できたら特に若者(16~24歳)に対して何かを訴えかけるものにしていきたいと考えている。ブライアンの本を読んでも明らかだが、ソーシャルメディアを考える上で重要なのは「個性」である。では、この個性をどうやって磨くことができるか。今の日本が没個性化している理由はいくつも思いつくが、それを打開するには「視野を広げる」ことだと思っている。それは選択肢を増やすことにつながる。義務教育を終えて、進学校に入り、大学受験と就活を経て一般企業に入社して、東京で働く、それ自体は何も間違ってはいないが、みんながみんなそれでは個性がアピールできない。
スティーブ・ジョブズが起業家として素晴らしいと思うのは、彼はひたすら個性を追求して、苦難を何度も超えたところだ。(ところで、僕は彼がいわゆる「企業利益」の枠を飛び越えて世界の変革のためにもっと大きなことができたのではないかと思っていて、それを社会が彼に対してさせてあげられなかったことが残念だと思っている。あれだけの「パッケージ力」と絶大な影響力をもった彼なら、世界から貧困や飢餓、紛争を無くすことにも類まれない力を発揮できたのではないか、と)
よく「引き出し」という表現が用いられるが、とどのつまりは、彼のスピーチが人を感動させるのはそこに裏打ちされた実績があるからである。例えは少し変わるが冒頭の東野圭吾にしたって、恐らく彼の人気を支えているのは彼が20年間も不遇の作家生活を余儀なくされていたところである。人は成功そのものには羨望を抱くが、共感を抱くのは「成功の裏側」に触れた時なんじゃないだろうか。
あぁ、この人も自分と同じ人間だったんだ、そう思うところに人間らしさがあり、共感の素になる何かがある。
では共感が生まれるのはどういう場合か。
定義の通り、「共通項」を相手に対して見出すことができる場合となる。だから一般的には「生まれながらにしての億万長者」よりも「貧乏からはいあがった大スター」に共感を得るものだ。
そして、これだけストレスの多い社会に生きる日本人は「不遇」に悩む人に対する共感のレセプターのようなものをもっていると思う。ビリー・ジョエルのピアノマンという歌には、「もしここから離れられたら、映画スターにでもなれるのに」と嘆くバーテンダーがでてくるし、僕が高校生の時からずっとJPOPのトップに君臨するB’z の Pleasure ~人生の快楽~ というシリーズ曲にも「もし生まれ変わったらなんて、目を輝かせて言ってたくない」という歌詞がでてくる。日本でバーチャル文化がやたら反映し、斜めな視線の「リア充」なんて言葉がでてくるのも、日本の「国民総幸福量」が低いからなんだろう。
だから、人の成功そのものには共感できないが、「苦労した」人に対してはエールを送ることができる。逆に言うと、相手の苦労が見えなければ、つまり不遇な人生を送った人に対してでなければ、簡単にその人の成功を喜んであげられないという、ややひねくれた精神が垣間見える。昨夜は女子バレーをやってたが、苦労無くして一流になどなれるわけがないスポーツで国民が一丸となれるのは、まさにそれだ。そして、一方二世議員なんかに対してとかく批判的な意見が出るのは、その人たちが生まれながらにして特権階級にいるように見えるからだろう。事実はどうでもいい。(もちろん、当人にしてみたらものすごい苦労している場合もあるだろう)
このあたり、日本を呪縛しているのは「蜘蛛の糸」の物語だと思っている。芥川龍之介の時代以前から世の中大して変わっていないのだ。
僕が「視野の拡大」を目指す理由はここにあるのだが、論じたいのはこの部分ではない。
では、なぜ日本は「飢餓や紛争に苦しむアフリカの民」に対して、同じような共感をもてないのだろうか。あるいは起業・独立を目指して努力したり、苦しんでいる人々をサポートするような社会意識が根付かないのか。
僕はその答えが「共感」レセプターの受容力低下にあると思っている。
「日常性の壁」理論ではないが、やはり普段の生活の中で接点が無いものに対しては、共感を得られない。それこそが戦後の経済復興で焼け野原から復活した日本が失ってしまったものである。よく「平和ボケ」という言葉が用いられるが、人は平和になると自分から争いを求めるようなことはしなくなる。しかし、世界はまだ平和じゃないのだ。昔は文学が、そして後に映画などがその共感作りに貢献していた。肌の色や言語が異なっても、「同胞」という意識があれば、時代や場所を超えても人間は痛みを分かち合うことができるはずなんだよね。講演なんかの際に話すことがあるが、僕にとってのその体験は中学校の時に行った「アウシュビッツ展」や「731部隊展」、そして高校生の時に体験した「盲学校の文化祭へのボランティア」でした。五体満足にいれることに感謝をした瞬間が、共感レセプター作成の原体験。
大体G20で経済危機が叫ばれるように、世界の先進国も、そして日本の社会そのものもそれほど平和ではなくなってきている。
例えば東京には昔よりも「生活難民」のような人が増えているように思う。極度な東京一極集中がもたらしたものは、選択肢の搾取であったのではないか。そして、それに一番気づいているのは東京に住んでいる地方出身者ではなくて、東京に生まれ育った方々だ。最近よく「なんで東京なんかに住むんだろう」という言葉をそういう方々から聞くようになった。彼らは自身で「選択」をすることなく東京にいるわけだが、自ら東京を選択してきた人々の思考について疑問視する部分があるのだろう。
そう言うと、「みんな東京に来ることを選択しているじゃないか」という反論がありそうだが、そういう向きにはマーク・トウェインの「人間とは何か」の議論を思い出して頂きたい。一見自分で選択しているようでも、実は反射運動を繰り替えすだけの「機械」になってしまっているということがあるもの。
ソーシャル時代は個人の情報発信の時代である。コンテンツは自分自身だ。
ブログ一つ書くにも独自の視点と個性、表現力が必要とされる。しかし、それは他の大多数と同じことをしていたのだと何も発信することがないということになる。埋没してしまうだけだからだ。共感は得られるかも知れないが、独自の視点がないと今度は「支持」が得られない。支持がなければ、ソーシャル時代では独立していけない。もちろんビジョンも重要であり、それは自身のインフルエンサー度が高くなればなるほど、求められていく。(その点で、僕は津田大介さんが日本のソーシャルメディア界を代表して政治メディアを作ろうとしている動きを積極的に応援したいと思っているし、世界にも伝えていきたいと感じている)
そんなことを考えながら、実はとんでもない貧乏生活と苦労続きだった幼少時代に形成された自我をそのまま引きずって、「普通」じゃない生き方を選び続け、リスクを取り続けた自分の人生をシェアしてみるのも、若者に対する気づきのきっかけになるのではないかと思い始めた今日この頃である。
やっぱり、じっくり書きこむ時間が欲しいなぁと思う反面、少しぬるま湯の心地よさを感じ始めている自分の甘さを実感している週末の一日。
11 10月 2011
最近コンゴ(DRC)のプロジェクトで知り合った北陸のNPO団体を介して、金沢星稜大学の「ボランティア概論」(池田教授)という授業で講演をすることになった。
石川県といえば、高校生の頃同級生と一緒に能登半島を歩いて回ったあと、訪れていなかった。しかもあの時も金沢には結局入れずじまいだったように思う。
講演前には金沢が誇る日本三大庭園の一つ「兼六園」を散策。その名に違わぬ素晴らしい庭園だった。中では茶屋があり、お茶を飲みながら景色を満喫できる。若い頃は京都が好きでよく自転車で大阪から行ったりしたが、京都でもこんなにきれいな庭園は見た記憶がない。

「あかあかと 日は難面(つれなく)も秋の風」
実は筆者の雅号でもある「秋風」が含まれた句だけに、やたら気になった。
で意味をしばらく考えていたのだが、芭蕉は陽の照りつける秋にこの地を訪れ、風の涼しさに癒されたということか。
たしかに北陸の地は夏は暑く、冬は寒いらしい。(夏も涼しいイメージがあったのだが)
で、この句には続きがあるらしくそれが
「この道や行く人なしに秋の暮」
だそうな。どうやら芭蕉の人生の旅も終盤に差し掛かっていたのだろうか。共に季節として、そして人生としての晩秋を感じさせる句である。
金沢星稜大学の隣には星稜高校があり、ここは私と同い年でMLBで活躍している松井秀喜選手やサッカーの本田圭佑選手の出身校だ。
教室には18~20歳くらいの学生が集まり、私も大学生向けの公式な講演は初めてなのでいい刺激になった。
講演のタイトルは「ソーシャルメディア時代のチャリティとボランティア ~被災地とアフリカ編~」にした。
当意力ブログでも「縞馬たちへの伝言」というティーン向けの連載をしているように、日本の未来を支える若者を元気づけるようなメッセージをこれからも配信していきたいと思っている。講演後に握手を求めてくれた若者の姿や、学生のほとんどが事前に配布された紙面一杯に感想を書き綴ってくれたことには強い刺激をうけた。(来月は豊橋創造大学での講演が予定されており、こちらでは海外での起業をテーマにした講演をする予定)
28 9月 2011
今回の新機種発表はさすがに大きく報道されているようだ。
続きのエントリーをまとめる前にリンクをまとめてみた。
米アマゾンがタブレット端末発表、低価格でアップルに対抗 (ロイター)
ベゾス最高経営責任者(CEO)はニューヨークで開いた発表記者会見で、「これらは低価格の一流品だ」と述べ、「何百万台も販売していく」とした。
多くの電子商品・サービスを手掛ける同社にとって、これらを直接消費者に届けることのできるキンドル・ファイアのような機器を自前で持つことは、非常に重要な意味を持つ。
発表を受け、28日午前の米株式市場で、同社株は3.2%高で推移している。
米アマゾン:タブレット型多機能端末発売 iPadに対抗 (毎日)
*写真が多くていい
価格は199ドルで、タブレットで先行する米アップルの「iPad(アイパッド)」(499ドルから)の半額以下に設定。市場では「最大の競合相手になる」とみられている。
米アマゾン:新タブレット端末発売 日本メーカーにも影響 (毎日)
国内メーカーにとって、標的は事実上アップル1社だったが、アイパッドの半額以下という低価格を打ち出したアマゾンの参入で、国内各社は商品戦略の抜本的な見直しを迫られる可能性がある。
*ガラパゴスのことがまだ書かれていますが。。。もはや死滅
アマゾン、価格199ドルの「キンドル」を発売-「iPad」に挑む (Bloomberg)
アマゾンのジェフ・べゾス最高経営責任者(CEO)は、電子商取引での同社の優位な立場を生かせばアップルのiPadに太刀打ちできるとみている。ヒューレット・パッカード(HP)やリサーチ・イン・モーション(RIM)などアップルと競合する企業がタブレット市場に投入した商品は期待外れに終わっている。
ウェッジ・パートナーズ(ニューヨーク)のアナリスト、ブライアン・ブレア氏は、キンドルは低価格で利益率が低い公算であるものの、アマゾンは電子書籍や映画、音楽などの売り上げでこれを補うことができるとの見方を示した。同氏は先週のインタビューで「アマゾンだけがタブレットで本格的に競争できる唯一の企業で、アップルと同様のサービスを提供できる」と語った。
*かなり強気であるが、それも納得できる。
米アマゾンが多機能新端末 199ドル、アップルに対抗カラー液晶「キンドル・ファイア」 (日経新聞)
「当社が手掛けてきた各種コンテンツサービスを一括して提供する方法を考えてきた」と説明した。米国以外での販売計画は明らかにしていない。
アマゾン発表会まとめ:7型タブレット Kindle Fire、新 Kindle はタッチ99ドルと無印79ドル(エンガジェット)
Kindle:電子ペーパーを採用した大ヒット電子書籍端末の最新モデル。WiFiモデルのみになり、広告つきで79ドル。広告なしで109ドル。本日発売、日本からも購入可能。
Kindle Touch:Kindleのタッチパネル採用モデル。関連情報をポップアップ表示する”X-Ray”機能も備えています。WiFiモデルと、3G対応モデルがあり、広告ありだとWiFiモデルは99ドル、3G対応で149ドル。広告なしだとそれぞれ139ドル、189ドル。11月21日より出荷。こちらも配送は米国のみ。
*X-Ray機能や日本での発売に言及しているのがナイス。
(次のエントリーに続く)
<関連記事>
Amazon が新型 Kindle 3機種4製品を発表 今度はホントの iPad キラーか Nook は死亡確定??
27 9月 2011
テッククランチの新CEO Eric Schonfeld の投稿はシンプルだけどもインパクトがある。
Tumblrのページビューは驚異的―Wikipediaを抜いた(2011年9月27日)
まさに「ジワジワ来るTumblr」である(笑)簡易ブログのTumblrはスキンのオプションが多彩で、有料版は高機能。見た目だけでなく機能面にも違いが如実にでるGUIは画期的である。そして何より使いやすい「緩さ」がポイントである。iPhoneからでも簡単にアクセスでき、その簡易性はワードプレスをはるかにしのぐ。日本ではツイートをまとめて電子新聞化するサービスPaper.liも最近流行っているようだが、Tumblrは誰でも簡単にコメントできて共有できるソーシャルな「ブログかわら版」という感じ。
スマホからの利用も多いTumblr
今日(米国時間9/26)われわれはTumblrがSequoia Capitalやリチャード・ブランソンらから$85M(8500万ドル)の資金調達に成功したことを伝えた。Tumblrのページビューの数字を見ればこの巨額の出資も決して驚きではないと分かるだろう。
訪問者数に比べてもTumblrのページビューは桁外れだ。実際、Tumblrは訪問者数では10倍もあるWikipediaを月間PVでは抜いている(comScore調べ)。Tumblrはユーザー同士が頻繁にお互いのページを見るようデザインされているからだ。投資家のBijan Sabetは「TumblrではログインしたユーザーによるPVが大半を占める」とコメントしている。
Sequioa は言わずと知れたVCの大手、リチャード・ブランソンはビジネスで革命を起こし続けているヴァージングループの総裁である。
(ヴァージンはソーシャルに力を入れているが、これはトラディショナルメディアや大企業全般に言えることだ もはやソーシャルはネット上の大前提である)
筆者が意力ブログを開始したのは2009年だが、当初はビジネスを宣伝する意味で立ち上げられたものだったので、エントリーの頻度もそれほどではなかった。(当時は新しいビジネスを模索するので手一杯だったのだ)しかし、とあるきっかけでソーシャルメディアそのものに対して本格的に注力をすることを意識し始めたのが2009年の秋頃で、その原因となったのはTumblr だった。(ちなみに英語ブログはTumblrを使っている。こちらはまだ自身のニッチをうまくつかめていないので試験的な運用というレベルだが)
簡易ブログでマスを取り込みやすいTumblrと、百科事典を標榜しておりどちらかというと執筆の敷居の高いウィキペディアを閲覧者数で比較するのは少し強引な気もするが、コミュニティ規模という点では一つの目安になることも事実。
Tumblrが生成するPVの規模がいかに桁外れか、もう少し詳しくcomScoreの数字を検討してみよう。この8月、Tumblrはユニーク訪問者ランキングでトップ100サイト入りを果たした(4100万人、99位)。しかし8月のPVでみると、65億で21位だ。これに対して、Wikimedia
Foundationのサイト(Wikipedia.orgなどを含む)は月間ユニーク訪問者、4億2300万で 56億PVを生成している。ページビューに関する限り、TumblrはTwitter.comより大きく(もちろんユニーク訪問者数は少ない)、AOLやCraigslistの半分程度だ。下にComScoreのトップ100サイトの抜粋を掲げておいた。
1. Facebook (503B PV/月)
2. Google (272B PV/月)
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13. Craigslist (12.5B PV/月)
14. AOL (12.4B PV/月)
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21. Tumblr (6.5B PV/月)
22. Wikimedia Foundation Sites (5.6B PV/月)
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28. CBS Interactive (4.1B PV/月)
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32. Twitter (3.4B PV/月)
33. ESPN (3.3B PV/月)
1位のFacebookがダントツなのは分かるとして、CraigslistやAOLが依然上位なのは意外。日本ではCraigslistに該当するサイトがないのだが、これはやはりネットの文化はリアルの文化を色濃く反映することの表れだろう。もちろん、日本でやると出会い系サイトやネタ系のブログがかなりのアクセスを占めるはず。
しかし、$85Mとは何とも大きな金額だ。世界経済は不況のまっただ中だというのに、ソーシャルメディアでの勝ち組はどんどん評価を高めているようだ、というか、不況だけにそうなっているというべきか。
*それにしてもErickのエントリーにギークらしさがまったく感じられないのは私だけだろうか。。。何か普通の新聞記事みたいだ(苦笑)
27 9月 2011
いよいよ明日Amazonの新製品が発表される。
下記は電子出版関連の情報ポータルの先駆者であるEBook2.0 Forumの鎌田氏のコメント
アマゾンは、米国東部時間9月28日水曜10時に記者発表を行うことをメディアに予告した。タッチスクリーンの100ドルKindleまたはタブレット、あるいは両方同時とみられている。B&Nも10月にNook Touchの新製品とColor2製品を発表すると言われており、いよいよ「タブレットの年」を飾るG1クラスの登場となりそうだ。
米国では一般的に製品発表を水曜日に行う。しかし、9月28日の発表は予想されておらず、最近では10月か11月と言われてきた。例によって今回も発表の中身については何も触れられていないが、CNet (9/23)によれば「以前Kindleの製品発表を告知してきたPR担当者から」案内があったそうで、KindleないしKindle+タブレットという可能性が強い。筆者の予想では後者。従来のKindleシリーズとタブレットの位置関係を明確にするには、そのほうがいいからだ。また、多くの調査会社はアマゾンが4Q11にタブレットの売上400万台を見込んでいると伝えており、その通りだとすると4Qの開始直前にタブレットを受注開始状態にしておく必要があるからだ。(EBooks2.0 Forum 鎌田氏)
これに先駆けて、アマゾンのIRでは新たに興味深い発表がなされている。映画配給会社大手の20世紀フォックスと11000点を超える映画やテレビ番組のライセンス契約を締結したというのだ。
Amazon Announces Digital Video License Agreement With Twentieth Century Fox
SEATTLE, Sep 26, 2011 (BUSINESS WIRE) –
Amazon.com today announced a licensing agreement with FOX that will allow Amazon Prime members to instantly stream a broad selection of popular movies and TV shows from the FOX library. This deal will bring the total number of Prime instant videos to more than 11,000 movies and TV shows later this fall.FOX titles available to Prime members will include contemporary movies such as, “Speed,” “Mrs. Doubtfire,” “Doctor Dolittle,” “Last of the Mohicans,” and “Office Space,” as well as classics like “The Longest Day,” “All About Eve,” “9 to 5,” and “Butch Cassidy and the Sundance Kid.” FOX also brings to Prime members a selection of popular TV series including “24,” “The X-Files,” “NYPD Blue,” “Arrested Development,” “Buffy the Vampire Slayer,” “Ally McBeal,” and newly available on digital video, “The Wonder Years.”
“We have received very positive feedback from Prime members about Prime instant videos. Customers love the instant access to thousands of movie and TV favorites,” said Steve Oliver, director of Video at Amazon.com. “Since the launch of Prime instant videos in February, we have more than doubled the library to 11,000 titles and will continue to add more of our customers’ favorite movies and TV shows to Prime instant videos.”
ここでの対象はAmazon Primeの会員向けということになっている。Prime Instant Video
有料動画配信ではNetflixやHULUの活躍が目覚しいが、アマゾンはここの牙城を突き崩そうとしているようだ。そして、もちろんここでもアップルのアップルTVとバッティングするのだが、今のところアップルTVは比較的地味な存在である(筆者は大好きなのだが)
<参考記事>
Amazon Prime vs. Netflix: Video Streaming Feature Showdown
このライセンス契約はタブレットによる動画視聴をも目論んでいるような気がするのだが、どうだろう。アマゾンの究極的な目標はどこからでもつながる「アマゾン端末」を作ることだと思っている。キンドルは確かに画期的な製品で電子出版を切り拓いたが、アマゾンはクラウドサービスという強い武器をもっており、総合的に囲い込みを実施している。手品ではないが、みんながキンドルに心を奪われているすきに、もう片方の手でまったく違う「トリック」の仕込みを行なっていたとしても不思議ではない。だが、正面からアップルに対抗するのはアマゾンらしくない気もするし。。。
新製品に対する鎌田氏のコメント
アマゾン・タブレットの直接のターゲットはNook Colorであり、9.28というタイミングがB&Nを意識したものであることは明らかだ。他方で、B&Nもそれを受けてリークした可能性が強い。アマゾンはさらに9-10型というカードもあり、これをホリデーシーズン直前に用意する可能性もある。いずれにせよ、iPad 2の独走状態に、はじめて対抗馬が登場することになる。
筆者もこの案には同調。来月発表されると噂のiPhone5に続いてiPad3ももうすぐ出ることだし、タブレット戦線は加熱している(大手に限ってのみだが)。アマゾンの画期的なコンセプトはタブレットにどう活かされるのだろうか。そして、ハードだけでなく、それを取り囲む周辺環境も決して無視できない、というかむしろそちらからアマゾンの戦略を分析するほうが重要である。
明日が何とも楽しみである。
(余談だが、明日は実は長女の誕生日。10歳という一つの区切りを経験するのは何とも感慨深い。いよいよ来月からは日本で一大プロジェクトに取り組むことになり、しばらく家族のもとを離れることになるので、それまでの間家族と過ごせる時間を大事にしたい)
30 8月 2011
今回の日本出張で、大変興味深かったのはテレビ業界にいらした方、それもパーソナリティやらキャスターをされてた方がソーシャルメディアの番組に出演されているのに出くわしたことだ。裏方ならいざ知らず、現役でテレビに出演されている方々やテレビで冠番組を持たれてたような方々がソーシャルメディアに進出されているというのは、何とも希望的な話だと思った。
具体的に私がお会いしたのは3人で、それぞれの皆さんの番組に参加させて頂いた。さすがにテレビに出られている方というのは個性的で何より「ビジュアル」に対する意識が徹底している。その点、どうしても外見に無頓着な私は見習うところが多いのだが。。。まぁ、テレビ向けの容姿でないことは十分に分かってるつもりなので、その辺は無理しないようにしている(笑) 何しろ、「どじょう」をキャッチフレーズにする政治家が頑張って総理大臣になっているような時代なので。(外見に対するコメントをされていたのには親近感が湧いた。あとあの声もいいと思う。他はまだ未知数なのでノーコメントだが)
小倉淳さんは先のエントリーで説明したJPLIVE.TVというソーシャルメディアチャンネルを独自に立ち上げられているし、堤信子さんはUstのたくひろナイトでお気に入りの文房具に関するテーマでコーナーを持たれている。
で、白沢みきさんの方はというと、拙著「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」にもコメントを寄せて頂いたLA在住のコンサルタント鈴木典子さんと一緒にSS Talkという番組を立ち上げられている。二本収録してきたのだが、その最初のものを下記にご紹介します。
英語教育はこれまでにもZEN ENGLISHシリーズで手がけてきたのだが、やはり動画での説明のほうが分かりやすいという方も多いのかも知れない。
貴重な機会に感謝である。
番組は毎週水曜日に更新されているようだ。ご興味のある方はぜひとも購読登録して頂きたい。
22 8月 2011
今日は今回の日本出張最後のイベントであるアカデミーヒルズでの講演がある日だった。
Dカウントも60を過ぎて、もう2ヶ月も日本にいることをしみじみと実感。
アカデミーヒルズは去年参加したMIT-EFJのビジネスプランコンテスト以来。
ライブラリーメンバーはリテラシーが高い方や向学心の旺盛な方が多いとのことで、少し硬めの話も追加した。CODEの著者レッシグの提唱したサイバースペース上の4つの制約条件を、私なりにソーシャルメディアの世界に転用して考えているというお話。
レッシグは市場、テクノロジー(コード)、規範、法律の4つの制約条件があると説明したが、ソーシャルメディアは基本的に「フリーでオープン」なものなので、市場の制約条件つまり価格は当てはまらない。
その代わりに私が重要視しているのは、リアルの世界での法律とは異なる「ルール」の存在である。
これは、例えばYouTubeに溢れる動画や、ブログに掲載されている画像を見ても分かるように、(既存の、あるいは旧時代の制約であるところの)法律には厳密にいうと抵触するが、慣習的に看過されている部分である。もちろんこれらはグレーゾーンであり、フェアユースの認められにくい日本では場合によると完全に黒なのだが、実際にそれらに対して監視が行き届かなかったり罰則が適用されにくい、しかし度を過ぎるとやはりルール違反となる。(ちなみに私はこないだの某民放局に対する電凸騒動は完全にルール違反であると思っている。あれの多くはただのいたずら電話だ)
ソーシャルメディアを利用する際には、これらのいわゆる「暗黙のルール」を理解して振る舞うことが重要である。そして、もちろん情報の受発信者同士であるユーザー間でも最低限の礼儀を尽くす必要がある。
ではこれらの「ルール」と「マナー」が守られることとどうなるか? 一言でいうとそれは議論の成熟を意味し、メディアそのものの存在意義が認知されるということになる。そうして初めて、その外側にある法律や社会に影響力をもたらすことができるのである。スポーツや格闘技は、ルールが厳しければ厳しいほど面白い。そうしてこそ、戦う者もジャッジもスキルを上げていくことができるのである。
(私見だが、格闘技の中でも最も完成された形態の一つはボクシングだと思っている。しかし、ボクシングはあまりにも制約が多いため、トップランカーといえど、異種格闘技戦だとボロボロになる。相撲も同様。しかし、それはそれで構わない)
既存のソーシャルメディアでいうと、2chの掲示板は残念ながらこの「ルール」と「マナー」が守られない場であり、よって社会的な認知は極めて低い。反対にウィキペディアはかなり厳格なルールと確固たる管理コミュニティが存在することで、ソーシャルメディアの中ではかなり熟成された議論が存在する場である。(もちろん幼稚な議論や悪戯も多いが、それはフリーである限りつきまとう問題である)今、この点で端境にあるのがツイッターだと私は思っている。日本語は英語に比べて140文字で伝達できる情報量が多いため、日本のツイッターでは余計な喧嘩も多いと感じる。これは、一般的な機能としての「情報」と「センチメント」の伝達に加えて、日本語では「コンテクスト」が伝達できてしまうからではないかと思っている。当然、それによって伝えられる内容も深まるし、逆に読み違いによるトラブルも起こってしまう。
講演時間は1時間、質疑応答に30分でその後は歓談と名刺交換の時間。講演後のアンケートで「もっと話が聞きたかった」という声が多かったのは嬉しい限りだ。
講演のテーマになった近著「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」はソーシャルメディア革命に比べると立ち上がりが遅かったようだが、今回このようなイベントをたくさんもてて、あちこちでプロモーションできたので少しは挽回できたかも知れないなぁ。
講演後はディスカヴァー21のスタッフの皆さんと打ち上げ。今日の私にとっての最大のヒットは実はディスカヴァーの社長室のOさんが私と同じ高校の同じ国際科の後輩だったということを発見したことだった。世の中狭いなぁ。(参加した皆さんがやたら高学歴だったのもびっくり。私は日本の受験では見事な落伍者だから、少し気が引けたのはここだけの話 笑)
28 7月 2011
今朝は関東圏では最も露出の多いウィキペディアン、と関西ウィキメディアユーザ会の会員の方から言われたKs aka 98さんとお会いした。
Ks aka 98さんは別名を日下(くさか)さんともいう。2008年に刊行された 「ウィキペディアで何が起こっているのか?」の第4章 それぞれが考えるウィキペディア日本語版 で、古参管理者のTomosさんと対談をされている方である。
初対面だったので、簡単な自己紹介から入り、私が「ウィキペディアンの憂鬱」を書くようになったいきさつなどを説明させて頂いた。Ks aka 98さんは非常に気さくな方で、専門分野も明確であり、ウィキペディアについての知識や編集歴も素晴らしいものをお持ちであり、お話は大変参考になった。「人類の叡智」を結集するウィキペディアが大きくなっている背景には、影で彼らのようなボランティアがいることを決して忘れてはならないのである。
大学時代に環境学を専攻した私にとって、「持続可能な発展」と「多様性」の問題は不可分なものであると考えている。私は常々ウィキペディア、あるいはウィキメディア財団の全てのプロジェクトが人類の叡智を結集する形で長期的に存続していって欲しいと願っている。今や世界最大の規模となり、百科事典という定義そのものを根本から覆しつつあるウィキペディアが世界規模で、そしてそれぞれの地域で存続するにはいろんなアプローチが必要であり、私も一ウィキペディアンとしてだけでなく、作家あるいはジャーナリストの観点からその存続に貢献したいと考えている。
Ks aka 98さんとのお話で共通の認識が確認できた点は多くあったが、大きかったのはコミュニティの中にファシリテーター的な存在が少ないという点。ともすれば一般人から「ウィキ廃人」と揶揄されるような特殊な人々が熱心に編集を続けていくこと自体は何も悪いことではないのだが、書き言葉だけでコミュニケーションを円滑に進めることは人間にとって難しいことだと思う。ウィキペディアの編集の世界では多くのルールとマナーが存在し、ルールを全く知らない、あるいは守ろうともしないような新参者と常に対峙し続けなければならないことからくるストレスは相当なものだ。だから時折ともすれば辛辣に聞こえる「愛の鞭」が善意で参加しようとした一般人の心を傷つけることもある。また、編集者同士の軋轢というのも生じてくる。
みんなで和気あいあいと楽しくやっていければ、それに越したことはないのだが、人が多く集まるとなかなかそういう風にはいかないのは何もウィキペディアのコミュニティに限ったことではない。この点について、例えば編集者同士がリアルで集まる機会を増やせばいいという考えをもつものもいるし、ウィキペディアの世界はウィキペディアの世界で完結すべきだと考える者もいる。
また、私は常々コミュニティの存続のためには底辺のユーザーを増やしていき、「出世魚」的にそれらの中からレベルの高い編集者、あるいは管理者が登場するのが多様性の観点からもいいと考えてきたが、実際にはそれだけ新人編集者が多く入ってくればその分彼らの指導にあたる経験者のリソースも割かれることになる。しかも、苦労して天塩にかけて育てたところで、その編集者が長くコミュニティにいてくれるかどうかは分からない。 なんだか、大企業の人事部の苦労を見ているようだ。
これについては、ウィキペディアの編集に興味のある人々を集めて、経験者がワークショップのようなものを開き、啓蒙するというのも効率的だし、企業が抱える疑問点などについても誰かが講演などをして答えていくというのも一つのアイデアだが、基本ボランティアで運営されているウィキペディアだけに、そんなことをしていると編集者各自の生活が立ち行かなくなってしまう。このあたりはむしろ、私のような草の根ブロガーが抱える問題に近いといえるだろう(笑)
いずれにせよ、あちこちで話題になっている「ウィキペディアンの憂鬱」を執筆するにあたり、これだけ編集者の皆さんとリアルなつながりをもてたことは今回の日本出張の大きな成果であると感謝している。Ks aka 98さんは大のミステリーファンでもあるそうで、お粗末なミステリ「調」の私の文章をお見せするのが何とも心苦しく、全体の構想を改めて見つめ直そうと思った次第である。
24 7月 2011
私はソーシャルメディアのジャーナリスト及び作家としてAAJA (Asian American Journalists Association) のLA支部に所属している。先月、このLA支部の役員(ボードメンバー)に空きができたということで、私も及ばずながら日本人一世として、そしてソーシャルメディアのジャーナリストとしての視点を供給したいということで立候補させて頂いていた。日本に長期出張してくる前の話である。
そしたら、本日同じくボードメンバーの一人であるJohn Sakata氏からメールが届いており、日曜日にLAで開かれた役員会にて私ともう一名の方の役員就任が満場一致で承認されたとのことだった。AAJAは権威のあるジャーナリストの団体で、LAのVPにはABC7で有名な日系人のアンカー David Ono氏らが就任している。そんな団体で、私のような者が役員を努めさせて頂くということに対して、感謝すると同時にアメリカにおけるソーシャルメディアの認知がどれだけ進んでいるかということを改めて認識させて頂く機会であった。
役員としての初仕事は10月に開催されるチャリティイベントのTrivia Bowlになるとのこと。それまでにはLAに戻っているので、楽しみにしている。
既存の役員会のメンバーはコチラ
週末はあまり外出せず、仕事をこなしていた。この件についてもしばらく時間が経っていたので、どうなっているかとは思っていたのだが思わぬ吉報で嬉しかった日曜日だった。