Archive for the 「 対談集 」 Category

Ust番組 LOOOPS TV に出演しました

ソーシャルメディアについての講演をする時に、リスナーである大企業の広報担当の皆さんに私が訴えさせて頂いている2つのこと。それは専門の人材を配置したり専門家に相談することと、ソーシャルメディアむけの広告予算を捻出して頂きたいということです。そして最後の質疑応答の時間によく訊かれるのが、「ではその専門家は誰ですか?」という質問。その時に最初に名前を挙げさせて頂いているのが斉藤徹さん率いるLOOOPS(ループス)であり、ソーシャルリーダーズです。
もちろんソーシャルリ業界の中で斉藤さんの名前を知らない方はいないでしょう。氏のブログは現在日本のソーシャルメディア界のマーケティング情報を伝えるものの中では群を抜いていると思います。

(実は現在私がよく知っているソーシャルメディア仲間でLogkr(ロッカー)という新しいチームを形成しようとしているところで、これは主に海外に進出したい企業を支援する専門家チームですので他の皆さんとはあまり被りませんね。私が当面どこまで時間を避けるかは謎ですが)

そんなループスはソーシャルメディアの専門家集団なのですが、LOOOPS TVという番組でUst上でも積極的に情報を配信されています。さすがのブランディング力だけに視聴者数も他のUst番組に比べてコンスタントに良い数字を叩き出しています。同時視聴3桁、アーカイブ4桁は現在の日本のソーシャル番組(レギュラー)ではかなり高いほうです。テレビの視聴率に慣れた広告主には耳が痛いかも知れませんが、有効視聴率を考えた際にはこれらの数字は決して侮れません。この数字が同時視聴4桁、アーカイブ5桁になる時が分岐点でしょうね。
(一部特番ではいい数字が出ますが、レギュラーで出すのは難しいです)もちろんニコ生はすごいことになる時がありますが、あれはビジネス向けではないので特例ということで (苦笑)

今回はソーシャルリーダーズの高川代表と一緒にソーシャルおじさんこと徳本さんのコーナーに出演させて頂きました。
LOOOPS TV

今回の番組のテーマは「日本発世界を目指すスタートアップ特集」ということで、実は当意力ブログのテーマにぴったりだったんですね。今度はそのテーマでもお話させて頂きたいですね。

配信アーカイブはコチラ

実は翌日もまたこのスタジオに来ることになるのでした。。。

意力ブログは日本を出て世界の舞台に挑戦する皆さんを応援します。

今回の日本出張で、大変興味深かったのはテレビ業界にいらした方、それもパーソナリティやらキャスターをされてた方がソーシャルメディアの番組に出演されているのに出くわしたことだ。裏方ならいざ知らず、現役でテレビに出演されている方々やテレビで冠番組を持たれてたような方々がソーシャルメディアに進出されているというのは、何とも希望的な話だと思った。

具体的に私がお会いしたのは3人で、それぞれの皆さんの番組に参加させて頂いた。さすがにテレビに出られている方というのは個性的で何より「ビジュアル」に対する意識が徹底している。その点、どうしても外見に無頓着な私は見習うところが多いのだが。。。まぁ、テレビ向けの容姿でないことは十分に分かってるつもりなので、その辺は無理しないようにしている(笑) 何しろ、「どじょう」をキャッチフレーズにする政治家が頑張って総理大臣になっているような時代なので。(外見に対するコメントをされていたのには親近感が湧いた。あとあの声もいいと思う。他はまだ未知数なのでノーコメントだが)

小倉淳さんは先のエントリーで説明したJPLIVE.TVというソーシャルメディアチャンネルを独自に立ち上げられているし、堤信子さんはUstのたくひろナイトでお気に入りの文房具に関するテーマでコーナーを持たれている。

で、白沢みきさんの方はというと、拙著「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」にもコメントを寄せて頂いたLA在住のコンサルタント鈴木典子さんと一緒にSS Talkという番組を立ち上げられている。二本収録してきたのだが、その最初のものを下記にご紹介します。

英語教育はこれまでにもZEN ENGLISHシリーズで手がけてきたのだが、やはり動画での説明のほうが分かりやすいという方も多いのかも知れない。
貴重な機会に感謝である。

番組は毎週水曜日に更新されているようだ。ご興味のある方はぜひとも購読登録して頂きたい。

イベントは二部構成

まずはそれぞれの講演。
私の講演でソーシャルメディアについての概略と震災の件について。

次に慶応大学のジョンキム先生がソーシャルメディアの社会的・政治的意義についての解説
キム先生の講演風景

それにしてもキム先生は驚くほど日本語の講演がお上手である。それが本職ではあると分かっていても感心する。話し方も丁寧でわかりやすい。私が第二言語の英語でこれくらい上手に話せるかどうか、と自問自答してしまった。(ところで、キム先生にとって恐らく日本語は第三言語なのでは!? それならなおさらスゴイ。私は韓国語で講義なんてできません 汗)

各自の解説が終われば、パネルディスカッション、そして質疑応答、となるはずだったが、モデレーターの干場社長により、この二つは一つにミックスされたような格好に。

パネルディスカッションの風景

イベントのあとはサイン会。
サイン会の様子

イベント終了後にキム先生、干場社長との記念撮影
イベント後の記念撮影 ジョン・キム先生と干場社長

当日の様子はディスカヴァー社の公式ブログでも取り上げられている。

お越し頂いてありがとうございました!次回は8月22日にアカデミーヒルズのライブラリートークにて講演を行います。

先日ディスカヴァー・トゥエンティワンの干場社長が出演したたくひろナイトというUst番組に、いよいよ明日出ることになった。

放送は午後8時から8時45分まで。もっとも、これはUst番組なので生で逃してもアーカイブがあって全然大丈夫。

配信ページはコチラ

この件で先日番組ホストのたくひろさんにお会いしたのだが、たくひろさんのブログにて掲載されておりました。
8月1日のための打ち合わせを立入勝義さんと。

そう、打ち合わせの時は、私のプロフィールだとか文房具の話とかで盛り上がって結局ソーシャルメディアの話がほとんどできないまま。まぁ、なんというか後は成り行きでなんとかしちゃうんだろう(笑)

文房具の部分では、ブロガーということでこだわりの「電子」文房具について話そうと思う。というと何のこっちゃ分からないだろうけどもいわゆる入力機器について、ということ。

何ともアクセスが気になるのだが、二桁は恥ずかしいからせめて三桁いってほしいなぁ~ (苦笑)

思えば、私は昔から人と話をするのが大好きで、小学校時代から「おしゃべり」で有名だった。ただでさえコミュニケーションの活発な大阪でおしゃべりなんだから、とんでもない情報量が頭の中をめまぐるしく駆け巡っていたのだろう。そして、旅をするのも大好きだった。中学校では京都に自転車 (!) でよく出かけたし、高校時代は九州を自転車で縦断したり、能登半島を歩いて回ったり、そして極めつけは私の人生を変えたアメリカへのバックパッカー旅行であり、旅行ではないがボランティアでエチオピアに三ヶ月滞在したのも素晴らしい思い出として記憶されている。

「月日は百代の過客にして、行きこふ年も又旅人なり」 と詠んだのは芭蕉で、元になったのは李白の「夫天地者万物之逆旅也、光陰者百代之過客也、而浮生若夢」という漢詩とされるが、人生は旅であり、一期一会の出会いこそ素晴らしい。若い時に旅をして、見知らぬ人と出会う喜びに触れたことが、世界中の魅力ある人々と出会いたいと思う心につながったことは偶然ではあるまい。なんていうまどろっこしい前振りをしている私はまだ36歳、人生これからである。

さて、そんな人生にはタイミングというものがあり、それを逃さないためには周囲からサインを読み取ることだと思っている。これをセレンディピティと呼ぶ人もいる。
昨日私がお世話になっている仲間から連絡を頂いたことがきっかけで急遽今日の午後名古屋に行くことになった。アメリカからたまたま日本を訪れているジョン・ミルズ氏という方にお会いするためだ。こういうタイミングを逃してはいけないことは、過去の体験から痛いほど分かっているつもりである。

このミルズさん、実はすごい人である。
何がすごいってアメリカを代表する名門ハーバード大学のAsian Relationを統括している方なのだ。つまり、アジアの国々の政府や企業がハーバードと何かをしようと思ったら、まずは彼に話をしないといけない、ということだ。そんなことだから、彼の人脈たるや素晴らしいものがある。私が驚いたのは、先週サムスン電子のCEOであるイ・ジェヨン氏と会ってきた話について。内容はあまり話せないが、イ・ジェヨン氏といえば、韓国を代表するサムスンの代表イ・ゴンヒ会長の一人息子で、名実共に次期後継者である。(ちなみに韓国の長者番付3位で、1位は彼のお父さんだから、とにかくすごい 笑)
しかも夫人が日本人で、日本語が超うまい。打ち合わせがすべて日本語で行われたほどだ。
東野圭吾の話を少ししたら、どうやら「白夜行」の映画も観られたらしい(笑)

With Jon D. Mills from Harvard Univ.

ちょっとしたプロジェクトの話をしながら1時間半ほどの歓談だったが、非常に楽しい出会いだった。また何かご報告できることがあれば、当意力ブログでご報告したい。

今朝は関東圏では最も露出の多いウィキペディアン、と関西ウィキメディアユーザ会の会員の方から言われたKs aka 98さんとお会いした。
Ks aka 98さんは別名を日下(くさか)さんともいう。2008年に刊行された 「ウィキペディアで何が起こっているのか?」の第4章 それぞれが考えるウィキペディア日本語版 で、古参管理者のTomosさんと対談をされている方である。

初対面だったので、簡単な自己紹介から入り、私が「ウィキペディアンの憂鬱」を書くようになったいきさつなどを説明させて頂いた。Ks aka 98さんは非常に気さくな方で、専門分野も明確であり、ウィキペディアについての知識や編集歴も素晴らしいものをお持ちであり、お話は大変参考になった。「人類の叡智」を結集するウィキペディアが大きくなっている背景には、影で彼らのようなボランティアがいることを決して忘れてはならないのである。

大学時代に環境学を専攻した私にとって、「持続可能な発展」と「多様性」の問題は不可分なものであると考えている。私は常々ウィキペディア、あるいはウィキメディア財団の全てのプロジェクトが人類の叡智を結集する形で長期的に存続していって欲しいと願っている。今や世界最大の規模となり、百科事典という定義そのものを根本から覆しつつあるウィキペディアが世界規模で、そしてそれぞれの地域で存続するにはいろんなアプローチが必要であり、私も一ウィキペディアンとしてだけでなく、作家あるいはジャーナリストの観点からその存続に貢献したいと考えている。

Ks aka 98さんとのお話で共通の認識が確認できた点は多くあったが、大きかったのはコミュニティの中にファシリテーター的な存在が少ないという点。ともすれば一般人から「ウィキ廃人」と揶揄されるような特殊な人々が熱心に編集を続けていくこと自体は何も悪いことではないのだが、書き言葉だけでコミュニケーションを円滑に進めることは人間にとって難しいことだと思う。ウィキペディアの編集の世界では多くのルールとマナーが存在し、ルールを全く知らない、あるいは守ろうともしないような新参者と常に対峙し続けなければならないことからくるストレスは相当なものだ。だから時折ともすれば辛辣に聞こえる「愛の鞭」が善意で参加しようとした一般人の心を傷つけることもある。また、編集者同士の軋轢というのも生じてくる。
みんなで和気あいあいと楽しくやっていければ、それに越したことはないのだが、人が多く集まるとなかなかそういう風にはいかないのは何もウィキペディアのコミュニティに限ったことではない。この点について、例えば編集者同士がリアルで集まる機会を増やせばいいという考えをもつものもいるし、ウィキペディアの世界はウィキペディアの世界で完結すべきだと考える者もいる。

また、私は常々コミュニティの存続のためには底辺のユーザーを増やしていき、「出世魚」的にそれらの中からレベルの高い編集者、あるいは管理者が登場するのが多様性の観点からもいいと考えてきたが、実際にはそれだけ新人編集者が多く入ってくればその分彼らの指導にあたる経験者のリソースも割かれることになる。しかも、苦労して天塩にかけて育てたところで、その編集者が長くコミュニティにいてくれるかどうかは分からない。 なんだか、大企業の人事部の苦労を見ているようだ。
これについては、ウィキペディアの編集に興味のある人々を集めて、経験者がワークショップのようなものを開き、啓蒙するというのも効率的だし、企業が抱える疑問点などについても誰かが講演などをして答えていくというのも一つのアイデアだが、基本ボランティアで運営されているウィキペディアだけに、そんなことをしていると編集者各自の生活が立ち行かなくなってしまう。このあたりはむしろ、私のような草の根ブロガーが抱える問題に近いといえるだろう(笑)

いずれにせよ、あちこちで話題になっている「ウィキペディアンの憂鬱」を執筆するにあたり、これだけ編集者の皆さんとリアルなつながりをもてたことは今回の日本出張の大きな成果であると感謝している。Ks aka 98さんは大のミステリーファンでもあるそうで、お粗末なミステリ「調」の私の文章をお見せするのが何とも心苦しく、全体の構想を改めて見つめ直そうと思った次第である。

超大型の台風6号が来るといって、スケジュールを調整して東京に帰って来たのだが、なんだかどこかへ行ってしまったようだ。

さて、今日はお昼に拙著「検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?」で表紙に用いられた美しい写真を撮ってくださった佐藤慧さん(@KeiSatoJapan) とお会いした。

佐藤慧さんと新宿西口にて

佐藤さんを最初に見つけたきっかけは実は世界最悪の紛争地と呼ばれるコンゴを巡るツイートのやり取りだった。(現在東アフリカのソマリアが飢饉として認定されて悲惨な状態にあるようだが、コンゴはもっと前からレアアースやレアメタルといった天然資源の豊富さ故に略奪の限りを尽くされ600万人が死亡したとされている) 佐藤さんはザンビアでNPOの活動をされていたことがあり、それがきっかけでコンゴにも自ら足を踏み入れ、現地の状況を報道してきている。彼は何と1982年生まれの29歳!巷にこれだけ草食系男子が溢れる中で彼ほどすばらしい若者がいることは日本の未来にとって大きな希望だと思う。最近ではメディアへの露出も増えてきており、多忙な毎日を送られているようだが、穏やかな話しぶりとは裏腹に確固たる信念と独自の世界観を持っているのがよくわかる。(彼と同い年で学生の頃に出会っていたら、きっと毎日朝まで日本の未来について話しこんでいただろうし、若い女性だったらきっと彼のことを手放さなかっただろう(笑) 間違いなく日本の未来を支えていく出世株である)

私も20代の頃にエチオピアに3ヶ月ほど滞在していたことがあり、当時の体験は人生に大きな影響を及ぼした。自身がどれだけひ弱な存在かを思い知らされると同時に、必ずや何らかの形で貢献できるような人間になろうと密かに心に誓ったものである。佐藤さんの体験は私の体験より遙かに上をいっているが、苦労をし、凄惨な状況を目の当たりにしたものだけが感じられる世界というものがある。これは、いくら言葉で説明しようと思っても難しいものだが、少しでも似た様な境遇を通過した者ならその「心の共通項」をもって知ることができるのである。

拙著でも紹介したが、佐藤さんは陸前高田市で母上を津波によって失われている。そんな彼の口からでてくる復興への思い、そして新たに勃発している被災地のトラブルなどは聴く者の心を打つ。仮設住宅に入ると支援を打ち切られるということで、入るのをためらう方が多かったり、経済的基盤を無くした者にたかる消費者金融があったり。。。そして、日増しに数が少なくなるボランティア。いよいよ海外のボランティア団に支援を要請するようになったという。

まだ私も被災地入りしていないのだが、気持ち的に「手ぶら」でいくわけにもいかず、機会を伺っているところというのが現状。もっと力をつけなければ。。。

さて、そんな佐藤慧さんを含めた若手の写真家6人が共同で写真展を開いている。

コニカミノルタプラザ企画展 Sign 写真家たちの311
開催期間: 2011年8月2日~11日
開催時間: 10:30~19:00 (最終日は15:00まで) 無休・入場無料

8月7日(日)には写真家6名のトークショーも催されるという。(14:00~15:00)
出展者(敬称略)
今村拓馬 (1980年生)
佐藤慧 (1982年生)
渋谷敦志 (1975年生)
關口寛人 (1984年生)
安田菜津紀(1987年生)
山内浩 (1974年生)

*何と一番年長者の山内さんで私と同い年。若手ばかりで素晴らしい。皆さんがブログや自分ドメインの公式ページ、ツイッターなどで積極的にソーシャルメディアを使ってパーソナルブランディングをしていらっしゃるのもいい。ソーシャルメディアは財力や知名度のないフリーランスの活動家にとって強力なツールである。

意力は世界を支える情熱と生きがいをもった若い世代を応援します!

是非ともご家族でご訪問頂きたい。

日本出張中なう ~最終日~

あっという間に終わった日本出張。最終日はとっても慌ただしかった。まぁいつものことなんですが。
羽田便は出発が深夜の12時40分なので、その日まるまる行動できてしまいます。

LA仲間で、現在一時帰国中の杉本穂高さん(@hokatasugi) とお会いしました。
ソーシャルメディア革命を持参頂きました。ありがとうございます。
今回、お会いした方々の大半は拙著をご購入頂いてまして、3万部弱で、こんなに反響があるならミリオンとか売れてる本て、すごいんだろうな、という実感がありました。純粋に対人口で100人に1人とかが読む計算なんだから、そりゃそうですよね。頑張って売れる本を出したいものです。
お会いしたのは、その前にも立ち寄ってたブックファースト新宿店。その後一緒にブックファーストのルミネ店にも視察に行きました。

杉本穂高さんとソーシャルメディア革命

同日はソーシャルメディア革命の文中でもご紹介した「降りてゆく生き方」の上映会が世田谷でありました。目玉は主演の武田鉄矢さんらのトーク。
残念ながら帰国準備のため、私は参席できませんでしたが、杉本さんが急遽代わりに現地に赴いてくださいました。さすが映画関係者。

その後も、都内を激しく移動して、最後まで人に会ってお話。(政治家じゃないんですけども)

「好き」を仕事にする(ゴマブックス)の著者、長倉シュタッフ牧子さんからはサインを頂きました。環境関連の特定非営利活動法人 iGreenの発起人でもいらっしゃいます。筆者は僭越ながら理事を務めさせて頂いております。長倉さんはラジオ局にDJを派遣するFMバードという会社の社長さんでいらっしゃいます。ご主人は日本語が堪能なドイツ人の方で、原子力の専門家として先日週刊東洋経済にも取材されていました。写真は目黒のご自宅にて。日本での筆者のエージェント窓口は経験豊富な長倉さんにお任せするつもりでおります。

FMバードの長倉シュタッフ牧子さん

最後の最後にあったのは、元同僚の菅野雄大氏。現在はフジテレビ系列で映像撮影を担当しているとか。ハリウッドでも映画カメラマンとして活躍していたので、そのままの仕事を日本でも続けられてホントによかったですね。私の時間管理が出張中は特にひどく、あちこちでご迷惑をおかけしましたが、最後の最後もかなりマキになってしまい。。。渋谷駅ハチ公口近辺の、彼の友人のお店にて、ご挨拶だけ。少しでも、会えるのに意義がありますよね。

UDI w/ somebody

今年のソニーブースは過去最大の床面積とのこと。

以前ブログで対談をし、今月21日に出版される、「ソーシャルメディア革命」にも登場するソニーのソーシャルメディア担当のスッチー・ガグが、ソニーブースを紹介する動画を発見。

彼女はソニーの公式ブログの担当者でもある。日本でもこのような優秀なソーシャルメディアマーケティング担当をいかに発掘、あるいは育てていくかということがこれからのソーシャルメディア成長のカギを握るだろう。

海外での生活やビジネス体験が長く、日本人としては(恐らく外交官や商社、そして恐らく通訳などの人間も含め)トップクラスの英語を話す人たちが語る内容は本当に参考になる。ちなみに、ここでの対談を続けている吉田宣也氏は最近自身のブログで「英語公用語化」についての一連のエントリーを投稿をされている。

吉田氏の世界を舞台にした活躍の幅広さにはいつも驚かされるが、この度マイクロソフトが12月2日に東京で主催するマイクロソフトイノベーションデイにもITベンチャー向け分科会の講師として参加されることが決定しているようだ。

さて、今回はどういう話が飛び出すのだろうか。

MITビジネスプランコンテスト&クリニック2010

英語と日本語との違いについて

吉田: 例えば、「古池や 蛙飛び込む 水の音」を英語にするのは難しいですよね。
立入: というより、英訳することはできますが、確実に何かが失われている気がします。

吉田: そこに何行もの注釈をつけない限り、説明しきれないものが、日本語のひと言ひと言にあるように思えます。例えばここの「蛙」は、日本語自体では単数か複数か不明ですが、多くの日本人は一匹のカエルと確信します。また、表現されているのは「音」なのに、詠まれている心は「静けさ」です。(この意味では「岩にしみ入る蝉の声」も同じですね)

余談ですが、中国語にはもっとすごいパワーがあります。たとえば「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」という芭蕉の句があります。これはこれで素晴らしく完成された表現だと思いますが、一方で中国語では、月が池に映ってゆれるさまを、「酔月」(シュイユエ)というひと言で表現することができちゃいます。

立入: 酔ったお月さま、ですか。素敵ですね。私も言葉に関しては人一倍こだわりがあり、以前から「言霊」というものについて書いたりしています。ある意味人間の内面的な部分は言葉によって構成されているといっても過言ではない。「国家の品格」で有名な藤原正彦教授は高度な国語力が高度な情緒を生み出すという趣旨の内容を「祖国とは国語」という本で語られていますが、私はこのメッセージに衝撃を受けました。確かにその通りかも知れない、と。

吉田: はい。大げさですが、言葉というものに、用件を伝える道具以上のものを感じる時です。誰でも子供の頃、暗い所とかお化けとかが怖かった時期があると思いますが、そういう頃は、「亡霊」とかいう漢字を見ただけで怖くなった記憶がありますよ(笑)

立入: そうそう、それが「ボーレイ」じゃ怖くも何ともない(笑)
ということは吉田さんは、英語より日本語のほうが表現が豊かな言葉である、とお考えですか?

吉田: うーん・・・〔しばし考え〕、はい、それは、よくある通説なんですが、自分は必ずしもそうは思わないんです。そのことにちょっと関連して、よく「英語には敬語がない」って言うじゃないですか。立入さんも同感のはずですけど、これ正しくないですよね。英語にも、丁寧に言う方法、相手に対する敬意を込める方法、謙遜する方法、全部ありますよね。
前回紹介した映画「ア・フュー・グッド・メン」の例を再度出しますが、弁護士(トム・クルーズ)が重要参考人である大佐(ジャック・ニクラウス)に対して、ある書類の提出を要請します。最初は、それをください、と普通に(“I need a copy of the transfer order.”)言うのですが、大佐は意地悪から、ちゃんとナイスな頼み方をしろ、と言い返し
(“You need to ask me nicely.”)、
トム・クルーズが怒りを抑えながらも最大限に丁寧な表現に言い直すのです。
(“Colonel Jessep, if it’s not too much trouble, I would like to have a copy of the transfer order…, sir.”)

でもたしかに、敬語に関しては、アメリカ西海岸を中心に、ちゃんと使われない傾向が少しずつ出てきていて、悲しいことだと思います。あ、でもそういった傾向は、日本にもありますね。手紙の末尾に女性だけが使う素敵な響きのことば「かしこ」なんて、もうじき死語になっちゃうんじゃないですか?

立入: 日本ではケータイ文化の浸透で確実に言葉がはしょられてきている気がします。言葉の重みがなくなっているだけでなく、ボキャブラリーも少なくなってきてるんじゃないでしょうかね。新しい言葉もどんどん生まれてきてますが、ほとんどが省略語だったりします。

吉田: 敬語以外にも、日本語のもつ「深み」や「味わい」が英語にはない、とも言われます。それもちょっと違うと思います。冒頭に掲げた「古池や・・」を英訳する試みはあるが、どれもオリジナルの味わいを完全に失っている、という主張を聞きますよね。でもそれは、異なる言語間に横たわる大洋を渡るときの宿命のようなもので、逆に英語から日本語にしたときだって同じように失われるんです。それを失わないようにする努力が、凡庸な訳者と非凡な訳者の差が出るところでもあります。また、どちらの方向にも、名訳というものが生まれるゆえんでもあるわけです。

立入: なるほど。一般に名翻訳家と呼ばれる方々は、そういった部分で確実に実績を出されてるんでしょうね。

吉田: 日本に俳句や詩があるように、英語にもあります。なかでも簡単だけど美しいものを抜粋して紹介するので、せひ読んで味わってみてください。英語のもつ芸術性をちょこっと感じて頂けるのではと思います。

My love feeds on your love, beloved,
and as long as you live it will be in your arms
without leaving mine
- Pablo Neruda

The birds around me hopped and played,
Their thoughts I cannot measure
But the least motion which they made
It seemed a thrill of pleasure.
- William Wordsworth

But what do I care, for love will be over so soon,
Let my heart have its say and my mind stand idly by,
For my mind is proud and strong enough to be silent,
It is my heart that makes my songs, not I.
- Sara Teasdale

立入: うぅむ。まだまだ私のレベルでは到底手に負えないレベルですね(笑)

(続く)

吉田氏対談  4 5 へMITビジネスプランコンテスト&クリニック2010にて

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