Archive for the 「 ウィキペディアンの憂鬱(出版決定) 」 Category

今朝は関東圏では最も露出の多いウィキペディアン、と関西ウィキメディアユーザ会の会員の方から言われたKs aka 98さんとお会いした。
Ks aka 98さんは別名を日下(くさか)さんともいう。2008年に刊行された 「ウィキペディアで何が起こっているのか?」の第4章 それぞれが考えるウィキペディア日本語版 で、古参管理者のTomosさんと対談をされている方である。

初対面だったので、簡単な自己紹介から入り、私が「ウィキペディアンの憂鬱」を書くようになったいきさつなどを説明させて頂いた。Ks aka 98さんは非常に気さくな方で、専門分野も明確であり、ウィキペディアについての知識や編集歴も素晴らしいものをお持ちであり、お話は大変参考になった。「人類の叡智」を結集するウィキペディアが大きくなっている背景には、影で彼らのようなボランティアがいることを決して忘れてはならないのである。

大学時代に環境学を専攻した私にとって、「持続可能な発展」と「多様性」の問題は不可分なものであると考えている。私は常々ウィキペディア、あるいはウィキメディア財団の全てのプロジェクトが人類の叡智を結集する形で長期的に存続していって欲しいと願っている。今や世界最大の規模となり、百科事典という定義そのものを根本から覆しつつあるウィキペディアが世界規模で、そしてそれぞれの地域で存続するにはいろんなアプローチが必要であり、私も一ウィキペディアンとしてだけでなく、作家あるいはジャーナリストの観点からその存続に貢献したいと考えている。

Ks aka 98さんとのお話で共通の認識が確認できた点は多くあったが、大きかったのはコミュニティの中にファシリテーター的な存在が少ないという点。ともすれば一般人から「ウィキ廃人」と揶揄されるような特殊な人々が熱心に編集を続けていくこと自体は何も悪いことではないのだが、書き言葉だけでコミュニケーションを円滑に進めることは人間にとって難しいことだと思う。ウィキペディアの編集の世界では多くのルールとマナーが存在し、ルールを全く知らない、あるいは守ろうともしないような新参者と常に対峙し続けなければならないことからくるストレスは相当なものだ。だから時折ともすれば辛辣に聞こえる「愛の鞭」が善意で参加しようとした一般人の心を傷つけることもある。また、編集者同士の軋轢というのも生じてくる。
みんなで和気あいあいと楽しくやっていければ、それに越したことはないのだが、人が多く集まるとなかなかそういう風にはいかないのは何もウィキペディアのコミュニティに限ったことではない。この点について、例えば編集者同士がリアルで集まる機会を増やせばいいという考えをもつものもいるし、ウィキペディアの世界はウィキペディアの世界で完結すべきだと考える者もいる。

また、私は常々コミュニティの存続のためには底辺のユーザーを増やしていき、「出世魚」的にそれらの中からレベルの高い編集者、あるいは管理者が登場するのが多様性の観点からもいいと考えてきたが、実際にはそれだけ新人編集者が多く入ってくればその分彼らの指導にあたる経験者のリソースも割かれることになる。しかも、苦労して天塩にかけて育てたところで、その編集者が長くコミュニティにいてくれるかどうかは分からない。 なんだか、大企業の人事部の苦労を見ているようだ。
これについては、ウィキペディアの編集に興味のある人々を集めて、経験者がワークショップのようなものを開き、啓蒙するというのも効率的だし、企業が抱える疑問点などについても誰かが講演などをして答えていくというのも一つのアイデアだが、基本ボランティアで運営されているウィキペディアだけに、そんなことをしていると編集者各自の生活が立ち行かなくなってしまう。このあたりはむしろ、私のような草の根ブロガーが抱える問題に近いといえるだろう(笑)

いずれにせよ、あちこちで話題になっている「ウィキペディアンの憂鬱」を執筆するにあたり、これだけ編集者の皆さんとリアルなつながりをもてたことは今回の日本出張の大きな成果であると感謝している。Ks aka 98さんは大のミステリーファンでもあるそうで、お粗末なミステリ「調」の私の文章をお見せするのが何とも心苦しく、全体の構想を改めて見つめ直そうと思った次第である。

ここ数日、ツイッターでウィキメディアあるいはウィキペディア(あるいはWikiwikiWeb)のコミュニティの方々とやり取りしていたのをご覧になられたことも多いかも知れない。
(今回は恐らく初めて、自分のTogetterトピまで立ち上がったくらいで、何となく有名人な気分 笑)

私は物書き、ソーシャルメディアの専門家の見地から、自身が高く評価するウィキペディア、あるいはウィキメディア財団の全プロジェクトに対して、その日本版でも末永く繁栄して欲しいと心から願っている。しかし、そのためには「ウィキペディアは誰のものか?」という議論を継続してしていかなくてはならない。
私の回答はとっくに決まっている。それは「ウィキペディアは未来の人類のために」である。そこで、また環境学の大命題「持続可能な発展」がでてくるわけである。このSustainable Development というコンセプトは、例えば企業にとっても、あるいは一家の家計にとっても(その点では往年の名フレーズ「明るい家族計画」というのがあるが 笑)重要なことだ。
では、この持続を可能にするためには何を考えればいいのか、それがスタート地点だ。そして、そのために私が自身の経歴やスキルなどを通じてできることというのは大きく分けて二通り、それは1 インサイダーとしての活動 (ウィキペディアを編集したり、翻訳チームなどのプロジェクトに入り貢献していくこと)、そして2 外部の専門家としての活動(ウィキペディアンの憂鬱のような作品を書いたり、セミナーなどで直接ユーザーや企業に対してウィキペディアの存在意義と抱える課題などについて解説と啓蒙を試みること)である。
ウィキペディアが未来に向かって生き延びていくためには、ユーザーの底辺からの底上げが必要だと考えている。層をもっと厚くしていかないと、管理者の数もどんどん減っていくだろう。(1万人とも言われるアクティブな編集者の数はそう大きく減らないだろうが)

この点で、やはりウィキペディアを直接編集している方々、特に管理人の皆さんと直接的な対話をしていくことは必要不可欠であると考えた。また私としても、自身の執筆活動に関してコミュニティの皆さんに間違った理解をして頂くことは望んでいない。適切な批判や建設的な意見があれば、それらをどんどん自身の視点に取り込んでいき、いいものにしていきたいと思っている。それらのコメントが私の考える上記の「持続可能な発展」にマッチする限り、である。

しかし実は日本のウィキペディアンの方々は多くが匿名で活動をされており、身分を明かされていない方がほとんどだ。(ちなみに、私も自身のウィキペディアンIDは公開はしていない ご存知の方はご存知だが、敢えて公開というスタンスは取っていないのでご理解頂きたい) そんな中でも数少ない団体の中に「関西ウィキメディアユーザー会」という有志の団体がある。今回は、ツイッターでのやり取りがきっかけになり、この会の方々にお会いするために京都で開催されたオープンソース系のコンファレンスOSC(今回の正式名称はオープンソースカンファレンス2011 Kansai@Kyoto)を訪れてみた。大阪から京都に一人で移動したのは久しぶりだ。
(ちなみに旅のお供はもちろん東野圭吾だ、仮面山荘殺人事件を読んでいたが往路だけで読み終わってしまった)

会場の風景
会場の風景
ワードプレスのブースには、先日Weekly CMSでプレゼンをされてたユリコさんの姿が。

そもそもオープンソースのコンセプトはアメリカの特に理系の間ではかなり成熟してきているが、一般的な文系人間にはなかなか理解するのが難しい。ウィキペディアはMozillaのようなオープンソース系のプロジェクトと比べると仕組みがやや異なるが、ウィキペディアレボリューションを読むと、オープンソース系のプロジェクトはインターネットの成熟過程で必然性をもって生まれてきたような感がある。この点で、このようなオープンソース系のコンファレンスがオープンソースそのものの普及と啓蒙に努めるというのは、ウィキメディアのコミュニティにとっても間違いなくプラスであろう。
(ということで、ようやくなぜウィキメディアユーザー会がこちらに出展されているのかを理解できた次第。会場には若い学生なんかのウィキプロジェクト信奉者がたくさん詰めかけて、バッジをもらったり質問をしたりしていた。コマンドのチートシートが大人気だったのはさすが)

関西ウィキメディアユーザー会のブース
関西ウィキメディアユーザー会のブース
テーブルの上にはウィキペディア10周年記念のバッジやスティッカーが。

会場では関西ウィキメディアユーザー会のメンバーの方数人と歓談することができ、非常に有意義なディスカッションの場がもてたと思っている。
会合は二日(金・土)で行われたが、二日目は仕事の都合で参加できなかったのだが、代わりに後日梅田で三人のコミュニティメンバーの方々と茶話会の場を設定頂き、そこでもいろいろディープなお話をお伺いすることができた。「憂鬱」に対して、その必要意義を再認識すると同時に、アプローチの手法についてはもう少し練りこんだほうがいいような気がし始めた次第である。みなさんどうもありがとうございました!

長い間ロサンゼルスを離れるということで、仲間が特別にデザインしてくれました。
その名もWikiTumblr! 近くで見ると随所に工夫が。。。興味ある方は会ったときにでも「WikiTumblr見せて!」とリクエストください(笑)

今年はこれでソーシャルメディア専門家をアピールしつつ日本で頑張ります!日本の皆さんどうぞよろしくお願いします。


現在執筆中のウィキペディアンの憂鬱という小説は、ストーリー形式でウィキペディアについての内容と執筆(編集)方法を伝えながら、その裏と闇の部分についても描くという意欲作である。これまでビジネス書2冊しか出してない私にはなかなか重たいものであるが、もう長い間構想を温めてきたものであるので大事に書き進めているところだ。(出版時期や編集方針との兼ね合いもあり、ブログには少しずつしか更新しておらず、実際の本とはかなり内容が異なるだろう)

僕は本作を通じて、このウィキペディアなる存在について、広く一般の方々に認知をしてもらい、できれば客観的な視点から目を光らせて頂きたいと考えている。
緊張感を欠いた民主主義が衆愚政治に陥りがちなように、ネットの世界では特にその匿名性故に恣意的な情報誘導が行われることが多い。
実名か匿名か、というのはフェイスブックやツイッターを中心に行われている議論だが、これとは一つ下のレイヤーに匿名か記名制か、という議論があると思う。
ここで重要なのは、この(実名と異なる)記名制というシステムには情報発信に関する「履歴」が必須だということだ。ウィキペディアでは匿名での編集にはIPアドレスが表示されることになっている。つまり、これはアクセス場所を変えれば同一人物とは特定されないということだ。一方、記名制の執筆には他者とは異なるID(ハンドル)の取得が要求され、これはすなわち編集履歴の蓄積と開示を意味する。(場合によったら、これが粘着荒らしと呼ばれる事態を招くことにもなる)

参考:Wikipedia:進行中の荒らし行為

一方、下記のような行為は荒らしとはみなされないべきだとされている

(一部抜粋)

新規参加者のテスト投稿
新しいユーザが「編集」ボタンを見つけると、本当にページを編集することができるかどうかを試したくなり、それだけのために記事を編集することがあります。これは荒らしではありません…
初心者による、ウィキ・マークアップやスタイルの学習
一部の初心者ユーザは、wikiベースのマークアップ(書式)を習得するのに時間を要し、時に外部リンク、内部リンク、また特殊文字を作るために試行錯誤することがあります。
NPOV違反
既にある記事や、編集しようとしている内容が中立的な観点によるものかどうかはご存知の通り難しい問題です。時には熟練した投稿者でさえ、中立的な観点から外れる内容の編集を行ってしまうことがあります。
大胆な編集
投稿者の多くは時折、記事を改良するために大幅な編集・改訂を試みる事があります。あなたが書いた文章の大部分が除去される、ノートページに移動される、または編集の差し戻しがなされると、荒らしのように感じられるかもしれませんが、それは誤解です。
人為的なミス
時折、ユーザは正確であると確信できない内容を記事に加えることがあります…
いじめ・頑固・編集合戦の繰り返し
一部のユーザは、ノートページで話し合いを望んでいる他のユーザたちと合意できないまま、他のユーザに反対されている内容や方法での編集を繰り返し行うことがあります…
嫌がらせと個人攻撃
ウィキペディアには個人攻撃をしてはならない明確な方針があります。他のユーザへの嫌がらせは許されません。利用者ページの破壊などの嫌がらせは、完全な荒らしになります…

そして、メインのエントリーページではなく、人目につくことのないノートの部分では時折ウィキペディアン同士の激しい編集合戦の攻防が見られることになります。ここには、多くのドラマがあります。全て活字だけで進行するので、追いかけるのに抵抗がある人は多いでしょうし、興味をもたない人が大半でしょう。
ですが、これらを見て、彼らのやり取りを見物してみることにより、ウィキペディアについての考え方は大きく変わってくることでしょう。良くも、悪くもです。
冒頭にも書きましたが、僕はこのウィキペディアという大規模な集合知プロジェクトが、正しく機能していくには多くの人からの正しい認知を得る必要があると考えている。そして、この難解で深淵で、時にはごく軽薄な世界を描写するにはストーリー形式が一番だという結論に達したわけである。

と、こういうことだけを言っても、具体的にどういうやり取りが行われているのかについて、ほとんどの人はノーアイデアだと思うので、ここでは過去に起きた大きな議論の内、何人かの有名人物についてのエントリーを紹介したいと思う。もちろん、ご存じの方も多いとは思うが。ウィキの恐ろしいところの一つは、先程の記名制についての記述と被るのだが、その履歴がずっと残ることである。

まずは アゴラブックスの池田信夫氏、肩書きに始まり、いくつかの記述が「不正確」だということで、ご本人らしき方がウィキに登場して怒りのコメントを掲載されたことで話題になった。

池田信夫 エントリー (表)
池田信夫 ノート (裏)

ご本人とおぼしき方のコメント

私の名誉に関することで、こういう愚劣な議論が行なわれていることに憤りを感じる。「経済学関係の業績はない」って私の論文を読んで書いているのか。私が「経済産業研究所」に勤務していたのはなぜなのか、説明してみろ。池田信夫 2010年1月22日 (金) 16:11 (UTC)

前のエントリーで、(少なくとも日本版の)ウィキでは本人が登場して情報を訂正するのは差し支えないとされていることを伝えたのだが、一般的には本人がブログや公式HP上でそれについて触れ、その後ウィキのノートで同じ主張をする、という方法が取られることが多くなっているようだ。もちろんこれは本人を特定するのが難しいことによるのだが、有名人の方はウィキに対する正しい対応を知らないと泣き寝入りする羽目になってしまうので、間違いがあれば積極的にそれを修正して頂きたい(Wikipedia:ページの編集は大胆に)。もしくは、身近にいるウィキペディアンに助けを求めることだ。もっとも、ウィキペディアンが皆バッジをつけているわけではないので発見するのがそもそも難しい。(特に60名強しかいない管理者を探すのは至難の業だろう)

池田氏も、本件はブログでコメントしている。
2ちゃんねる化するウィキペディア

次に、「バカの壁」で有名な養老孟司教授

養老孟司 エントリー (表)
養老孟司 ノート (裏)

そして、何故かここに脳科学者の茂木健一郎氏が登場してくる。どうやらあまりに不正確で偏った記述が多いので「看過できない」事態となったらしい。

ブログエントリー 火山爆発 (茂木健一郎 クオリア日記)

(養老教授に関する下りを一部抜粋)

wikipediaに対する私の不満には、伏線がある。

今でもずいぶんひどいが、一時期の養老孟司さんに関する記述は全くのデタラメで、しかも底意地の悪い偏見に満ちており、無茶苦茶だと思っていたが、私が口を出したら余計混乱すると思って放っておいた。

その後、ノートであまりのデタラメぶりが指摘されて一部修正されたが、今でも公平を欠く記述であることには変わりがない。
英語版のwikipediaではあり得ない事態であろう。

しばらく前に、「バカの壁ハウス」を訪ねた時に、二人で庭の端に立っていた時、養老さんが昆虫の分布に関する研究についてお話されて、その後、「ぼくにしては珍しく論文を書くことにしたんですよ。ははは」と言われた。
何だか、ちょっと寂しそうだった。
それで、ボクは、養老さんはひょっとしてwikipediaの記述を読んでいるんじゃないかと直覚した。

養老さんに、そんな思いをさせていい気になっている輩どもが、許せないと思った。
どんな人でも、出っ張っているところと引っ込んでいるところがある。
養老孟司という人には美質や叡智があるから人気があるのであって、現在のwikipediaの記述は、著しく公平さに欠けている。

そして、当人の茂木氏のエントリーもなかなかすごいことになっている。過去ログが2ページにも及んでいる。

茂木健一郎 エントリー (表)
茂木健一郎 ノート 過去ログ1 2007年1月11日~2009年7月9日 (裏)
茂木健一郎 ノート 過去ログ2 2009年8月18日~2010年4月10日(裏)

元アスキーの西和彦氏の項目も、本人が編集合戦に加わり、とんでもないことになった例として記憶されている。

西和彦 エントリー (表)
西和彦 ノート (裏)

そして、その挙句の果てに彼がブログでウィキについて語ったのがこちらのエントリー その名も 「Wikipediaはネットの肥溜 – 西和彦」

何年か前にWikiとネットで喧嘩した。売り言葉に買い言葉で、どんどんエスカレートした。今でも僕の項目は編集にロックされている。知り合いの人は、自分でWIKIを書くのが良くないということで、友達に頼んで自分のWIKIを書いてもらっている。ほとんど自作自演の茶番劇みたいなものである。僕は、それは偽善であると思った。書くなら自分で書こうと思った。

「そんなに文句があるならマスコミに言ってみろ」と管理人か誰かに言われたので、週刊誌やテレビ局、NET NEWSなどに、いかに日本のWIKIを運営している人たちが腐っているかを話した。その結果はいまでもグーグルに出てくる。彼等は、そんなにニュースになるとは思っていなかったようだ。

その次に、「本国のWIKIの代表に言いつけてみよう」と、「シンポジウムするから来ませんか」と誘ったら、出てくれた。話を聞くと、アメリカの代表はまともな人であった。私はそのときに、変なのはWIKI本体ではなく、日本のWIKIを運営している人たちだということに気が付いた。そして、馬鹿らしくなって、そいつらとやり取りをすることをお休みしている。グーグルした結果を引用するだけで記事を書く人たちなので、中身が間違っていて、浅い、薄い、軽すぎる。今度、挑発されたら、また受けて立ってもいいかなと考えている。

僕たちの世代は新聞や本の「活字を信じるな」といわれて育った世界である。それが今ではネットになった。「ネットに書いてあることを信じている人はいない」と思うのは僕だけではないと思う。いいWEBもあれば、悪いWEBもある。今のネットは単一のWEBの全体集合だけでなく、WEBとGOOGLEがセットになっていわゆるWEBとして利用されている。そしてミニグーグルとミニWEBがWIKIではないか。だからWIKIはどこまで言ってもマイナーな存在であり続けるであろう。

問題はWIKIがPEDIAという接尾を使って、いわゆる百科事典のようなふりをしていることにあるのではないだろうか。その意味で、僕は昔2チャンネルのことを「便所の落書きみたいなもの」といったことがあるが、WIKIは「真実と嘘と無知と偏見と嫉妬と虚栄が混じったネットの肥溜みたいなもの」ではないだろうか。そして、それが日本にだけ起こっている現象であるということが残念である。

西氏は少しエスカレートしているきらいがあるが、僕もウィキはもう自分のことを「百科事典」と呼ぶことに問題があるという点では認識を同じくしている。
これだけの知名度と多くの支援で成り立っているウィキはもはやウィキであって、それ以外の何者でもない。どちらが上とか下とか、そういう問題でもない。百科事典だとかいうのは逃げ口上ではないか、あれだけ堂々と資金調達しているのだから、その姿勢を保てばいい。

これらは、冒頭の存命人物の伝記の「議論のあった存命人物項目」というところのほんの一例に過ぎない。ウィキはある意味毎日が戦争である。

そして、上記に出た方たちの何人かの共通認識が、「日本のウィキの特異性」である。もしかしたら日本ではウィキも「ガラパゴス化」しているのではないか?
そういう視点も、「憂鬱」では供給したいと考えている。 

どうだろう、ウィキについての見方が少し変わってきたのではないだろうか?(そんな方には、「ウィキペディアンの憂鬱」をご一読することをオススメします 笑)


フェイスブックやツイッターだけじゃない、ソーシャルメディアの今と未来について知りたい方はこちらをどうぞ。
あなたの周りの「プロ」は実は本当のソーシャルメディアを知らない、かも…

ウィキペディアでは原則として、自身や自身に関連した項目、あるいは自分の専門分野などについては編集すべきではないというルールがある。(ウィキの編集ガイドラインには一見言葉遊びのように見えるような表記も多いので、ここでは少し言語を分り易いものに変更しました)

ここで問題になるのは、自分自身あるいは自分が代理するような人物について、何か不適切な表記や誤った情報が記載されているのを発見した場合です。
今回はその対応について説明します。

下記は表題の通り Wikipedia:存命人物の伝記 という項目からの抜粋です。

「存命人物の伝記」の執筆時には特段の注意を払わなければなりません。「存命人物の伝記」には一定の配慮が必要であり、また下記の基本方針を厳守しなければなりません。

* Wikipedia:検証可能性
* Wikipedia:中立的な観点
* Wikipedia:独自研究は載せない

記事は「正確な」ものでなければいけません。特に、その人物の生涯の細部については、信頼性の高い参考資料だけを用いるべきです。存命中の人物に関する否定的な情報で出典の無い、あるいは貧弱なソース(情報源)しかないものは、項目本文およびノートから即刻除去するべきです[1]。 これらの基本方針は伝記以外の項目における、存命人物の記述にも適用されます。

方針の位置づけ(一部抜粋)

2009年4月に、存命中の人物の伝記に関するウィキメディア財団の姿勢を示す決議が採決されました[2]。この文書は、決議で勧告されているように、存命人物を解説する記事について、中立性と検証可能性について特別の注意を喚起するポリシーです。

ウィキペディアの記事は、検索エンジンによる検索結果の上位に現れる機会が増えました。これは同時に、記事の当事者の雇い主や同僚、友人、隣人、知人といった当事者の生活に影響を与えるような人たちが、当事者についての記述をウィキメディアのサイト上で探し当てる可能性も増えたということでもあります。存命中の人々に関する記事については、中立的な観点に立ち、情報源をきちんと挙げて確かな解説を行うといったことについて編集コミュニティの責任も大きくなっています。

そして、もしもあなた自身の記事について何か誤りを見つけた場合は直接対応することが可能です。
これは下記の項目で説明されています。

本人を情報源にする場合

記事の執筆に本人が参加するケースがあります。本人自ら編集したり、対象となる人々の代表が編集したりするかもしれません。彼らはノートやメールでウィキペディアンに連絡してくるかもしれません。あるいは、プレスリリースや個人のウェブサイト、ブログ、自伝などで情報を提供するかもしれません。当事者提供の情報と記事本文のソース無しの記述が矛盾する場合、出典の無い記述は取り除かれねばなりません。

下記のような場合、当事者提供の情報を記事に加筆しても構いません。

* 情報に当事者の知名度に釣り合うような重要性があること
* 論争が起きやすくないこと。
* 不当に本人に都合よく書かれていないこと。
* 第三者に対する主張や当該人物に直接関係ない出来事に関する主張を含まないこと。
* それが、確かに項目当事者自身で書かれたものであること。

* 本人のブログや個人サイトは、たとえ出典として用いなくても、外部リンクや参考文献にリストして構いません。

当人はプライバシー尊重を望んでいると推定する

ウィキペディアは芸能レポーターでも、スクープ記事でもありません。存命人物の伝記は、慎重に、かつ当該人物のプライバシーに配慮して書くべきです。」

重要な項目の一つが「誕生日」、つまり年齢についてです。ウィキの人物伝にはたいてい誕生日が記載されていますが、これは本人や所属団体が公的なプロフィールとして発表していなければ、削除する権利があります。これについては下記の項目が示すとおりです。

誕生日のプライバシー

ウィキペディアには著名人の正確な誕生日が載っていることがありますが、ほとんどの存命人物の場合、この情報を記載するには注意が必要です。

多くの存命著名人の誕生日は一般に公開され広く知られていますが、それほど著名で無い場合は必ずしもそうとは限りません。

「なりすまし犯罪」が増えつつある中(identity theft: [1])、正確な誕生日は個人情報であると考える人が増えています。

その人物が著名であるかはっきりしない場合、あるいは、項目対象になっている人物からその誕生日の公開について苦情が寄せられた場合、安全側に倒して誕生年だけ書くようにしてください。

そして、ご自身についての記事を修正したいと考える場合には下記のガイドラインを参考に訂正してください。自身の名誉を守るためにも重要な権利です。
もしかしたら、あなたのことを意図的に貶めようとする存在がいて、編集をしているのかも知れないのですから。

ウィキペディアは本人による項目の新規投稿や既存記事への加筆は思いとどまるよう勧めますが、不正確な記述の修正や、不正確、あるいは根拠の無い記述の除去は歓迎します。

IP編集者が存命人物の記事を全部または一部消去する場合は、注意深く判断しなければなりません。項目の個人が特に著名なわけではない場合、そういう編集は「通常、荒らしではなく」項目当人が偏ったり不正確だったりする記述を取り除こうとしているのです。「最近更新したページ」を監視している人などは、こういう場合、誰を相手にしているのか、注意深く確かめるべきであり、挑発的な要約を書いたり、「荒らし」テンプレートを貼ったりすることは避けてください。

そして、事態がもしもあなたの手に負えないようでしたら、下記の項目を参考に、ウィキペディアン(ボランティア)に助けを要請してください。
電話はNGですが、メールによる連絡が可能です。
あなた自身に関する記事の扱いについて

あなた自身に関する記事に疑問や問題がある場合は、info-jaチームにメールしてください。あるいは、そのページの編集者にこのガイドラインを示してください。ガイドラインの遵守を求める上で助けが必要なら管理者に連絡してください。
Wikipedia:管理者への依頼」を参照

特に面白いと思ったのは下記の項目。確かに新人ウィキペディアンに対する指導は、時に厳しすぎるように思えることがしばしば。愛のムチと取れなくもないんですがね(苦笑)

Wikipedia:新規参加者を苛めないでください

ウィキペディアは熱心な参加者の努力だけではなく、匿名を含む多くの新規参加者の貢献によって、現在の姿となりました。新規参加者は、ウィキペディアにおける将来の重要なメンバーたりうる大切な人材でもあるのです。コミュニティにおける彼らの価値を理解しましょう。

新規参加者には、親切に、礼儀正しく、そして根気を持って接しなければなりません。なにか理由があったとしても、彼らに敵意を向けてはいけません。この事ほど、新規参加者を怖がらせ、ウィキペディアへ関わるのを避けさせてしまうことはないのです。

つまり、新規参加者を減らそうとすれば、威嚇して彼らが近寄りがたくしてしまえばいい、ということになりますね。
相手がそういうつもりではなくても、そういう気持ちで執筆の道を断念する新規参加者も多いことでしょう。。。

全てのウィキペディアンのみなさんに、もう一度下記の項目を確認頂きたいです。原則、原則、と大声を張り上げる前に。。。

新規参加者に忠告する際には、ウィキペディアで通常使われている落ち着いた口調から、さらに和らげた話し方を心がけましょう。新規参加者が、真に歓迎されていると感じられるように接しましょう。

新規参加者はウィキペディアの役に立ちたいと思っているはずです。我々が行っている編集の習慣をまだ知らないからといって、それを知りたくないと思っているわけではありません。ですから、学ぶ機会を与えてあげましょう! 我々だって、かつては新規参加者だったのですから(自分は最初から経験者だった? 確かに、同様のウィキに参加したことがあったり、最初の編集を行う前に全ての資料に目を通してルールや習慣を理解してしまうような人もいます。しかし、だからといって「普通の」新規参加者を見下していいわけはありません)。

「いいのか?話してもいいよ、別に」それに気づいたレイジは声をかけたが、
「いや、仕事の電話だから後でやるさ。それより本題に移ろうか」と武内は言った。今日のうちに学んでおかないといけないことがあるらしく、それがそもそも呼び出された理由だった。

ウィキペディアの五大原則
「じゃー簡単にウィキペディアについて説明する。と、言っても読む方は知ってるだろうから、執筆する方についてのみだ」レイジは準備していたメモをコンピュータ上で開きながら話し始めた。
「一般の人は閲覧するだけだからほとんど知らないと思うが、ウィキペディアにはかなり厳密な運用ルールがある。そして、それらを束ねているのがウィキでいうところの憲法とも呼ぶべき五大原則だ」

「五大原則ね」武内はそういいながら手元のメモ帳でメモを取り始めた。
「そう、これは五本の柱と呼ばれており、ウィキペディアが創設されて以来ずっと変わっていない。どの言語のウィキをとっても同じことだ。説明しよう」そう言いながらレイジは手元のメモに大きな字で1から5まで書き綴った。

「まず第一の原則。それはウィキペディアは百科事典だというものだ」とレイジは言った。
「なるほど」武内の耳にはごく当然のように聞こえた。それは誰もが知っているウィキペディアの姿であった、少なくとも武内はそう思っていたに違いない。
 しかし、この最初の原則からしてウィキペディアの現状と既に矛盾してきている。と心の中でレイジはつぶやいていた。数十の言語に翻訳されて、毎日数百万というページビューを誇るこのウィキペディアという史上稀に見る活気な存在は、もはや百科事典などという旧世紀以前の過去の遺物とはすでに一線を画してしまっている。ウィキペディアはウィキペディアであって、それ以上でもそれ以下でもない、というのがレイジの持論だった。
「実際にはもうこの原則はウィキには当てはまらないと僕は思ってる。だけど、ややこしいからまた後でゆっくり説明することにしよう。とにかくこの原則が最初のルールだ、そしていわゆる「特筆性」のルールとこのウィキペディアは百科事典だという鉄則にはその内何度も出くわすことになるからよく覚えておいてくれ」

「なるほど」と言ってはみたものの武内はまだ釈然としないようだった。
 そんな武内を尻目に、レイジはさっさと説明を続ける。大学で一緒に学んでから、かれこれ十数年の仲であり、この人柄は素晴らしいが、何とも要領の悪い男の良い部分と悪い部分については他の誰よりも理解しているつもりだった。お互い郷里を離れて長いので、もしかすると安彦の家族よりも自分のほうが彼という男についてよく理解しているのではないかと思えるほどだった。ふと視線を落とした腕時計は午後1時を刻もうとしていた。

ウィキペディアンの憂鬱 8 9 10 へ

(*出版時期が具体的になりつつあり、本格的執筆を開始したため、一部名称などが変更になっております。追ってブログのエントリーも修正して参ります。読みにくいかと思いますが、しばらくご辛抱ください)

12月と1月に出版するビジネス書の次はいよいよ小説に着手する。一つは英語に関するもので、これはいわゆる娯楽小説だ。
そして、もう一つがこれまでブログでも連載してきた「ウィキペディアンの憂鬱」だが、こちらは版元との話で、ミステリ色を強めていくことになった。

筆者も推理小説は大好きで、他の多くの方と同じようにシャーロックホームズ(ドイル)やルパン(ルブラン)といった児童向け作品から読み始め、赤川次郎、アガサクリスティへと読み進めたあたりで暗黒の(!?)浪人時代を迎えた。週末も友人宅で子供たちと一緒に「名探偵コナン」のDVDを見続けたりしたものだが、このミステリ小説というのは自分で書くと思いの他難しいということに気づいた。(当たり前の話だが)メインのプロット以外にも複線やら、各キャラクターの背景設定やら、とにかく考えることが多い。ラスベガスへの往復、車を運転しながらさんざん頭の中でストーリーを揉んでみた結果あらすじはうまくまとまってきたように思う。(一見危ない行為だが、逆に考え事でもしてないと運転中の眠気に耐えられない 苦笑)

何とか1ヶ月以内で草稿を書き上げていきたいと考えているのだが果たして。

検討の結果、下記のような内容の序章を書き足すことにした。(登場人物は仮称)

深夜の閑静な住宅街。帰路の途中で不審な人物に尾行されていることに気づいたアケミは、助けを求めて飛び出た車道で目の前から来た車にはねられて意識を失う。ちょうどその時辺りをジョギングしていた婦人警官のサエコは悲鳴を聞いて慌ててアケミの元に向かう。不審な人物が反対側に走り去るのを見かけたサエコは、アケミがうわごとのようにつぶやく言葉をかろうじて聞き取った。「ウィキペディアン。。。」 どこかで聞いたことのあるその言葉が、これから彼女を一連の騒動に巻き込むなどとは露知らず、サエコはアケミを近くの緊急病院に運び込む手配をする。この事件の二日前にはサエコが配属されている世田谷区のアパートである女性が怪死を遂げていた。事故死あるいは自殺か、それとも他殺かで意見が分かれていたこの事件とアケミを襲った事故の関連性とは?物語の主人公であるロサンゼルス在住のブロガーとアケミ、そしてアケミの大学時代からの友人の新聞記者ナオキはひょんなことからつながり、共同で事件の解決に挑む。人を虜にし、そして廃人にもしてしまうウィキペディアの謎とは、そして世間に知られていない光と影、そして闇とは何なのか。

ソーシャルメディアブログを運営するブログ作家の書き下ろし。
ソーシャルメディアの雄「ウィキペディア」を取り巻く光と影に焦点を当てた画期的なミステリ小説! 

という具合。なんとなくそれらしく聞こえませんか?(笑)
本格的な小説家デビュー作品になるよう全身全霊を傾けます!!

武内は日本では理系出身なのだが、アメリカに留学した時には訳あってまったく違う専攻になった。地理学部までは柳田と同じだったが、マイナーといわれる専門が違った。環境政策学を学んだ柳田に対して、どちらかというと人間嫌いの武内は生物地理を選択した。まだ二人が二十代だった当時、武内が何度も永住権を取ったらパークレンジャーになるんだと言っていたことを柳田は昨日のように覚えている。この武内にはまだまだウィキの世界の裏側が見えていないようだ。もちろんここまでの話は正論ばかりであるから、何も反駁する必要がないとは思うが。実際にウィキを取り巻く環境というのは本当に奥が深い。

「そこまで聞いてる限りでは何も問題ないように聞こえるんだけどなぁ。」
と一見して善人にしか見えない武内が答えた。最近はまっているゴルフのせいで肌は真っ黒に日焼けしているが、彼を見て悪人だと思う人間はまずいないだろうと思えた。その癖、柳田が知っている十何年という間、浮いた噂の一つも聞いたことがなかった。もっとも柳田もそういうところには特別気も使わないのだが。

「それはあくまでもルールが正当に守られた場合だ。しかもこのルールというのがどちらかというと、スポーツのルールって感じでもない。何て説明したらいいんだろう。」
柳田はうぅむと少し考え込んだ。考え込む際に顎の下に少し手を置いて首を前方に傾げる癖があるのは彼のトレードマークとも言えた。

「いい例が思いつかないんだけども、例えばウィキを格闘技としたら相手と自分で同じルールで戦っているはずのように思っていたら、相手のほうが自分をやっつけるのに向いているルールをいくつも余分に知ってた、みたいな感じ。やられたほうはやられてから気づく、みたいな」
説明している柳田本人もしっくりはいっていない様子だったが、話された武内のほうもまったく同じような印象を受けた。何となくは分かるのだが、よく意味が分からない。

「違うなぁ。実際には法定論争というのが一番ぴったりくるんだよな。そう、ウィキは法定論争なんだ。項目の執筆者は被告、例えばそれを擁護しようとする俺たちは被告側の弁護人、勿論自分が被告の場合もある。そしてウィキの編集者は原告側の検事であり裁判官だ」
今回は少し柳田も当を得たり、という顔だった。
実際にこの例はずっと柳田も思い描いていたことだった。ウィキの編纂というのはあたかも弁護士のような作業だ。正当性をうまく主張しなければすぐに削除されたり、編集の根拠を問われたりする。日本にいた19年間は国語少年で鳴らした柳田であり、中学校までは弁護士になりたいと考えていたくらいだったので、このウィキのロジックについていくのはそれほど苦ではなかった。だが、一般のどれだけの人々がこのロジックを理解し、またついていけるかどうかというのは甚だ疑問だった。オープンなようでオープンではない、それがウィキペディアだと感じていた。少なくとも日本版は。もっともそうでなければあちこち荒らされてしまって体をなさなくなるということもよく分かっている。

武内はポケットに入れていた携帯が鳴っているのに気づいた。そっと調べると電話の主は今話している当人である柳田の妻、恵子であった。もちろん柳田とは竹馬の友である武内であるから、妻ともそれなりに面識やつきあいがあった。武内は黙って電話を留守番電話に転送した。

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「おはよう。ごめんね、ちょっと遅くなった」
ぼぉっと考え事をしていた柳田の背から若い男の声がして柳田は振り返った。
「あぁ、いえいえ、こちらこそ悪いな。朝から呼び出したりして」
柳田は立ち上がって男と握手をした。
男の名前は武内安彦、柳田よりは三つ程年上で、大学時代からの親友である。すでにつきあいは15年以上にも及ぶ気のおけない仲間、色んな人生の分岐点を共に通過してきたという点ではむしろ「戦友」に近かった。
「じゃー早速やろうか。」そういいながら柳田はノートパソコンを立ち上げた。
「そうそうタグの理解はどうだった?そんな難しくないだろ。」
「そうだね、そんなに難しくはなさそうだ」
武内はラウンジから水を二杯もってきて、二人が座っているテーブルに置いた。

「そうなんだよ。ウィキの執筆自体はそう難しくはない。問題なのは執筆に関するルールだ、そして管理者の存在。特に新規項目を作成するのは並大抵のことじゃない」
ブラウザを立ち上げて早速昨日作成したばかりのウィキの項目を表示して見せた。
幸いそこには「即時削除」の文字は表示されていなかった。

「よし、どうやら即時削除は免れたらしい。これがでなければ後は更新するタイミングで下手なことさえしなければ管理者の目に触れることはない」
柳田は頷きながらつぶやいた。
「でも、そこまで管理者のことを気にしないと作成できないなんてなんかおかしい気がするんだけどな」武内は思っていた疑問をぶつけた。
「まぁね。しかも問題はそれだけじゃない、即時削除なんてのはルールの問題でそれ自体には良いとか悪いとかはない、誰がそれを行使するかという点でのポリシーの方がむしろ問題だ。何てったって管理者なら誰だってその権限を行使できるんだから。」
「だけど、管理者ってのはウィキペディア側から認められた人たちのわけだから、そんなに変なことしたりしないんじゃないの?」武内は水を少し口に含んだ。

柳田は少し面倒くさそうに首を横に振りながら、答えた。
「それがそうじゃない、ウィキペディアと管理者というのは別に信任されてる関係とか、そういうのじゃない。ウィキペディアにはそういう存在がほとんどいない。」
「ウィキが続いているのを単純に人間の良心だとか、ウェブ2.0だとか知ったかぶりして話す連中は多いが、ウィキが成功している最大の理由はそのシステムだと俺は思ってる。 オープンソースっていうのがあるだろ?ソフトウェアなんかでライセンスをフリーにしてみんなで開発するやつだ。簡単にいうとウィキはあんな風に、「ルール」だけを決めてそれを徹底的に遵守することで成り立っている。そして、ウィキの管理者というのが」
柳田はコップの水を一気に飲み干した。
「このルールを最大限に熟知してる連中だってことだ」
(続く)

ウィキペディアンの憂鬱 6 7 8

2010年3月16日(火)
昨日と同じホテルのロビーで人を待ちながら、柳田はそもそも自分がウィキの世界と関わりをもつようになったきっかけに思いを馳せていた。

世界を席巻した任天堂の家庭用ゲーム機「ファミコン」で育った柳田はいわゆる「秋葉世代」、あるいはIT世代であった。カリフォルニアの大学に留学している際にコンピュータラボで初めてインターネットの世界を体験した彼はもちろんウィキペディアという存在については一般的な日本人よりも早く知っていた。しかし、自分がウィキペディアの編纂に関わるなどという大それた思いをもつことはなかった。それが現実化したのは自分で起業して翻訳とオンラインマーケティングをやる会社を運営するようになってからだった。最初のきっかけは日本のクライアントのプロモーションを手伝うために、まだ存在していなかった英語のエントリーを作成したことだった。

ウィキペディアの編集をするには特定のルールがある。ウェブページを作成するのと同じようにタグと言われるコードをうまく利用しなければページを作成することはできない。また既に出来上がっているページに加筆・修正をすることは比較的容易なのだが、自分で新しいページを作るとなるとこれがまた難しい。何故ならまずどこかからフォーマットをもってくる必要がある。自分で作成するとうまくいかないので、大抵の場合は誰かが作成した他のページの中からよくできているものをコピーして、項目を差し替えることでスタートすることになる。これはむしろウィキペディア側から推奨されることなので、何も問題があることではない。

ウィキの作成が難しくなるのはこれからである。最初に作成された項目は専用のページにリストされて、白日の元に晒されることになる。この時に多くのウィキペディアン、そして彼らをいわば「束ねる」存在の管理者たちがその内容を厳しくチェックする。ここで問題が発覚すると、いわゆる「即時削除」の対象となってしまい、すぐに削除されてしまう。素人が作った多くのページはこの段階であっけなく削除されてしまう。あるいは類似するような項目があった場合にはそちらに振り分けられる、つまりリダイレクトされたり、他の項目と一緒にまとめられたりする。このような処理は日本語だけでも70万という膨大な項目を収録するオンライン百科事典「ウィキペディア」を効率よく処理するために必要なものであるということは理解できる。

しかし、問題は多くの新参者がそのようなルールをよく理解できていないことである。結果として時には数時間もかけて作成したページを一瞬にして削除されたのを知った作成者は大抵数パターンの決まった反応を取る。一つは落胆する、もう一つは激怒する、そして多くの場合はその両方である。ウィキペディアのルールをよく理解せずに作成した者にも非があるとは言えなくもないが、ウィキペディアのルールと一概にいってもかなり広範なものであり、それは例えば子供たち同士でバスケットボールをプレイするのにその前に一通りルールブックをマスターしないとプレイできないというようなものである。この点ではウィキペディアの例はスポーツではなく、むしろ自動車の運転の教則本が近いのかも知れない。 

柳田は人生のかなり早い10代という時期にインターネットに触れたということもあり、当然自前のホームページを作成したりすることに大学生の頃からちょくちょく挑戦していた。そのため、ウィキペディアの独特のタグの利用についてはそれほど違和感なく学ぶことができた。仕事で手がけたオンラインゲームの翻訳のプロジェクトでも独自のウィキ(ミニウィキと呼ばれる)を利用していたことも更なる助けになった。ウィキにはサンドボックスと呼ばれる練習ページが準備されているので、初心者はこちらで記載に必要なタグの使い方について学ぶようになる。しかし、このサンドボックスを柳田はもはや必要としないくらいの腕前にはあった。

「おはよう。ごめんね、ちょっと遅くなった」
ぼぉっと考え事をしていた柳田の背から若い男の声がして柳田は振り返った。(続く)

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