30 12月 2009
いよいよ今年も終わろうとしている、今日は他のスタッフも来ておらず会社でゆっくり残務整理。。。と思ったら急に出荷処理が入った。Roccaforteというゲームデスクである。
今日は1台がローカルピックアップ、ゲームルームを改装したてだというアメリカ人の弁護士がわざわざ倉庫まで机をピックアップにきた、で、それ以外に2台出荷。
今月はこのゲームデスクが大売れでオンライン販売での単月の最高記録を更新した。さっそく私が最も尊敬する経営者三人のうちの一人であるMSYの秋山社長に昨日の電話会議の際にその事実を伝えたら喜んでおられた。私もやはり日本人として日本のメーカーの商品をアメリカで売るのを支援できるのは本当にうれしい。特にこのRoccaforteという机には思い入れも強く出だしが苦戦続きだっただけにうれしい限りだ。当社のサイト販売だけでコンテナ数本分はゆうに売れているからなかなかのものだと思う。月次レベルでは恐らく日本の大手量販店の数にも匹敵するだろうとのこと。
先日は世界を代表するゲーム雑誌であるPC GAMERの編集者じきじきにホリデー特別号の推奨品にあげたいということで問い合わせがあり、掲載してもらった。彼は業界では日本文化通で有名な人物である。つまり製品の人気はどんどんアメリカで高まっているということだ。サイトへのアクセス者数もかなり増えた。コンバージョン%はなんと2%を超えている。つまり50人来たら一人は買っていくということで、これはオンラインマーケティングの世界ではかなり驚異的な数字である。当社が得意としているSEOやフェイスブック、Twitterなどでのマーケティングの相乗効果が徐々にでてきているということだと考えられる。ちなみにこの製品は当社が北米で独占的に販売している、つまりマーケティングの大本は全部弊社だということになる。返品率は脅威の0%。現在の単価は249ドルで送料が100ドル追加されるから、それなりの値段である。それでこの売れ行きと返品率は驚異的といわざるをえない。今思えばそれでも立ち上げ当初、周囲で聞き込みをした際意は酷評されることも多かった。が、売る側の我々はいけるという確信をもっていたのである。
もう一つ好調だったのが電子出版。先日日本の大手新聞社(記事が出たら名前を明かそう)から急に連絡があり、電話での取材を申し込まれた。この記者の方の取材経歴を調べてみると過去にもなかなか先進的な話題に取り組まれていたということがわかり、取材の際になかなか市場のことを理解されているな、という実感をもったのも合点がいった。ちなみにローカルメディアの取材件数は未だに問い合わせすらなく、これも先進的なものを扱っている際にどれだけ一般的には認知されないかということを物語るいい例である。私の知り合いに新聞社の記者がいて、電子出版の話を半年くらい前にしたところ、「いやぁ、私はやっぱり本は紙面で読むほうが好きだから」という訳のわからない理由で取材の話すら思い浮かばなかったようで開いた口がふさがらなかった。一般ユーザーとしては理解できるコメントでも、ジャーナリズムを職業で担う者のコメントではない。何度もいうように、電子出版は単純に紙からペーパーレスに変わった、そういうことではないのだ。例えば電子メールの登場前後、携帯電話の登場前後を考えて頂きたい。市場や生活に及ぼしたインパクトは郵便物が単純にペーパーレスになっただけだっただろうか?電話は単純に持ち運びできるだけ以上の価値を生まなかったか?次元が広がるというのはそういうことである。B2BだってB2CだってB2B2Cだって、市場の拡大は次元が広がるととんでもなく大きくなる。未だに電子出版の話をするとキンドルとNOOKあるいはSONYの対決やアマゾンVSグーグルの対決の話しか頭にない人がどれだけ多いことか。しかし、これが先駆者の行く道である。本来フロンティアスピリットがアメリカンドリームの代名詞というかそれを支えてきたものであったわけで、もちろんそこにはリスクも伴うし、周囲の無関心や誤解、抽象といったものを招くわけである。しかし、そんなことにへこたれているようではその夢を実現できない。
よく聞く話でゴールドラッシュの時に一番儲かったのはあちこちから集まった金目当ての鉱夫に対していろんな物品を売った人だという。もちろん弊社の電子出版事業部が目指しているところもそこにある。クリエーターの夢を支援するという付加価値もついている。今の狭い日本の市場で苦しんでいる日本のクリエーターたちをどんどん世界にはばたかせていきたいと考えている。そのためにまずはコンテンツクリエーターとしての実績を着実に気づいている、そういうステージだ。おかげで、私は恐らく現時点で電子出版に最も詳しい日本人の一人だと自負しているし、実際に電子ブックリーダーのODM開発のプロジェクトも抱えている。いわゆる「垂直統合型」と言われるビジネスモデルを考えた際に、誰でも上流にあがったほうが力を持てるというのは想像がつくはずだ。ハードあるいはコンテンツ流通のプラットフォームを握る力をもてば、お金を生み出すのはそう難しいことではない。現在電子出版市場を苦しめているのは、そういう先見性もなく単に競合に独占させないようにという理由だけで深い哲学もなくハードをリリースしてくるハード開発メーカーであるし、既得権益を何とか維持しようとして閉鎖的な動きを見せる出版社である。この構図にはユーザー重視の思考は一切ない。iPhoneのAppストアが盛り上がった理由やYoutubeやニコニコ動画みたいなサービスがユーザーを惹きつけてやまない理由はそこにあるし、これまで順調だった任天堂がここに来て苦戦を強いられている理由も、ハードコアのMMORPGみたいな大型オンラインゲームがどこも苦戦している理由も全部そこにある。つまり作り手と消費者の間にできた大きな溝を埋めようという努力をしないところだ。価格というのも大事だし、「時間」という概念の理解が非常に重要になってきている。カジュアルゲームの恐ろしさ、携帯ハードの恐ろしさというのはユーザーの時間をいともたやすく奪っていることのできる「簡便性」という力である。昔は大作RPGをやるとなったら、それこそクリアーするまでは1ヶ月でも2ヶ月でもそれにのめりこむくらいの準備と決意で臨んだものだが、ここまで市場がにぎわってくるとそういうムードにはなかなかなれない。そういう大作をやっていても、並行して空き時間でちょこちょこ簡単なゲームをやっていると意識も散漫になっていくものである。作る側のエゴで大作をつくっている感があるのはハリウッドの映画も同じで、すでに消費者はお金を多くかけることが必ずしもよい作品を生み出すことにつながらないということを十分に理解している。
少し話がそれたが、電子出版という市場を甘くみないで頂きたい。資源的に見ても、例えば昔話題になった100ドルPCみたいなコンセプトになぞらえると、電子ブックリーダーが世界中の発展途上国の子供たちに配給されるようになり、コンテンツが手に入れられるようになると識字率なんかも大幅に向上するようになるではないか。私は以前アフリカの大学に編入しようと、アジスアベバ大学で1学期の間聴講生をしていたことがあるが、地理を勉強しようにも肝心の地図がない。図書館にいっても一つとか二つとか地図がない状況でどうやって地理を学べるというのか。(余談だが、エチオピアの人たちはエチオピアが「アフリカ」にないという風に思っている人が多くてびっくりした。もちろん日本がどこにあるか、そんなの知ってるわけもない)文学を学ぼうにも本がないだろうし、科学を勉強しようにも論文が手に入らないし研究資料がないのだ。逆にいうと、つまりそこには切実な需要があり市場があるということだ。電子出版市場は着実に成長を遂げており、日本でもKindle for iPhoneがリリースされたり、Kindle for PCがリリースされてPCでも閲覧できるようになったということで着実にユーザーの数は増えている。アマゾンのキンドルストアのコンテンツを見ても、6月には36万だったコンテンツがもうすぐ40万というところまできている。アマゾンのニュース(Amazon、Kindle向け電子書籍販売がリアル書籍を超えたと発表 IT Media)にもあるように、電子書籍販売はもはや紙媒体のそれを超える勢いを見せてきているのだ。ちなみに当社の日本語学習コンテンツはアマゾンの日本語指導コーナーで1位と2位を独占しているが、この2冊と漢字ラーニングのコンテンツの売り上げが伸びているにも関わらず最近はいぜんほどのランキング(昔は上位10%にランクされることもしばしばあった)が上がらないのは、全体の購買層が増え購買量が増えているからに違いない。このようなマーケティングデータが取れるのも先行者の強みである。
売り上げはどうかというと、これもまたかなり順調な推移だ。もちろん絶対金額がまだまだ少ないという人はいるだろうが、それもあと半年もすると無意味な反論となるだろう。販売冊数でみると今月は今日の時点で先月の30%アップ、売り上げ金額でいくと40%近くアップしている。このビジネスを開始した7月と比較すると販売数で40倍弱、売り上げ金額は80倍以上という数字がでている。販売数はコンテンツが毎月増えることもあり、一度たりとも落ちたことはなく、これからも無いだろうと考えている。アマゾンが頑張って市場を拡大してくれているおかげで、こちらの市場もどんどん大きくなるのだから。コンテンツのプランは着々と進んでおり、1月中には今の倍くらいの数にしたいと思っている。母集団が多い英語圏向けや中国語圏向けのコンテンツもどんどん増やしていきたい。「小遣い稼ぎ程度」と揶揄されることもしばしばあるが、何もしてなくても毎日上がってくる売り上げを見るのは本当にうれしいものだ。それがいくら小銭だろうと、である。
だいたい、たとえそれが少ないお金でも何もしなくても稼げるお金をもっている人が世の中に何人いるか。銀行預金で考えてみよう。例えばざっくりと普通預金で年利2.4%つくと(かなり多めに)考えても月々の利子は元金の0.2%。10000ドル預けて20ドルである。月に1000ドルをこれで稼ごうと思うと実に50万ドルの預金がいるわけで、つまり寝てても1000ドル稼げる人というのはそれなりに潤沢なキャッシュをもち投資を行っている人か、黙っても売れるコンテンツあるいは資産を所有しているなどで、一般人ではない。当社のコンテンツは速ければ1ヶ月とか半月以内の売り上げで作成コストを回収できるから、そこから先は完全な利益収入である。管理にも手間がかからず、単純に売り上げだけを見ていればアマゾンがお金を振り込んでくれる。お金を極力かけずにコンテンツを作る方法も、経験値があるのでいくらでも考えて実践することができる。(何より現在のヒット作品の原案はすべて私自身が考案したものだから、そういう意味では自身がリソースの宝庫であるので、そこのコストは度外視できる)
また、これは単純にアマゾンだけの市場の話をしていて、これからNOOKや中国、韓国、欧州の市場にも独自に蓄えたコンテンツで進出していくつもりだし、電子ブックリーダーの開発という一番上流で舵を握れる部分の利権でいくらでも楽しいことができる。本当に来年が楽しみなビジネスモデルであり、それを期待して年を越したいと思う。今は何よりも「産みの苦しみ」であり、実際に過去4回のお産に立ち会った経験から、その苦しみが大きければ大きいほど、生まれた子供とその成長する姿を見るのが楽しみだということは実感できているつもりである。だからあと一回の「力み」も我慢できるのだ。(特に双子の出産では)死ぬような思いをしてそれを体で示してくれた妻には本当に感謝している。
27 12月 2009
昨夜は家族で車で二十分ほどのところに住む友人の家でまったりとしたクリスマスを過ごした。まだ小さすぎる(2歳半)一番下の娘を除いた上の3人の娘はそのままSleep Over いわゆる「お泊り」である。おかげで休日にも関わらず今朝はゆっくりとした朝を過ごすことが出来る。(もうすぐ買い物にでかける訳だが)
さて、本題は文字通り「本を表紙で判断してはいけない」という意味である。私が最近熱心に聴くとある講演の中でもよく語られる言葉だ。私もこの言葉を重く受け止めており、主に人を判断する際にその人の身なりや肩書き、要旨、風評などでうかつな判断をせずに、あくまでもその中身で判断するべきであるという風に人に話すことが多い。これができないと、結局自身に(世間の噂などに振り回されず)相手を評価できる眼力が養われず、短期的にその過大、あるいは過小な評価が人間関係や事業に影響をもたらすことがある。これは例えば投資を検討する際に行うデューデリジェンスなどにも共通することであり、その場合は例えば経営者の経歴やオフィスの調度品や概観、PR広告などがそれにあたる。あくまでもビジネスの実態を判断し、また経営者の「人となり」を理解しながら、正しい判断をするように努める必要がある。ここで判断するのが非常に難しいものの一つが「成長性」である。これは個人でも事業でもまったく同じことだ。が、ここではそういう内容には深入りせず、私自身が経験して思わず苦笑した最近のとあるエピソードを紹介したい。
竹内君という友人がいる。彼とは渡米時期がほぼ同じで、最初はカレッジで共通の友人を通して知り合ったのだが、それからなんというか俗に言う腐れ縁みたいなもんで、UCLAで同じ学部(厳密にいうと彼は地理学部で私は地理/環境学部だった)で学び、同時に卒業した。それからも私の事業の立ち上げの多くに関わり人的な支援をしてくれるいわば「戦友」である。先日も、表題の言葉を話しながら最近私が手がけている中国ビジネスの例を取り、いかに人間がともすれば表面的な噂や見た目で人を判断しやすいか、そしてその眼力を養わない限り継続的に失敗することがあるかという話をしていた。話はかなり長く続き、最後は会社の外の駐車場で冬風が吹きすさぶ中の議論に及んだ。
その後、彼が一冊の本を貸してくれた、タイトルは「ユダヤ人大富豪の教えII」。大ベストセラーだった「ユダヤ人大富豪の教え」(本田健著)の続編である。彼はこの本の内容をいたく気に入ったという。私も実は以前BOOK OFFで立ち読みをして買いかけていたのだが、妻に止められたのでやめたことがあった。それからも内容は忘れられず、ひそかに再び読む機会を探していたのだが、彼が1ドルで買ったということで貸してくれることになった。前作はかなり昔に読んだのだが、当時は「金持ち父さん貧乏父さん」に触発され、ナポレオンヒルの作品などいわゆるフィナンシャル系の自己啓発本を読み漁っていた時期だった。読み終えた後に「スイス人銀行家の教え」という本があったのも知っていたが、そちらはタイトルがあまりピンとこなかったので、立ち読みすらしなかった。竹内君と一緒に食事をしながら、この本の話にもなり、「スイス人銀行家」の本も読んだのか?と訊くと、彼はそちらも読んだが、この本(2)の方が面白かったという。本の出だしは、前作でアメリカで貴重な体験をした主人公が日本のありきたりな大学生活にはまっていく自身を感じていた折、前作で指南をしてくれた師匠から手紙が届き、今度は欧州に旅立つというもの。今回の話はお金とのつきあい方や金持ちのレベルなど、より具体的で実践的な話が多く非常に感銘を受けた。(この本は前作と比べるとかなり創作っぽく、筆者も前作とは異なり実在する人物はいるものの話自体はフィクションだと述べていることもお断りしておく。さしたる問題ではないが)
この本を読み終わった後、爽やかな読後感に包まれながらいつものようにあとがきを読んでいた時のこと、最後の最後に書いてあるわずか一行の文言に目が釘づけになった。そこには「本書はスイス人銀行家の教えを改題したものです」とあった。びっくりして思わず本のカバーを読み直したら、カバーについていた帯にも同じことが書いてあるではないか! 小生をご存知の方なら理解してもらえると思うが、私は普段から活字に関してかなり鋭いセンスをもっており、誤字脱字やおかしな表現、あるいはその逆の優れたコピーなどに関して無意識的にチェックを入れることが多い。その自分が今回ばかりはまるっきり気づかなかったのだ。しかも前述のように、本を貸してくれた本人とその話をしていたにも関わらず。が、おかげで結果的には何の偏見もなく、その本を読みきり内容を楽しむことができた。(恐らく私のような人間が多かったため、マーケティング的に改題をしたのではないだろうか。それはとりもなおさず「銀行家」という言葉が一般の日本人にはピンとこないことが多いという事実を反映したものだと思われる。単純な推察だが改題版の方が売れたのではないか) いわゆるセレンディピティという観点では、この内容を通じて私が得た教訓とは、人に話す内容については自身もよくよく気をつけておかなければならない、という自戒の念であった。
25 12月 2009
今年も家族で一緒に過ごせることに感謝です。
子供たちもプレゼントたくさんできっと喜んでくれるはず!
みなさんもよい素敵なクリスマスを。(日本の人はもう終わってるけど。。。)
22 12月 2009
いろいろあって予定より少し遅れたが、LA-BEAUTYのショッピングサイトがようやく立ち上がった。
その名も “LA Camelia“、取り扱い商品はなんと
女性ものの下着である。まさかこういう商品を取り扱うことになるとは思ってもみなかったが、とある友人からの頼みで日本からの輸入ビジネスの立ち上げを請け負ったら結果的にこの種類の商品からスタートすることになった、ということである。最初は普通のアパレル製品を扱う予定だったのだが、市場調査をしてみるといくつかの新発見があり、実はアメリカ在住のアジア人女性(あるいはそれくらいの細身な他のアメリカ人女性)はサイズの問題でなかなか気にいった下着を購入できずわざわざ日本から個人輸入したり、日本に帰った時に購入するなどしてる人もいるという。これだからビジネスの立ち上げは面白い。
サイトをご覧頂ければ気づく方は気づくと思うが、これは実は某日本の大手通販メーカーの製品だったり、トリンプのものだったりします。中国製でも管理が厳しい分、日本向けのものはしっかりしてるという評判なので、アメリカで売ってる見栄えばかりいいけど洗えばすぐに悪くなったりする下着や、大き目のサイズでしっくりこないということで問題を抱えている方にぜひお薦めしたい。 まだホリデーショッピングにもギリギリ間に合うはず!?
10 12月 2009
昨夜東京に到着。寒い。。。
到着直後のMTGでキンドル国際版を使ってみたら実際につながったので感動!!
チャージされる心配ないってのがいいですよね。日本語の表示もできたらメーラーとしても使えて最高なのにー
7 12月 2009
この度新たに中国の携帯市場に関連した法人を設立することになり申請手続きに入った。火曜日からの日本出張が終わる頃にはできる予定である。まだ詳細は説明できないが、すでに身近な人の何人かは知っている案件に関連した法人である。そう、いよいよ実現して関連の米国法人を設立することになったということだ。今はこれまで本件でお世話になったり、迷惑をかけたりした方達へのお礼というか恩返しを準備しているところだ。これは非常に楽しい作業である。
この案件を最初に聞いたのが10月9日、私の人生でも最も恩を受けた人物といえるFさんという方から「頼む」と託された。
内容を聞いたときに、あまりにすごくて手に負えなそうだと思ったが、私には恩を返したいという思い、そしてこれを機に世界平和に貢献できるより強い力を得たいという思いから受けることになった。後はなかったし、どうやったら実現できるかも分からなかったが、実際私には断れなかった。それからは一心不乱に駆け抜けてきたつもりだ。まだ二ヶ月経ってないなんて本当にびっくりだと、北京の同僚に笑って話したくらい濃密なやり取りを繰り返し、無謀としか取られないような努力を続けてきた。 “Where there’s a will, there’s a way”(為せば成る)は私の信条であり、戒めでもある。また、この意思という部分には人的意思を超えるものもあるように感じる。心身的に「死線」を越えそうになるとき、そこに何か人の存在を超えるパワーを感じるというか、それに「すがる」というか「同調したくなる」と感じる時がある。最後は信念、それが全てであり、行動はそれに伴うものだ。信念無き行動は脆弱である。しかし、時にその信念は理解されず、誤解を生み、また周囲を混乱に導くことがある。そんな時こそ人間の真価が問われる時である。正直この二ヶ月間の人生はドラマのようだった。「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったものだ。リアルな「24」みたいだった。勿論まだ終わってないし、私自身にはお金も入ってきていない。が、それが入ってくる仕組みができることが重要であり、お金は後からついてくると思っている。
普段は極力宗教の話はしないようにしているが、そういう気分になったので、(旧約)聖書の中のヨブ記という話を書こうと思った。
よく、「聖書の中で誰に一番共感しますか?」という質問をしたりされたりすることがある(聖書に限らず、例えば三国志でも何でもいいんだけども)。私はよく20代のころ、こういう話をすることがあって、よく「ヨブ」と答えていた。英語でもJob’s Friendsという言葉あるくらい有名な話で、日本でいうとさしづめ、「まさかの友は真の友」の内容を反面教師で語るという感じだろうか。
極力宗教的に偏らないようにかくとヨブはとにかく、正しく善なる人だった。そして富めるものであった。ある日、サタン(悪魔)が来て神を試す。「ヨブほど立派な者はいない」という神に対して、サタンは「持てるものを奪えばきっと彼は態度を翻すであろう」というようなことを言う。それを聞いた神は「彼の全ての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない。」と言いのこし、その場を去る。
ここからがヨブの悲惨な体験の幕開けである。家畜(牛、羊、山羊など)は奪われ、しもべたちは殺され、子供達は事故で一斉に死ぬ。しかしヨブは黙って耐える。私は所詮裸一つでこの世に生を受けたのだから、またそこに戻るまでだと。神様が全て与え、全て奪ったのだから何か意味があるのだろうと。彼は罪も犯さず、愚痴もこぼさなかった。
第一波の攻撃に失敗したサタンはまた神のもとに戻り、こういう。「彼の骨と肉を撃ってごらんなさい。」と、そして神はそれを許すが、命だけは取ってはならないという。
またヨブは悲惨な目に遭う。腫物が全身にでき、かゆくてたまらない。今度は奥さんまでがこういう「まだ神を信じるのですか、神を呪って死になさい」と。しかしヨブは聞き入れない。曰く、「我々は神から幸を受けるのだから、災を受けるのもまた当然である」と。
この時に彼の三人の友達がやってくる。これが俗に言う “Job’s Frinds”である。彼らはもはや見た目では判別つかないほど悲惨な姿になったヨブのために最初は泣き、同情する。ここから、この三人の友とヨブの長い対話が始まるのだが、ここではあまりに長いので割愛する。要略すると、この友はヨブが自身を潔白だと証明するのに対して、「お前に罪があるから災いを受けるのだ」というようなことを言うわけである。そして、ヨブの次のような一言が炸裂するわけだ。「あなたがたは皆人を慰めようとして、かえって人を煩わす者だ」と。ヨブは最後まで信念を変えず、天のみ意のままに死ぬのを覚悟するのである。友人達は「せっかくお前の為を思って言ってやってるのに、何なんだ!?」というように切れるわけである。しかしヨブは与しない。相手の答えが「偽り以外の何ものでもない」、と分かっているからだ。
友人達はますます必死になってヨブを糾弾する。この辺りになると、正直むごくて人間のエゴがむき出しで読むに耐えない(苦笑)ヨブも辛いのだ、が、彼は自身が正しいことを知っており(実際に正しい)、それでも天に身をゆだねようとしているわけである。本人にはいわゆる「良心の呵責」というものがないのだから当然である。
そのうちあまりに頑なヨブとそれを論破することのできない三人に見かねて、若い男が登場する。三人のふがいなさに飽きれたこの男は、これ以上我慢できないと言って、猛烈にヨブを批判し始めるのである。この男(エリフ)もいろいろ一見合理的なことを言うが、その言葉には真実はなく、ヨブは黙って聞くのみである。そしてその時、つむじ風の中から神が直接ヨブに話しかけ、ヨブが神をどう思っているkを直接試すのである。ヨブは神を認め、自身がこの一連の会話の中で神に対して無知なることを言ったとして詫びる。その後どうなるかというと神は三人の友人に向かって怒りの炎をぶつけるのだ。神は三人の友人に、侘びとしてヨブに供え物をささげるように命じ、そしてヨブはその供え物の前で神に祈るのである。自分を責め続けた三人の為に、である。
その祈りを聞き届けた神はヨブの繁栄をすべてもとに返すばかりか、すべての財産を二倍にする。そしてこれまで疎遠だった兄弟姉妹が皆彼の元に駆けつけ、飲み食いしながら彼をいたわり慰める。そして、贈り物をしていく。ヨブは財産のみならず、子供もたくさん設け、全国の内でヨブの三人の娘ほど美しい女はいなかったという。その後ヨブは140年生きながらえて、子孫四代の繁栄を見て、満ち足りて死んでいく。
教訓? もちろん自分が信じる道を行く、ということですかね。腫物怖くてベンチャーできるか、と (笑)。常に動機と目的を正しながらでないといけないのは言うまでもありませんが。他にもいろいろありますよね、きっと。じっくり考えてみてください。温故知新とはよく言ったもので。奥さんが変わらなかったのも興味深い点だったり。今回の件でもますます妻に頭が上がらなくなりました。来年は家でもプレゼントできるように頑張るとします。
6 12月 2009
My friend Steve Boyer has developed a very interesting patented technology and just released an iPhone app called “iCaroler” which is amazing! Please download them and have fun with your friends and families! The app. works up to 6 people concurrently.